第六章:拠点防衛線
「おい天城。……お前、それ、喧嘩売ってるよな?」
そう言ったのは、製造三課の古参技術者・三田先輩だった。
物腰は穏やかだが、社内では“弱者側の代弁者”として知られている男だ。
今、彼の目の前にあるのは、天城が開発・公開した自動最適設計ツール。
シミュレーションベースで構造・材料・コスト・加工性の全条件を即座に計算し、既存の手動設計をほぼ“無意味化”する代物だった。
その初回適用先が、他部署の担当部品だったことが、火種になっていた。
「お前のそのツール、あの部署の“やりがい”を潰したんだぞ」
「弱い人間が手で設計して、ちょっとずつ良くしてくのがあいつらの流儀なんだ。……それを、“一瞬で超えた”って、自覚あるのか?」
天城は手を止め、三田を静かに見据えた。
「あんたの言ってること、わからなくはない。だが――」
天城はゆっくり立ち上がり、はっきりと言い放った。
「一般将校は黙っていろ。この部署は、我々の拠点である。」
「“正規の部署”とはやり方が違う。それだけだ」
室内が凍りついたような沈黙に包まれた。
それはただの挑発ではない。「我々」=独自の戦術思想を持つ部隊として、完全に自分たちの立ち位置を宣言した発言だった。
「……拠点?」
「そうだ。俺たちは前線を支える“補給基地”でも、“既得権益の砦”でもない」
「ここは、“技術による制圧”を目的とした前進基地だ」
その場にいた若手社員たちは、黙ってモニターを見た。
自動最適設計ツールの動作デモは、どこまでも正確で、美しく、そして冷酷なほど効率的だった。
後日、社内であの部署の課長が匿名でこんな投稿を残した。
「我々が20年かけて試行錯誤したパーツに、ツールは4時間で答えを出した。
……あの部署は、もう“人間らしさ”を捨てたのか?」
それに対する返信も、匿名で投稿された。
「いいや、人間の“戦い方”を進化させただけだ。
劣ってるのは“やり方”であって、人格じゃない。
感情を設計に持ち込むなら、それはすでに兵器ではなく、呪いだ。」
誰が書いたか、誰も名指ししない。だが全員が分かっていた。
それは天城直哉の“魂の欠片”だ。
その夜、天城は一人、開発ログを眺めながら呟いた。
「これが戦争なら、俺たちはすでに砦を築いてる」
「どれだけ叩かれようと、ここだけは死守する。我々のやり方で。」
彼の目は、一切の迷いなく未来を見据えていた。