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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :流民と盗賊団

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左眼の傷が語るもの

 号令を受け、兵たちは歯を食いしばりながら後退した。

 盾が擦れ、鎧がぶつかり、足元の花を踏むたびに蜜の匂いが跳ねる。

 風上へ寄る列の中で、負傷者を抱えた者がよろめいた。

 仲間がその肩を貸す。

 グリードは隊列の端を叩くように走り、背を押した。

 彼の頭も熱に曇り、舌の根が重い。

 それでも、目だけは獣から外さなかった。


「前衛、盾を前! 弓は背後へ回れ! 倒れた者を踏むな!」


 洞窟口の前。

 リオスがひとり、前へ残った。

 少年の細身の影が、巨獣と兵の間に立つ。

 剣先は低く、足は軽い。

 黒い瞳が、潰れた左眼の傷へ吸い寄せられていた。

 花畑の甘い匂いが、洞窟の獣臭と混じって喉へ刺さる。


 ミノタウロスが鼻を鳴らし、戦斧を振り上げた。

 刃が光を裂き、空気が打たれる。

 リオスは受け止めず、剣を斧の腹へ添えた。

 刃と刃が擦れ、金属音が跳ねる。

 軌道がずれ、斧は地面をえぐって火花を散らした。

 土と花弁が舞い、蜜の香りが濃くなる。


(重さで勝てない。なら、流す)


