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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :流民と盗賊団

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広場に走る火花

 伝令に来た兵士は、濃い緑の肌に革鎧をまとったゴブリン族だった。

 ほかの兵と同じ紋章入りの胸当てを着けており、腰の短槍も手入れが行き届いている。


「詳しい位置と様子を教えて」


 リオスがうながすと、ゴブリン兵はこくりと頷き、口を開きかけた。


 その時だった。


「お姉ちゃんを返せーっ!」


 甲高い子供の叫びが、拠点の中央に突き刺さった。

 次の瞬間、小さな腕から放られた石が、一直線にゴブリン兵の顔めがけて飛んだ。


「っ!」


 石が頬をかすめる寸前、ゴブリン兵は身体をひねってかわした。

 石は兵の肩の後ろを抜け、乾いた音を立てて地面に転がった。


「おい……!」

「どこのガキだ……!」


 周囲にいた兵たちが一斉に振り向き、石が投げられた方向をにらみつけた。

 柄にかけた手が強く握り込まれ、鎧同士がこすれ合う音が重く響いた。

 空気が一気に荒れ、民兵の何人かも思わず身構えた。


 石を投げたのは、小屋の陰から飛び出した女の子だった。

 まだ幼い体格で、擦り切れたワンピースの裾を泥で汚している。

 大きく見開かれた瞳は涙で濡れ、ゴブリン兵だけをにらみ据えていた。


「落ち着け。武器を抜くな」


 低い一声で、グリードが兵たちの動きを制した。

 それでも、睨み合う視線は消えなかった。


「やめなさいっ!」


 駆け寄ってきた女が、女児の肩を強く抱き寄せた。

 母親なのだろう。震える声で、何度も頭を下げる。


「申し訳ありません! 兵士の皆様! この子はまだ幼く、その、魔族というものに恐れを抱いて……!」


 女児は抱きすくめられたまま、必死に暴れた。


「やだっ! あいつらが、お姉ちゃんを連れてったんだもん!

 返してよ、お姉ちゃんを返して!」


 小さな拳が、母親の服をぐちゃぐちゃにつかむ。

 その瞳には、恐怖と怒りと、どうしようもない喪失感が混じっていた。


「この無礼は、私からも謝罪いたします」


 ウェルティアが前に進み出て、片膝をついて頭を垂れた。

 泥と血で汚れた鎧が、地面に重い音を立てる。


「監督不行き届きです。後ほど、改めてお詫びを」


 ゴブリン兵は視線を伏せ、短く息を吐くと、槍の柄から手を離した。


「……リオス様。自分は問題ありません」

「助かる。報告はあとで聞くよ」


 リオスがそう返した、ちょうどそのときだった。

 女児の叫びが続く。


「ウェルお姉ちゃんも連れて行かないで!

 ウェルお姉ちゃんまでいなくなっちゃうの、やだぁっ!」


 ウェルティアのマントの裾をつかみ、女児が泣きじゃくる。

 彼女の頬を伝う涙が、泥と混じって細い筋を描いた。


 その言葉に、リオスは眉を寄せた。

 胸の奥で、なにかがひっかかった。


 リオスはウェルティアの方へ向き直り、問いかけた。


「誰か、連れ去られたんですか?」


 ウェルティアの肩が、ぴくりと震えた。

 女児の頭に手を置いて、しばし口を開けない。

 噛みしめた唇から、わずかな血が滲む。


「わたしの、妹です」


 その告白と呼応するように、周囲の民兵たちからも暗い雰囲気が伝わってくる。


「……数日前の事です。

 森での採集中にあのゴブリンどもに囲まれました」


 女児が、さらにウェルティアの腰にしがみつく。

 ウェルティアは、その頭をそっと抱き寄せた。


「あの娘も騎士の訓練は積んでいました。

 皆を守るために囮になってくれていたのですが……

 私が駆け付けた時には、もう姿が見えませんでした」


 喉の奥で途切れた声を、彼女は無理やり繋いだ。


「あの連中の拠点に連れ込まれたのだとしたら……」


 そこから先は言葉にならないのか、ウェルティアは唇を閉ざした。

 握りしめた拳が白くなり、甲冑の継ぎ目が音を立てる。


「……妹さんの他に、連れていかれた人は?」


 静まり返った一角に、リオスの問いが落ちた。


 ウェルティアはぴくりと肩を揺らし、目を伏せる。

 ひと呼吸おいてから、顔を上げた。


「いえ。攫われたのは、あの娘ひとりです」


 短く言い切ってから、言葉をつなぐ。


「あの時、皆が逃げ遅れかけていました。

 あの子がひとり、森の奥へ向かって飛び出し、賊の目を引いてくれたのです」


 近くにいた民兵の男が、きゅっと拳を握った。


「見たんだ。あの娘がこっちを振り返って、笑って手を振ったのをよ。

 『早く行って!』って、子供らの背中を押してくれて……」


 別の女が、胸の前で手を組んだまま、うつむいて涙を落とす。


「おかげで子供たちを連れて走れたんです。

 あの子が違う方へ走ってくれなかったら、ここに立っている者は……」


 言葉が途切れ、唇を噛む音だけが聞こえた。


 ウェルティアは、腕の中の女児を抱きしめ直しながら続けた。


「あの娘は、いつも村の子供たちの面倒を見ていました。

 危ない役目を引き受けるのは自分でいい、と言う子で……

 私が止めるより先に、賊の前へ飛び込んでいきました」


 そこで声がかすれ、ウェルティアは歯を食いしばった。


 ウェルティアが歯を食いしばったまま黙ると、広場の熱が一段重くなった。

 泣き声も、鎧のきしみも、同じ場所に溜まっていく。


「――地図を広げたい」


 リオスは声を低め、人波の向こうまで視線を走らせた。


「この場だと線が見えにくい。机があって、灯りがある所はある?」


 ウェルティアは瞼を伏せ、喉を鳴らした。

 女児の頭を母親へ返し、立ち上がる。


「……あります。使ってください」


 近くの建物へ指を向け、案内する気配を見せた。


「手の空いた者は引き続き、片付けと救護を」


 グリードが頷き、兵たちに合図した。

 槍の穂先が下がり、張り詰めた空気がほどける。


「ズグ。君も来て」


 リオスは報告役のゴブリン兵に呼びかけ、主だった者を連れて指された建物へ向かった。

 ゴブリン兵――ズグは、呼ばれた名が自分だと理解した瞬間、足が止まる。


(……俺の名前を?)


 驚きが胸を突いた。

 それでも次の瞬間、ズグは歯を噛み、短槍を抱えて歩調を合わせた。


「グリード隊長。いつの間に、リオス様に俺の名前を教えたんです?」


 ズグは、グリードにだけ届く声で尋ねた。


「出発前に、名簿は見せた」


 グリードはそっけなく言うが、口元の角が上がっていた。

 目だけが誇らしげに笑っている。


 ズグも、そしてリオスが名を呼ぶのを聞いていた他の兵も、同じ顔になる。

 上の者が自分を知っている。

 その事実が胸の奥に火を点け、兵たちの背を伸ばした。


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