第二話 自己紹介
「......あんた、誰だ?」
俺はその言葉を聞いて、一気に緊張が抜けた。
「よかった......言葉が通じるって本当だったんだ......!」
言葉が通じるって天使様から言われてはいたけど、正直信じられてはいなかった。
「は?」
男は俺の隣に座り込んで、不思議そうに俺の方を見ていた。
「あ、ああ。俺の名前は——」
急いで俺は自分の名前を口ずさんだ。だけど、前世の名前を直接言ったら不自然じゃないか?
よく考えると、薄着一枚の少年が聞き慣れないイントネーションの名前を発するのは警戒されるかもしれない。
そうだ、まずは旅人の名前を聞いて、そこから適当な名前を考えて名乗ろう。
「おい、名前は何なんだ? 続きを言ってくれよ」
「あ、え〜と......その、名前は......あの、お先に名乗るのが礼儀では?」
「うん?ああ、まあ、確かにそうだな。俺はダイン。ただのダイン。婚約してないからな」
え? 婚約してない? ただのダイン? どゆこと?
「えっと......婚約してないって言うのは......あと、ただのダインって?」
「こんなことも知らないのか? さては、お前相当の田舎もんだな? 都では結婚するまでは名前しか名乗れないんだぜ? そもそも、苗字は婚約時に神父様から授かるんだ......有料でな! ヒヒヒッ!」
なんとなく分かった。異世界では苗字というものが重要っぽい。結婚の証でもあるし、有料っていことは金持ちかがわかるってことか? あと、どうでもいいがダインは未婚者らしい。
そんなことを頭の中で組み立てていると、ダインがニヤニヤとこう聞いてきた。
「ところで、兄ちゃん。あんたはどうなんだい? 苗字はあるのかい? 」
うわ、どうしよ。前世ではもちろん結婚していたが、この世界というか、この身体ではまだだし......それに、無理に結婚していると言っても後でボロが出るかもしれない。
俺は少し悩んだ末に、決断した。前世のことは忘れよう! 俺は生まれ変わったんだ!
苗字が無いとして、名前はどうするか。俺は適当な名前を考えようとした。
この旅人は『ダイン』と名乗っていたが、おそらくこの異世界はファンタジー的な名前が一般的なのかな?であれば.....適当な名前を......ヴァ......ヴァンダー? いや、ダサいか。
今世ではのんびりと幸せを作りたいから......ビルド? う〜ん。まあ、適当に繋ぎ合わせるか。ヴァンダービルド......言いにくいな。ヴァンビュードでいいか。滑らかだし。
俺はしばらく黙っていたが、名前を思いつくと、こう言った。
「......俺は、ヴァンビュード。ヴァンビュードだ......苗字はない!」
すると、落ち葉の焚き火に手を添えていたダインが大笑いし始めた。
「おいおい!あんたそんなに顔がいいのにまだ苗字ないのかい!? どんな美人さんが妻なのか気になってきいたのに、こりゃ予想外だな!ヒヒヒッ!!」
俺はその時、初めて自分の顔に意識を向けた。確かに、ほっぺを触るとツルツル。鼻も長い。前世の俺はザラザラで、妻からしか容姿を褒められたことはなかった。俺からは確認のしようがないが、ダインから見たらイケメン......いや、美少年だってことらしい。
俺は笑い転げるザインを見るうちに、なんだか悔しくなった。悔しいというより虚しくなった。前世なら胸を張って結婚していると言えただろうが、今では二度と妻には会えない。転生して初めて後悔した瞬間だった。
俺はその気持ちをかき消すように、ザインに質問をし始めた。もうヤケクソだ。
「ああ! なあ、ザイン? ここの......森ってどこなんだ? ていうか、俺はその......田舎者で、世間がよくわからないんだ」
すると、ザインはこちらを見つめ、一度咳払いをしてから真面目な口調に声を張り直した。
