表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

IF:天城のいない世界

開発フロアに静かな午後が流れていた。

音はある。打鍵音、会話、プリンタの駆動音。

だが、“闘志”の音がない。


部長が報告資料を眺める。


「今年も現状維持か。まぁ、赤が出てないだけマシだな……」

そう呟いたとき、横にいた係長が同意した。


「うちの会社は“安定が強み”ですからね」

「リスクは取らず、現場の声を信じる――それが企業文化っすよ」


その“現場の声”とは、かつて設計をAI最適化しようと提案した若手が、

「やりすぎ」「現場を潰す」と吊るし上げられ、異動させられた事件で完全に死んでいた。


「このパーツの設計、去年とほぼ変わってませんよね」

ある新人が会議で言った。


「いや、変えないのがベストなんだよ」

「改良ってのは“やる理由がある時”にだけやるもんなんだ」


誰もそれに異を唱えなかった。

社内ではもう「技術革新」はリスクの別名になっていた。


数ヶ月後――


外資系メーカーが新型モジュールを発表。

競合商品として比較された瞬間、社内で数値が走る。


「うちの主力商品、機能でもコストでも完全に負けてます……」

「まさか、ここまで差がついてたとは……」


社長は会見でこう言った。


「変化を拒んできたわけではありません。私たちは“守り”を重視したのです」


だが、記者席からこんな質問が飛ぶ。


「御社には、“攻められる頭脳”がいたのでは?

それを潰していませんか?」


社長は答えなかった。

なぜなら、彼の頭には今でも、彼の同期の提言でかつてリストラした若者の顔が残っていた。


名前は――天城直哉。


そして今日もまた、社内掲示板に張り出されたのは、

前年とほぼ変わらぬ業績報告と、変わらぬ顔ぶれの昇進名簿。


誰もが安堵しながら、それがゆっくりと沈みゆく船の上だという事実から目を逸らした。


ナレーション(俯瞰視点):

天城がいない世界は、平和だった。誰も怒らず、誰も傷つかず、誰も告発しなかった。


ただ、誰も新しい未来を作らなかった。


このIF世界は、実在の多くの組織が直面している「変化を拒むことで緩やかに死んでいく構造」とも重なります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