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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :流民と盗賊団

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闇の底、騎士の矜持

「負傷者を中央へ! 全員、風上へ固まれ!」


 グリードが声を張り上げる。

 香気に当てられ、膝を突く兵の背を叩く。

 強引に立たせる。

 盾を外側へ向けさせ、円陣を組ませた。

 賊の残党による不意打ちの可能性は、まだ捨てきれない。


「命に関わる傷の者はいないな。だが油断するな。治癒魔法で傷口を塞げ。化膿すれば手遅れになる」


 グリードは兵たちの顔色を窺い、口角だけで笑う。


「……香のせいで溜まった熱だ。発散したい気持ちは分かる。だが今は堪えろ。腰を振るのは任務の後だ」


 兵たちの間に苦い笑いが漏れる。

 張り詰めた空気が、わずかに緩んだ。


「布を濡らせ! 鼻と口を塞げ! 一息吸えば、それだけ理性が削られると思え!」


 指示が飛ぶ。

 兵たちは水袋を傾けた。


 リオスが足元を見下ろす。

 花の残骸が広がっていた。

 踏み砕かれた花弁は、まだ毒の吐息を止めない。


「グリード。この花を放っておくのは危険だ。早急に処理したい」

「燃やしちゃう?」


 リュシアが剣を鞘へ収め、提案する。


「いけませんわ。周りの木々に燃え移ります」

「分かってるわよ。言ってみただけ」


 シエラの制止に、リュシアは唇を尖らせる。

 手をひらりと振った。


「……土をかけるだけでも、匂いは抑えられるかな?」


 リオスの案に、グリードが頷く。


「応急処置としては最善でしょう。動ける者は作業にかかれ。花を土で埋め尽くせ」


 兵たちが動き出す。

 だが、洞窟の奥は不気味なほど静まり返っていた。

 残りの賊が出てくる気配はない。

 要救助者が残されている以上、待機は悪手だ。


「グリードは外の維持を頼む」


 リオスが決断を下す。

 視線は昏い洞窟の深部へ向いていた。


「中は僕が行く。……それと、女兵士を二人、同行させてほしい」

「女兵士、ですか?」

「要救助者を安心させるためだよ。人間、獣人、エルフ……がいいかな。

 魔族には慣れていないだろうし、ケアも必要になる」


 リオスの言葉を受け、グリードが二人を選出する。

 人間の軽装歩兵と、エルフの弓手だ。

 二人とも顔を赤らめてはいるが、足元は保っている。


「わたくしたちも、中へ入りますわ」


 シエラがリオスの傍らに寄る。

 頬は朱に染まり、呼吸は浅い。


「そうよ。この程度の影響、戦いになれば忘れるわ」


 リュシアも銀髪をかき上げる。

 リオスの腕に触れそうなほど、距離を詰めた。

 二人の瞳には使命感以上に、本能の渇望が滲んでいる。

 香の熱に浮かされた二人は、無意識にリオスから離れることを拒んでいた。


「……わかった。無理はしないで」


 リオスが頷く。

 五人の影が、洞窟の闇へ飲み込まれていった。



 洞窟の最奥。

 岩盤の床へ打ち捨てられた身体は、意思の通りに動かなかった。

 砕けた四肢が熱を持つ。

 呼吸のたびに痛みが骨へ響く。

 ティナは唇を噛み、声にならない息を吐いた。


 外で鳴り続けていた剣戟と怒号が、途切れた。

 勝敗が決した。

 そう悟った瞬間、胸の奥に冷たい塊が落ちる。

 相打ちなら――そんな都合の良い結末を望む自分がいる。

 だが、現実は甘くない。


(……お姉さま、逃げて。お願い)


