表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/36

8:はじめましては、剣の音とともに

 朝の訓練を終え、風呂場から上がったリオスとリュシアは、ようやく体に温かな朝食を流し込んでいた。

 訓練後の汗も流し、食後の満足もあって、リオスはほんのりとした眠気に包まれつつあった。


 そんな穏やかな時間を打ち破ったのは、侍女の一言だった。


「――お食事後はお召し替えを。1時間ほどでルキフェル家の御一行が到着いたします」


 匙を持ったまま、リオスの手が止まる。隣にいたリュシアがくすりと笑った。


「忘れてたの? 今日、お客様が来るって」

「……うん、ちょっとだけ」


 正直なところ、リオスはあまり気にしていなかった。

 貴族の訪問など、大人たちの都合の延長でしかないと思っていた。


 だが、今日の訪問客は違う。


 ――ゼヴァド=ルキフェル大魔将。父バルトロメイと並び称される、魔王軍の重鎮。

 そして、その娘シエラ=ルキフェル。

 幼年学校の同期生となる予定の、次代を担う名家の娘。


 父同士は旧友、あるいはライバルと呼ばれる関係であり、子供同士の交流は以前から水面下で話されていた。

 今回の訪問は、事実上の「初顔合わせ」となる。


「ねぇ、リオス。負けちゃだめよ」

「え……なにを?」


 リュシアが唇をつり上げる。


「お披露目の手合わせ。きっとあるわ。うちの誇りを守ってね」


 からかうようで、どこか真剣な瞳。


「姉上も手合わせするんじゃないの?」

「わたしは年上だもの。勝って当然。でも、あなたは同い年だもの」


 なるほど。とリオスは納得した。

 やってくる娘はリオスと同じ年。

 とはいえ、魔族の中でも強者種族の魔人だと聞く。

 年齢的にも、姉よりも強いとは思えないが、人間である自分よりは強いだろう。

 と予想する。

 

 それでも、勝て。と云われれば、勝つしかないのだ。


 1時間後――。


 グリムボーン家の中庭へ、黒塗りの馬車が滑るように入ってきた。

 魔導石の浮揚板で支えられたそれは、振動一つなく美しい軌道を描きながら停まり、前方に控えていた従者が扉を開ける。


 最初に現れたのは、堂々たる体躯の男。

 黒紫の礼装に身を包み、鋭く光る双眸は獣のようでありながら、知性の炎を宿していた。――ゼヴァド=ルキフェル大魔将。


 その後ろから、やや遅れて現れたのは、彼の娘。


 父親と同じ青白い肌。銀に近い淡紫の髪。深く澄んだ紫の瞳には、緊張と決意が宿っていた。

 少女は一歩ずつ、まるで儀式のように大地を踏みしめるように歩み出る。


 この瞬間が――リュシア、リオス姉弟と、シエラ=ルキフェルの初めての出会いだった。



 訓練場の中心で、リュシアは肩に訓練用の剣を担ぎながら、来訪者をじっと見つめていた。


 向かい合う少女――シエラ=ルキフェルは、彼女と同じく礼服を脱ぎ、動きやすい訓練着に着替えている。

 整った顔立ちに、薄い青白い肌。銀紫の髪が日光に揺れ、鋭く澄んだ双眸がリュシアを捉えていた。


「礼はいいわ。こちらの流儀で、始めましょう」


 リュシアが軽く訓練剣を構える。シエラも頷き、すらりと腰の訓練剣を引き抜く。


 次の瞬間、砂塵が巻き上がる。両者の足が同時に動いた。


 空気を裂く鋭い軌道が交差する。


 しかし――。


「――んっ!」


 刃が交わったかと思うより早く、リュシアの剣がシエラの構えを逸らし、手首を押し上げる。

 バランスを崩したシエラの胸元に、訓練剣の切っ先が軽く触れた。


「っ……!」


 砂利を踏みしめて体勢を整えつつ、シエラは息を呑む。


「一本、いただいたわね」


 リュシアは、勝ち誇るそぶりもなく淡々と告げた。けれど、その瞳には確かな自信と余裕が宿っている。


「なかなか……手厳しいのね」


 歯噛みしながらも、シエラは冷静を装った。けれど、その口元には微かな悔しさがにじんでいた。


 見守っていたリオスが、思わず息を呑む。


(速い……姉上、完全に読んでた)


 そして次の瞬間――場の空気を変える一言が放たれた。


「では、次はうちの弟とお願いしようかしら」


 リュシアがにっこりと笑って言った。だがその笑みには、挑発の色がたっぷりと含まれていた。


「……は?」


 シエラの眉が、ぴくりと跳ねた。


「あなた、次代を担う子女なんでしょう? 実力を示すには、グリムボーン家の男子とも剣を交えておくべきじゃなくて?」


 静かに告げられた提案に、シエラの顔色が変わる。


「人間と剣を交えろと? それは――侮辱ですの?」


 シエラが低く呟いた瞬間、訓練場の空気がぴりりと張り詰める。


「侮辱? とんでもない。私にとって弟は誇りよ。

 でも、そうね……リオスに勝ったらまた相手をしてあげる。でも……」


 そう言って、リュシアはリオスに目をやる。


「負けたらリオスの妾になってもらうわ」

「……妾!?」


 シエラの声が裏返った。


「正妻はわたしよ。姉ですもの」

「そ、そんなの聞いてませんっ! ……じゃあ、わたくしは二番目ですの!?」

「二番目はフィノア。忠義に厚い子よ。可愛いし、尽くすのが得意。あなたは三番目」

「三番目……三番目だなんて……!」


 シエラの手が震えた。そして、リオスを真っ直ぐに指差し――いや、剣の切っ先を向けて吠える。


「わたくしが三番目!? ふざけないで! ぶちのめして差し上げますわ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