第四章:杭の下で育った者
社内で最も影響力を持つ「中長期戦略会議」の開催が決まった。
天城が開発するProject: Phoenix Draftが、組織の方向性を左右する存在になりすぎたのだ。
その直前、社内の中間管理職に新課長人事が発表された。
名前を見た瞬間、天城はわずかに眉を動かした。
中村 翼――かつての同期。社内でただひとり、天城を“あだ名で呼ばなかった男”。
会議室。人払いされた空間に、天城と中村の二人だけ。
「よォ、天城。久しぶりだな」
「それが新課長の第一声か?」
中村は椅子に座ると、ポケットから一枚の書類を取り出して机に置いた。
「俺の昇進計画だ。入社当時から、もう“この椅子”は俺のもんだった」
「なんだそれ……社内カーストの説明か?」
「いや、俺が逆差別で優遇されているからだよ。」
中村の声は静かだったが、その内側には冷えた憤怒が渦巻いていた。
「うちの会社はな、建前じゃ“実力主義”って言ってるが、裏で“社会的調整”がされてる」
「何を隠そう、俺の課長昇進は“差別是正”として旧役員が組んだルートの一部だったんだ」
天城は言葉を挟まなかった。
「でもお前が出てきて、予定以上の成果を出しすぎた。」
「お前のせいで“俺が課長になったら叩かれる”って空気が出来上がったんだよ」
天城は静かに言った。
「……俺が成果を出すのを止めていればよかったのか?」
「そうだよ。お前みたいな完璧なやつが出しゃばると、計画が壊れるんだよ。」
「こっちは“劣ってること”を受け入れて、やっと昇進コースに乗ったんだ。それを台無しにしないでくれよ……」
中村は、怒鳴らなかった。ただ、魂の底から苦しそうに、歪んだ正義を語った。
「……俺がどんな想いで、黙って“お前の天才ぶり”を横目で見てきたか、分かるか?」
天城は少しの間、何も言わなかった。
それから、口を開いた。
「分かるわけがない。お前の“背景”も、“苦労”も、俺には理解できない」
「けどな。だからって、俺の魂を押し潰していい理由にはならない。」
彼は立ち上がり、中村を見下ろした。
「お前が守ってきたのは、自分の順番だ。俺が守ってきたのは、技術の未来だ。」
「どっちが重いか、比べるまでもない」
会議の本番。
中村課長は、Phoenix Draft計画の凍結を提案した。
「人件費圧縮の観点からも、AI導入計画は早すぎる」
「若手の自発性を損なう懸念がある」
その瞬間、会議室のスクリーンに映像が映し出された。
「Phoenix Draft」が生み出した、若手技術者たちの自主プロジェクト群。
従来の設計部では起こり得なかった、自由な創造と、イノベーションの波。
「これが、俺が分割した魂の結果だ」
天城は冷たく言い放った。
「お前たちの“配属予定表”の中には、こんな技術者はいなかっただろう?」
会議室は沈黙した。誰も反論できなかった。
その日の帰り、中村は天城の部署を一瞥して言った。
「……お前は杭じゃない。俺たちの“地ならし”を全部壊す、鉄球だよ」
天城は肩をすくめて答えた。
「なら、その下から“まともな地面”が出てくるかもな」