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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :流民と盗賊団

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漆黒の悪鬼の胤

 流民の拠点からの出発は、準備を終えるとすぐに行われた。

 リオスは未だ不安を拭いきれない表情のウェルティアに向き合い、その肩にそっと手を置いた。


「君はこの拠点を守っていてほしい。僕たちの留守の間にここを突かれたら、元も子もないからね」


 リオスの落ち着いた少年の声に、女騎士は戸惑ったようにその凛とした瞳を揺らした。


「ですが、……私の剣をお役立ていただければ。これでも腕には覚えが……」

「わかっているよ。でも、それだけじゃないんだ。

 もしかしたら君の妹が、僕たちと入れ違いで逃げ出してくるかもしれない。

 その時、真っ先に迎えてあげられるのは、姉である君が一番でしょう?」


 諭すような優しい響きに、ウェルティアは息を呑み、反論を飲み込んだ。

 彼女は深く頭を下げ、騎士の礼を取る。


「……承知いたしました。この拠点は、命に代えても守ります」


 リオスは満足そうに頷くと、リュシア、シエラ、そしてグリードら精鋭たちを伴い、深い森の奥へと足を踏み入れた。


 ◇


 背後の拠点が見えなくなるほど進んだところで、リオスの隣を歩いていたリュシアが、くすくすと肩を揺らした。

 銀髪が木漏れ日を受けて輝く。


「ふふっ……リオス、上手いこと言って置いてきたわね。あの生真面目な騎士様を」


 挑発的に微笑む姉の言葉に、反対側の隣を歩いていたシエラが小首を傾げた。


「どういうことですの? リオス様は、彼女の妹君のことを考えての配慮を……」

「それも本心なんだけど、姉上の言う通りだよ、シエラ」


 リオスは苦笑しながら、周囲の警戒を怠らずに答えた。


「彼女は騎士のようだけど、この部隊の誰よりも弱い。

 ……たぶん、まだ正式な騎士ですらない、見習いなんじゃないかな」


 リュシアが我が意を得たりと、細い指先を立てて同意する。


「ええ。剣の筋は悪くないけれど、実戦の経験が圧倒的に足りていないわ。

 魔族の兵士一人とまともにやり合えるかも怪しいもの。

 連れて行けば死なせるだけよ」


 シエラはようやく合点がいったというように、扇を優雅に口元に当てた。


「なるほど……要するに、足手まといは置いてきた、というわけですわね」


 少し冷ややかなシエラの指摘に、リオスは困ったように眉を下げた。


「嘘を言ったつもりはないよ。それに、一概に彼女が弱いとも言い切れないんだ。

 ……確かに、個人の武勇では今ここにいる誰よりも劣るだろうけど、僕は、彼女は指揮官として優秀だと思う」

「指揮官として?」


 リュシアとシエラが声を揃えて首を傾げる。


「だって、あの流民たちが、みんな彼女の言葉に従っていたじゃないか。

 それに、あの拠点も、限られた資材で存外しっかり作り上げられていた。

 あそこまで民をまとめ上げるのは、ただ剣が強いだけじゃできない実力だよ」


 リオスは淡々と、しかし確かな洞察を持って分析を続ける。


「今回は共同作戦というわけにはいかないし、彼女一人を連れてきても、乱戦時に敵味方の区別がつくか怪しいからね。

 それなら、彼女の得意な場所で待機してもらうのが一番合理的だと思ったんだ」


 その時、静かに従っていたグリードが、重々しく、しかしどこか悦びに満ちた声で口を開いた。


「……リオス様の仰る通りです。戦場においては、ああいう手合いが一番恐ろしい。

 統率力の高い指揮官の下では、ただの兵が何倍もの力を発揮するものです。

 彼女が素直に矛を収めてくれて、我々も助かりましたな」


 グリードはわずかに目を細め、若き主の背中に、その父――バルトロメイの影を見た。


「彼女の妹を救い出し、その忠誠を得ることができれば、あの流民たちを御することは容易いでしょう。

 ……いやはや、さすがはリオス様。恐ろしいお人だ」


 深々と頭を下げるグリードに、リオスは気恥ずかしそうに頬を掻き、自嘲気味な笑みを漏らす。


「……ほとんど、姉上が言った通りだよ。僕はただ、父上の真似をしたいだけかもしれない」


 ◇


 断崖の裾に、巨大な獣が口を開けたかのような洞窟が潜んでいた。


「……攻めることになりましたか」


 影から音もなく現れたのは、先行していた追跡班の兵士だ。


「強行偵察のつもりだけどね。状況は?」

「見張りは入り口に2名、岩陰に潜伏しているのが3名。

 ……奴ら、国外から流れ着いた野良の魔族と思われます。

 まともに言葉を発しない割に、本能的な連携は取れているようですので、お気を付けを」


 報告を聞いたグリードが、流れるような手際で兵たちへ指示を飛ばす。


「外周の警戒を厚くせよ。正面は盾を並べて槍の壁を作れ。後方は弓と投擲兵だ。

 ……いいか、鼠を一匹たりとも逃がすな。だが、深追いは厳禁だ。

 目的は、奴らを『外に引きずり出す』ことにある」


 鎧を纏った魔族の兵たちが、訓練通りの精緻さで作戦行動を開始する。

 包囲陣が完成し、重苦しい沈黙が広場を支配した。


 その時――リオスは盾の列の前に、悠然と歩み出た。

 一領主としての威厳を纏い、わざと長々と、そして凛とした少年の声を森全体に響かせる。

 目的は二つ。降伏勧告を行うこと、そして子供のリオスの声をあえて聞かせ、賊を誘き出すためだ。


「洞窟内に潜む賊どもに告ぐ! 我らはグリムボーン領主が遣わせし、討伐の軍である!