 そう願いながらも、身体は疼き、熱を持つ。

 ティナはそれを、死に瀕した際の快楽の幻だと断じた。

 だが、そんなものに身をゆだねるわけにはいかない。

 死ぬにしても、最期まで誇りを捨てる真似はできない。


 闇が揺れた。

 足音が、遠い水滴の音に混ざって近づいてくる。

 あの魔物ではない。

 鎧の擦れと、革靴の乾いた踏み込み。

 人の歩調だ。


 火が灯る。

 松明の橙が岩に跳ね、影が伸び縮みする。


 闇の中からまず現れたのは、人間の女。

 隣に背の高い女が並ぶ――耳の形で、エルフだと分かった。


 ここまで見えた瞬間、ティナの喉が勝手に震えた。

 助けが来た。

 そう思いかけて、口元が固まる。


 そのさらに後ろから、背の低い子供が姿を現したからだ。


 青白い肌、銀に近い淡紫の髪、深く澄んだ紫の瞳――伝承にある魔人の少女。

 黒髪、黒目、白い肌の人間の少年。女の子と見紛うほどに線が細い。

 そして、金色の瞳に銀の髪を揺らし、闇を切り取ったような漆黒の肌を持つ、オーガの少女。


 ティナは、先ほどこの洞窟の奥まで響いた口上を思い出す。

 あの声は、「漆黒の悪鬼」という言葉を口にしていた。

 その(いん)――つまり、後継者、子孫だと。


 オーガの少女は、「漆黒の悪鬼の胤」と呼ぶに相応しい容貌に思えた。

 なにより、その堂々とした振る舞いが、将としての威厳を纏っている。

 口上の声は大人の男の声に聞こえたが、岩が吸い込み、返した音が、声を別物にしたのだろう。


 ティナの知識では、オーガは魔族の中でも話が通じる者が多いという。

 それに、肌の色が化粧ではなく本物なら、伝承にあるダークオーガだ。


 誠心誠意、慈悲を乞えば、姉たちを見逃してもらえる目があると思えた。

 ――いや、不明瞭な伝承でも、ティナにはそれにすがる以外の道がなかった。


 手足が動かぬままに、身体を起こす。

 砕かれた手足、蹂躙された身体は、それだけでも激痛をもたらす。

 腹の底から熱が這い上がり、喉の奥が甘く疼いた。

 ティナは舌の根を噛み、唾と一緒に込み上げるものを飲み下した。


「このようなお見苦しい姿を晒し、申し訳ございません。

 また……突如として、貴国……グリムボーンの領土を侵したこと、伏してお詫び申し上げます」


 言葉に出した瞬間、胸が焼けた。

 頭を下げる。

 額が岩へ近づくほど、砕けた脚が悲鳴を上げる。

 息が喉で詰まり、声が途切れた。

 唇の端に鉄の味がにじむ。

 それでも、もう一度、頭を下げ切った。


 視界の端で、黒髪の少年が自分を凝視しているのが分かった。


「私は……フォールム神聖王国、クリエンテス家の娘にして、見習い騎士でございます。

 名はユスティナ=クリエンテス。

 故郷を追われ、止むに止まれぬ事情があったとはいえ、不法な越境であることも事実。

 越境ののち、賊に捕らえられ――このような有様でございます」

 

 姉の顔が脳裏に浮かんだ。

 民たちと手を取り合う様は、絵にも描けぬほどに美しい。


 そこに、矢と火が落ちる光景が重なる。

 ティナの声が、一段高く割れた。


「僭越ながら、ここより遠くない地にて、姉とその民たちが、越境を知らず拠点を築いております」


 目の前の少年に向かおうとする、狂おしいまでの情欲を、ティナは強引に抑え込み、さらに続ける。

 

「本来なら打ち滅ぼされて当然ではありますが、もし、もしもこの私めを哀れと思っていただけるのであれば……

 姉たちに……慈悲を……賜りますよう、伏してお願い申し上げます!」


 頭を下げたまま、額が岩を擦った。

 それでも続けた。続けなければ、姉の、民たちの生が消える。


「姉たちが無事であれば、この身はどのように扱っていただいてもかまいません」


 唇を噛み、血の味ごと誓いを吐いた。


「このような身体ではお役に立てることなど多くはありませんが、誠心誠意、お仕えいたします。

 嬲るなり、貴軍の孕み袋とするなり、お好きになさっていただいて構いませぬ!」


 最後は、熱に侵された本音が漏れた。

 それでも良い。

 ティナ自身の恥や誇りなど、姉や民の為なら、いくらでも投げ捨てる。

 その覚悟を込めた嘆願だった。


 喘ぐような息が漏れる。

 その音に自分で顔が熱くなる。

 怒りが湧く。悔しさが刺さる。

 だが、捨てると決めた。誇りの形をここで守っても、姉は守れない。


「……姉上だけは……」


 ティナは、同じ願いを形を変えて重ねた。


「……民だけは……子供たちだけは……」


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