第二章:毒ガスという名の設計書
社内の一角。かつて天城が所属していた旧・製造二課。
そこでは未だに、年功序列と談合で成り立つ「昭和型の成果主義」が幅を利かせていた。
「おい、また天城の部署が新特許出したぞ」
「無視しろ。あいつは自滅する。今に社内から浮く」
そう信じて疑わない中堅社員たちの耳に、“ある噂”が届く。
「天城のプロジェクトに若手が付き始めた」
「は?誰が行くかよ、あんな魔窟」
しかしその“魔窟”こそが、今や社内で唯一、他社に技術輸出できる部門となっていた。
天城は新たに赴任してきた若手、名取を設計机の前に座らせた。
「設計思想の違いは飲み込めるか?」
名取はこくりと頷く。
「自分、向こうでは“図面が早すぎて生意気”って言われてました」
「上出来だ。なら、これを見ろ」
彼が差し出したのは“製造二課”がいまだに使っている旧型プレス機のレイアウトだった。
そこに天城は、**3Dモデルで可視化された“改良案”**を重ねていく。
「これ……間接的にあの部署の存在意義をゼロにしますよね」
「その通り」
「毒ガス、って……技術で?」
「うん。殺しはしない。だが“呼吸すらできない空気”を作るだけだ」
名取の背中に、ゾクリと冷気が走った。
目の前のこの男は、ただの天才ではない。
組織に殺されかけて、生き延びた“開発用兵”だったのだ。
数週間後、社内説明会。
天城のチームが発表した新開発案は、旧・製造二課の主要業務を完全に“陳腐化”させるものであった。
軽量・低コスト・整備性向上。しかも開発期間は従来の半分以下。
反論しようとした部長の口が開きかけた時――
「これが我々の標準です。ついて来られないのであれば……ご退場を」
天城が冷たく言い放つ。
「これは仕返しではありません。“淘汰”です」
その後日――
かつて天城を無視し続けた課長が、ついに頭を下げてきた。
「すまなかった。戻ってこないか?我々と一緒に……」
「……あんた、昔“俺の図面は机に置かない”って言ってたよな」
「……昔のことだ」
「じゃあ、今の話をしよう。“君の部署”はもう、ない。昨日、本部決済で吸収統合が決まった」
課長の顔が蒼白になる。
「レコアが拒んでも、バスクは殴ってでも行かせた」
天城は静かに微笑んだ。
「俺は殴らない。もう君は、“行く場所”がないからな」
そして夜。天城はひとり、オフィスの天井を見上げていた。
「杭は、突き出しすぎると、折れるんだよな」
どこか寂しげに呟いたあと、また次の設計ファイルを開いた。
彼の戦いは、まだ終わらない。
第三章の予告:
「社外からの引き抜き、技術スパイ、そして天城が“自分の魂を分割してまで守りたい未来”とは何か――次章、開発の闇に挑む」