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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :流民と盗賊団

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逃げた先に待つ鎖

「……魔族ども、か」


 リオスの背後に立つ魔族兵たちの間に、わずかなざわめきと、苛立ちの色が広がったのを、リオスは肌で感じていた。

 拠点を襲っていたのは、ゴブリンたちだったが、「打倒すべき魔族」と一括りにされたことは、彼らの誇りを深く傷つけた。


 何人かの兵士は無意識に武器の柄を握り直し、一歩前に出ようとしている。

 その動きは、反射的な戦闘態勢への移行であり、即座にでもその場の空気を破りかねない緊張を孕んでいた。


「勝手な動きはするな」


 だが、その前に、グリードが低い声で制止の言葉を発し、上げた腕が隊の動きをピタリと止めた。

 彼の黒く、威圧感のある体躯から放たれる無言の圧が、兵たちの怒りの熱を瞬時に冷やした。


 一方、民兵の中にも、同様の混乱があった。


「魔族だ……!」


 柵の内側で急いで武器を構え直す者が出る。

 戦闘後の混乱が収まりきらない中に、新たな敵意の火花が散り、一触即発の事態が生まれた。


 その緊迫した空気の中、リオスは一歩前に出た。


「剣を抜かないで。こちらから攻める意図はない」


 よく通る少年の声が、張りつめた空気を塗り替えた。

 声を発したのが、まだ幼い人間の子供だと気づき、女騎士は一瞬だけ、動きを止める。


 リオスはその隙を逃さず、名乗りを上げる。


「僕はヴァルゼルグ王国、グリムボーン領の属領領主、リオス=グリムボーンだ」


 自分の顔に手を当て、「見ての通り、人間だよ」と、あくまで穏やかに告げた。


 その直後、リオスの傍らに立つグリードが、淡々とした声で言葉を継ぐ。


「ここはヴァルゼルグ王国、すなわち『魔国』の領土だ。あなた方は、許可なく国境を越えている」


 女騎士の顔色が、さっと青ざめた。


「魔国……?」


 彼女から漏れた声は震えていた。

 自分たちが国境を越えているという事実を、この時初めて、あるいはようやく理解したようだった。

 彼女たちの故郷であるフォールム神聖王国では、「魔国」の存在はおとぎ話か、せいぜい遠い過去の伝説のたぐいだと思われており、現実の国境線として認識されていなかったのだ。