 踏み込みは半歩。

 跳ね返りの角度だけを盗み、距離を保つ。

 剣は大きく振らない。触れた瞬間に手首を返し、衝撃の行き先だけを変える。

 獣の腕が戻る前に、リオスは逆側へ移った。

 潰れた左眼の死角へ、足音を置く。

 巨体が向き直るたび、斧の風が遅れて頬を撫でた。


 その傍らで。

 リュシアとシエラは洞窟周辺へ散った賊の残党へ切り込んでいた。

 リュシアの銀髪が揺れ、金の瞳が一閃する。

 剣の一撃が賊の肩口を断ち、次の一歩で膝へ蹴りを入れる。

 賊が崩れた瞬間、彼女は背後の兵へ叫んだ。


「後ろへ! 退ける奴から退け!」


 シエラは薄紫の髪を翻し、細身の剣で道を作った。

 斬るより先に、踏む。

 足首を払って転ばせ、喉元へ刃を置く。


「――息をしているなら、学びなさい」


 賊たちは花の匂いをまとい、目が濁っている。

 獲物を前にした獣のように吠え、無茶な突進を繰り返した。

 その粗さが、2人には都合がよかった。

 賊の最後の一人が倒れた。

 リュシアは息を吐き、剣を回して血を払い、シエラも肩で呼吸しながら唇を湿らせた。


 甘い香りが、喉へ張りつく。

 胸の奥が熱を帯び、思考の端に粘りが残る。

 それでも、2人は前を向いた。


 洞窟口では、リオスがまだひとりで巨獣をいなしていた。

 戦斧が振り下ろされるたび、地面が抉れ、石が飛ぶ。

 少年の剣はそれを受けず、弾かず、滑らせていた。

 刃が触れるたび、金属音が短く鳴り、致命の重みが土へ落ちる。


「リオス!」


 リュシアが並び、シエラも反対側へ回った。

 3人の影が、巨体を囲む。

 ミノタウロスは苛立ち、戦斧を横に薙いだ。

 風圧が3人の髪と衣を叩き、花の芳香が舞う。


「この賊、女相手でも攻撃してきますのね。他の者は性欲優先でしたのに」


 シエラは斧の暴風を避けつつ、言葉とともに剣を正した。


 リオスは剣先を下げ、獣の顔へ視線を送った。

 潰れた左眼の傷が、赤黒く乾いている。


「左の眼が潰れてる。きっと最近、抵抗されて痛い目を見たんだと思う」


 リオスが言葉と共に、斧の一撃をいなす。


「だから武器で、先に抵抗を削ぐと?」


 シエラも跳躍し、敵の攻撃を躱した。


「うん。相手の腕や足を潰して、逃げられないようにするとかね。獣並みの知能でも、学習したんだ」


 リオスは低く沈み、懐へ潜り込みながら、敵の行動原理を導き出した。

 斧の柄を握る指が食い込み、肩が上がる。顎が開く。

 その癖が見えた瞬間、リオスの足が半拍だけ早くなる。


 シエラの瞳が細くなる。


「抵抗した相手……例の妹君、でしょうね」


 シエラが確信を口にし、切っ先を突きつける。

 獣の鼻息が荒くなり、唾が牙の根に糸を引いた。


 リュシアが喉で笑った。

 匂いに顔色が揺らぎながらも、その笑みは強い。


「そうなら、根性がある子だわ。賊の巣で折れないなんて、見上げたものね」


 リュシアは言い切り、地を蹴った。


 話している間にも、斧が唸りを上げる。

 ミノタウロスは狙いを定めず振り回した。

 巨体と巨大な刃だけで、周囲は死地へ変わる。


 リオスは学校の木剣を思い出していた。


 あの戦斧にかかれば、今持っている剣も木剣と変らない。

 強度も重さも違いすぎる。

 まともに打ち合えば、こちらの剣が折れるのは目に見えている。

 だから、力を受け止めるのではなく、受け流す。

 そうすれば、木剣でも折れない。

 剣先は斧へ噛みつかず、腹を撫でて外へ逃げる。衝撃は地へ落ち、次の呼吸が残る。


(無駄じゃなかった)


 リオスは再び剣で斧の軌道を変えて受け流した。

 リュシアが正面から圧をかけ、シエラが横へ回り込む。

 3人の動きは、輪を描くように噛み合った。


 リオスが左側へ入り、潰れた眼の死角へ踏み込み、腿を浅く刻む。

 リュシアが背中へ回り、肩口へ一撃を入れる。

 シエラが腱へ狙いを置き、刃を滑らせた。

 血が飛び、花弁に赤が点る。獣の足が遅れ、斧の重さが遅れて返ってくる。


 少しずつ、血が増えた。

 ミノタウロスの呼気が荒れ、足取りが重くなる。

 だが、獣は倒れない。

 咆哮が洞窟壁へぶつかり、反響が耳を刺した。

 戦斧が上下左右へ暴れ、花畑をさらに踏み潰していく。


「……っ」


 シエラの足が止まりかけた。

 頭の中が熱で揺れ、視界の端が霞む。

 唇が開き、息が速くなる。

 リュシアも肩が落ち、剣先がぶれる。

 いつのまにか鋭さが削れ、踏み込みが半拍遅れる。


「匂いが……邪魔」

「姉上、下がって!」

「下がるわけないでしょ」


 リュシアは言い切り、歯を見せた。

 だが膝が一度、折れかける。


 リオスの動きだけは乱れなかった。

 匂いが鼻へ届いても、頭の芯が白熱しない。

 胸の奥に粘りも残らない。

 彼は一瞬だけ眉を動かし、理解した。


(僕には効きにくい……? いや、考えるのは後だ)


 ミノタウロスが大きく踏み込んだ。

 戦斧を振り上げ、潰しにいく角度で落とす。

 リュシアが間一髪で避けるが、片膝をついた。

 シエラもよろめき、剣先で地面を支える。

 甘い香りが、足元から湧いてくる。


 獣は2人を見下ろし、戦斧を高く掲げた。

 叩き潰すための、単純で残酷な動作。

 その瞬間、腹が伸び、顎が上がる。

 首筋が晒される。


 リオスは低く沈んだ。

 左眼の死角から、下へ潜る。

 剣を両手で握り込み、脚で地面を蹴った。


「――いけるっ!」


 突き上げた剣が、顎の下へ吸い込まれた。

 骨を砕く感触。

 刃は止まらない。

 口内を裂き、頭蓋の底を突き破り、脳天へと抜ける。

 串刺し。


 獣の動きが凍りついた。

 振り上げられた戦斧が、指の間から滑り落ちる。

 重い金属音が響く。

 次いで、巨木が倒れるように、ミノタウロスが背中から崩れ落ちた。

 地響き。

 痙攣が数度。

 完全に動かなくなった。


 リオスは剣を引き抜き、息を整えると、ふたりに向き直った。


「姉上、シエラ、立てる?」


 リュシアが不敵な笑みを浮かべつつ、立ち上がる。


「……当然。ちょっと、くらっとしただけ」


 シエラも唇を噛み、ゆっくり立ち上がった。

 瞳は揺れているが、視線は前を向いている。


「リオス様……お見事ですわ」

「今は離れよう。まだ匂いが濃い」


 グリードが遅れて駆け寄り、倒れた獣を確認した。

 喉が鳴り、吐息が震える。

 それでも彼は剣を掲げ、兵へ命じた。


「ミノタウロス、討ち取り! 総員、負傷者を中央へ寄せろ!」


 兵たちは呻きながらも動いた。

 勝利の歓声は上がらない。

 甘い罠の中で、正気を保つだけで精一杯だった。


 洞窟口には、潰れた眼の獣と、取り落とされた戦斧。

 そして、踏み荒らされた催淫花の蜜の匂いは未だに残っていた。


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