第八章:〇〇が持たん
午後、天城の開発フロアに異様な緊張が走った。
本社経営会議室から、役員のひとりが直々に来室すると告げられたのだ。
現れたのは、経営戦略担当役員・霜田。
かつて「社内の空気を読むのが得意」などと自称していたが、天城から見れば単なる**“責任を負わない評論家”**にすぎなかった。
「……天城くん、最近の君の動きは正直、困ってる人間が多い」
「AIで設計を置き換えるとか、“人を捨てる開発”は社風に合わない」
「上層部の中では、“君を管理職にしない”意見も出ている」
天城はデスクに片肘をついたまま、まるで別の問題を考えているかのような顔で霜田を見ていた。
霜田が口を開こうとした、その瞬間――
天城は言った。
「――会社が持たん時が来ているのだ」
霜田の口が止まった。
空気が、変わった。
「先週、“家電部門”の売却が検討されたの、知らないふりしてるんですか?」
「“自動車向け部品事業”も外資と交渉中ですよね。製造設備も売却候補。資産切り売りで延命してるだけのゾンビ企業ですよ、今や。」
霜田は無言のまま目を細めた。
「だから俺は“未来の地図”を作ってるんです。技術で再構築する道をな」
「それすら否定するなら、あんたたちは本気で“滅ぶ気”だ」
霜田が去った後、名取がぽつりと呟いた。
「……今の、ガンダムですよね?」
天城は鼻で笑った。
「シャアの真似だと思ってるなら浅いな。あれは“国を背負わされた天才”の言葉だ。」
「こっちは国どころか、会社すら守れてない。だからせめて、“戦場を作る”ことだけはやってる」
その夜、社内SNSで新たな投票が始まった。
テーマは「中核技術部門の構造改革」。
数時間で最多支持を集めたのは、匿名提案による**「技術評価における階層撤廃案」**だった。
そして多くの若手が、心の中でこう思っていた。
「俺たちの中に、“天城みたいなやつ”がいてくれて良かった。
……たぶん、今の会社には“それだけ”が唯一の希望だ」