「うん?ああ、そうだろうな。あんた程の顔の持ち主がこんな森にいるっていうのは」
続いてザインはこの世界について俺に説明してくれた。ちょっとわかりづらかったが。
「ここは王国の直轄地だ。だから魔物が一匹もいない。平和すぎて、俺の鎧も錆びついちまったよ。おっと、その前に王国について話しておくか。王国っていのはな、ここらを統治する巨大な国なんだよ」
どうやらこの世界には王国という国があるらしい。ダインは燃える落ち葉のそばにあった枝で王国の地図らしきものを書いて説明してくれた。もっとも、何が書いてあるのか全くわからなかったが。
「で、その王国が抱え込む人口は1000万人を超えるっていうぜ? そんだけ巨大な国だ。直接全ての土地を管理するのは手間がかかる。んで、王領っていう王国の直接支配地と、荘園っていう貴族たちに委任された土地があるんだ。」
話を聞くに王国は中世的な国家体制の国らしい。思った通りのファンタジー世界。俺の心は踊り始めてしまって、いつの間には口から言葉が漏れ出ていた。
「つまり!ここはその王領ってことか?」
「そう!その通り!兄ちゃん頭いいじゃないか! 酒場の連中とは天と地の差だぜ」
ダインは感心するように頷いていたが、酒場の連中というのが気に障った。なんだか、間接的に馬鹿にされている気がした。
だが、そんなことを気にしている場合じゃない。次が一番重要。この異世界の核心となる質問だ。俺が一番気になっていた質問なんだ。
「あ、あと、この世界は......その、魔法ってのはあるのか?」
俺は緊張で言葉を詰まらせながらも恐る恐るダインを見た。すると、ダインの顔は笑いを堪え始め、すぐに笑い始めたんだ。俺は訳が分からず固まった。
「魔法か? もちろんあるが......あんたは貴族かい? 魔法は貴族の娯楽だぜ? 庶民の魔力なんてたかが知れてるからな! ヒヒッ!」
なん......だと? 魔法があったのは嬉しいけど、魔法は誰もが使うものではないのか?
それに貴族は魔力が高い? そうなのか? 確かに、イメージとして貴族は魔法が得意というのはあったけど、貴族が魔法を娯楽としているというのは全くの予想してなかったぞ。
続いて、ダインは笑いながらこう言った。
「俺だって魔法は得意じゃねえんだ。できることといったら、埃を散らせるくらいだぜ! ヒヒッヒッ!!」
塵!?弱すぎない? それは魔法というか、自分の息じゃない!?
俺が心底困惑した顔でダインを見ていると、ダインが頭は掻いた。
「......おいおい! そんな困った顔をしないでくれよ! これでも平民の中ではできる方だぜ? 」
「いや、そんな訳が......」
「......へえ! そんなに不思議か? ま、魔法ができるんだったら、今夜でも復習でもやっておくんだな!そんじゃ!俺はもう疲れたから寝るぜ! じゃ!」
ダインはそう言うと、笑い疲れたのか、足元の落ち葉をどけて、木に寄りかかって目を閉じた。その横で俺は衝撃の事実に混乱し、頭の中を整理し始めた。
とりあえず、魔法は珍しい貴族の特権らしい。庶民は魔力が少ないたから魔法がほとんどできない。ダインの証言がその証拠だ。埃を散らす? そんなことは簡単すぎる。俺はすでに炎を起こせたんだぞ。そこまで庶民の魔法は......その、未熟なのか? これはもしかして、俺が特異ってことか!?
ダインから聞いた異世界の情報は、俺を大いに混乱させたが、同時に溢れんばかりの興奮と楽しみをもたらしてくれた。『俺は魔法が使えるスゴイやつなのかも』とか『貴族はどんなにすごい魔法を使うのか』とかをその夜はずっと考えてしまった。
その夜。俺は確信した。『この世界なら、楽しく生きていける』と、
......この世界で魔法がどれだけの力を持つかも知らずに。