 我こそは、ヴァルゼルグ王国大魔将にして『漆黒の悪鬼』、バルトロメイ=グリムボーンが(いん)――

 グリムボーン属領領主、リオス=グリムボーンなり!」


 洞窟の奥から、複数の言葉にならない咆哮が漏れ出す。

 リオスは鋭い眼光でその闇を射抜いた。


「大人しく投降すれば良し。さもなくば――ひとり残らず、討ち果たす!」


 三つ数える猶予さえ与えず、洞窟の闇が爆ぜた。

 なだれ込んできたのは、血走った眼をしたゴブリンやオークの群れだ。

 彼らは言葉を解さぬ獣ゆえ、リオスの名乗りなど聞き入れもしない。

 ただ、目の前に「美味そうな子供」がやってきた、とでも思っているのだろう。


「……ふふ、大成功ね、リオス」


 戦闘開始の直前、隣に並んだリュシアが、剣を肩に担ぎながら茶目っ気たっぷりに囁いた。


「今の口上、もしかして鏡の前で練習したのかしら?

 なんだか、とっても様になっていたわよ」


 リオスはわずかに頬を染め、苦笑を漏らした。


「……作法だよ、姉上。それに、僕の声なら『御しやすそうな獲物』に見えるでしょう?」

「ええ。あの子たち、もうあなたをどう料理するかしか考えてないみたい。

 不愉快極まりないけれど、食いついてくれたことは褒めてあげてもいいかもね」


 賊たちが下劣な鳴き声を上げ、リオスを確信して殺到する。


「褒める部分などありませんわ、リュシア姉様。

 リオス様のせっかくの口上を無視するなど……万死に値します」


 シエラの周囲の空気が怒りで爆ぜる。リオスが手を挙げた。


「グリード、始めて」

「全軍、放てッ! リオス様の御言葉を汚した不遜なる獣どもを、一匹残らず肉片に変えよ!!」


 降り注ぐ投石と矢の雨。死の舞台が、幕を開けた。


 ◇


 降り注ぐ死の嵐を上回る賊の数が、洞窟から溢れ出した。

 当初は後方で指揮を執るつもりだったリオスも、自ら実剣を抜かざるを得なくなる。


 リュシアが剣を旋風の如く振り回して肉の壁を切り裂き、シエラも細腕に見合わぬ力で斬り伏せてゆく。

 その中央で、リオスもまた実剣を振るい、迫りくる獣の一団を迎え撃った。

 だが、乱戦が続くにつれ、賊たちの動きに奇妙な執着が混じり始めていた。


「……? 様子がおかしいわね」


 リュシアが、返り血を浴びた銀髪を揺らしながら、わずかに眉を寄せた。


「リオス様、ご覧になって。あの者たち……武器を振るうことよりも、手を伸ばすことを優先していますわ」


 シエラの指摘通り、賊たちは傷つきながらも、節くれだった指を必死に伸ばしていた。

 その視線は女性兵士たち、そしてリュシアとシエラへ向けられている。

 それは殺意というより、獲物を「捕らえ、引きずり込もう」とする、どろどろとした卑俗な渇望の色。

 その「手」は、リオスにも等しく向けられていた。


「……なるほど。僕まで、彼らは捕まえようとしているみたいだね」


 リオスは身を翻し、足元に縋り付こうとしたゴブリンの腕を、鋭い踏み込みで踏み砕いた。


「ふふ、そうみたいね! その澄んだ声に、整った顔だもの。

 あなたをどう犯すか、あの子たちの頭の中はそればかりのようよ」


 リュシアが愉快そうに喉を鳴らした。賊たちにとって、リオスも略奪し、凌辱すべき価値のある「美しい果実」に映っているようだった。

 つまりは、この状況で命の危険よりも性欲が勝っているのだ。

 魔獣より始末が悪い。


「笑い事ではありませんわ、リュシア姉様。

 リオス様にそのような穢れた視線を向け、あまつさえ触れようなど……」


 シエラの瞳には、容赦のない処刑人の光が宿っていた。


 だが、その時――。


 ――ズ、ズゥゥゥン……ッ!!


 洞窟の奥から重低音が響く。狂乱していた雑魚どもが左右に割れ、道を作った。

 光を拒絶する闇から、山そのものが動き出したかのような「巨大な影」が這い出してくる。


「……どうやら、真打ちの登場のようだね」


 リオスは剣を正眼に構え、その圧倒的な威圧感の正体を見定めた。


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