 その困惑を、彼女たちの表情がありありと物語る。


「あの……本当に知らなかったんですか?」


 まさかの、越境した自覚すらない様子に、リオスも困惑した。


 背後に立つグリードが、ため息まじりに説明を加える。


「あちらの国では、我が国を認めていませんので。

 地図にも載せていないのでしょう。魔族の領域、くらいには思っているようですが」


 リオスは、その認識に改めて驚きを覚えるが、すぐに本題に戻る。


「とにかく、今は状況が状況だ。まずは怪我人の手当てをする。それから事情を聞かせて」


 この言い方は、彼らを「すぐに敵として扱う気はない」という明確な意思表示だった。

 女騎士は、彼の穏やかな眼差しと、自分たちが置かれた状況からしばらく逡巡した後、重い決断を下した。


「……了解した。皆、剣を下ろせ」


 命令は、周囲の緊張を一気に緩める。

 民兵たちも、顔を見合わせつつも武器を下げ、にらみ合いの状態から、いったん脱することとなった。



「グリード。フォールム王国で馴染みのある種族を選んで、僕と一緒に中へ入って。他の者は外周の警戒を続けて」


 リオスの指示を受け、グリード以下、人間や獣人、ライカンスロープといった、人間を過度に刺激しない種族のメンバーが拠点の中へ入る。

 警戒を解いたわけではないが、まずは負傷者への配慮を示すことが、交渉の第一歩だった。


 拠点の中は、リオスの想像以上に悲惨だった。


 簡素な小屋がいくつか並ぶその中や軒先に、血と泥にまみれた負傷者が横たわり、怯えた子供や女たちが身を寄せ合って隠れていた。

 わずかな時間で戦闘は終わったとはいえ、残された惨状は、彼らが経験した苦痛を雄弁に物語っていた。


「治癒魔法を使える者は、応急処置を頼む」


 リオスの指示のもと、兵たちが戦闘後の片づけを手伝い始めた。

 兵士の一人が小屋の入り口に血だまりを見つけ、慣れた手つきで砂をかけていく。

 また、治癒魔法の適性を持つ数名が、疲弊した負傷者たちに温かい光を当て、傷口を塞いでいく。

 彼らの献身的な行動は、先ほどまで彼らを「魔族ども」と呼んでいた民兵たちの間に、戸惑いと感謝の入り混じった空気を生み出した。


 リオスは、拠点の中央で、兜を脱いだ女騎士と向かい合っていた。


「私の名は、ウェルティア=クリエンテスと申します」


 彼女は、疲労で青ざめた顔に、かろうじて騎士としての気概を保ち、名乗った。


「フォールム神聖王国、辺境の領地を治める騎士の家系の者です」


 彼女の言う「この拠点の人々」は、彼女が守っているはずだった領民たちであることが判明した。

 ウェルティアは、唇を強く噛み締めながら、自分たちがなぜこの地まで逃げざるを得なかったのかを語り始めた。


「元の土地で飢饉と重税が続き、領民たちは疲弊しきっていました。

 そこを、大規模な盗賊団に襲われ……土地を捨てて逃げざるを得なかったのです」


 話すうちに、彼女の瞳には涙が溜まっていく。


「父、つまり領主と、主だった兵たちは、私たちを逃がすために賊と戦いました。

 私たちが逃げ切れるように、殿(しんがり)を務めて……」


 彼女は、言葉を区切り、感情を押し殺すように続けた。


「恐らく、もう生きてはいないでしょう」


 ウェルティアの声音には、家族を失った者としての悲しみと、守りきれなかった者としての自責の念が深く滲んでいた。

 彼女にとって、この越境は逃亡の末の、どうしようもない選択だったのだ。


 リオスはしばらくウェルティアの横顔を見つめ、それから問いを投げた。


「……ひとつ、聞いてもいいですか」


 女騎士の赤くなった眼差しが、ゆっくりとこちらを向く。


「賊に襲われて逃げたのはわかりました。

 けど……フォールム王国の軍に助けを求める、って選択肢はなかったんですか?

 領主が殿を務めたなら、その功を盾に救援を願い出ることも……」


 ウェルティアの視線が、そこでふっと逸れ、指先が強く握りしめられる。


「……それは……」


 言葉が喉で止まり、唇が固く閉じられた。


 代わりに、リュシアが一歩前へ出る。

 金色の瞳が、少しだけ意地悪そうに細められた。


「リオス。領民が土地を捨てて逃げることを何て言うか、覚えてる?」


「……逃散(ちょうさん)、だよね」

「そう。逃散。

 理由が賊だろうと飢饉だろうと、領主が“勝手に逃げた”って判断したら、罪人扱いにされるわ。

 不作で余裕がなければ、“裏切り者を見せしめにする”くらいは、平気でやるはず」


 淡々とした説明。その言葉は、刃となってウェルティアの胸を刺す。


 女騎士は、悔しそうに目を伏せる。

 睫毛の影が頬に落ち、噛み締めた唇が震えた。


「……その通りです。

 父も……同じことを言いました。

 『このまま国に残れば、お前たちは、遅かれ早かれ“逃げた領民”として裁かれる』と」


 低く掠れた声だった。


「領民を連れて逃げろ。守ってくれぬ国など捨ててしまえ。

 ――父は、そう言って笑いました。いつものように」


 ウェルティアの表情は、ただ、涙の跡が乾ききらない頬が、こわばっているだけだった。


 リオスは、短く息を吸う。


(……領民を守るために、領主が残った。けれど、国に戻れば、その領民が処罰される)


 頭の中で、その矛盾がぐるぐると渦を巻く。


「魔国では、どうなの?」


 リオスは、向き直ってリュシアに問いかけた。


「魔国内でも、土地を捨てて集団で逃げて、勝手に村を作った場合。

 ――法だけ見れば、似たようなものよ」


 リュシアは肩をすくめ、口元に小さな笑みを浮かべる。

 眼差しだけが、鋭くウェルティアを捉えていた。


「決まりでは、首謀者は処刑。他の者は奴隷堕ち。

 『領主の支配を破り、無断で土地を占拠した反逆者』って扱いね」


「……っ」


 ウェルティアの顔から、さっと血の気が引いた。

 背後で話を聞いていた民兵や農民たちも、ざわりと身を縮める。


 リオスは思わずリュシアを見た。

 その言い方は、少し楽しんでいるようにも感じられる。


 リュシアは、そこで肩の力を抜いて続けた。


「――まあ、実際は、逃げ込んだ先の領主次第だけどね」


 金色の瞳が、今度はリオスに向けられる。


「受け入れた領主が『この人たちは、前の領主が守れなかった民だ』って判断したなら、罰どころか保護される例もある。

 逆に、『面倒な火種はいらない』って追い出す領主もいる。

 法なんて、運用する側の匙加減ひとつよ」


 そう言ってから、リュシアはわざとらしく首をかしげた。


「――それで、どうするの? 領主さま」


 その呼び方に、ウェルティアの視線が驚きに揺れる。


「領主……さま?」


 戸惑いに満ちた声だった。


「あなたは……てっきり、領主様のご子息だと……」


 シエラが、呆れたように小さく息を吐く。


「さきほど、リオス様本人が『グリムボーン領の属領領主』と名乗ったでしょう。

 耳に入っていなかったのかしら」


「し、失礼を……!」


 ウェルティアは慌てて膝をつき、頭を垂れた。

 騎士としての礼が、泥だらけの地面に向かって深く刻まれる。


 リオスは、慌てて手を振った。


「いいよ。属領だし、そう思われても仕方がない」


 それでも、と彼は自分の胸当てにそっと手を添える。


「それでも、ここは僕の領地です。

 今の話は、領主として判断しなきゃいけないことなんだと思います」


 そう言うと、姿勢を正し、背筋を伸ばした。

 その様子に釣られるように、兵たちも表情を引き締める。


 リオスは、改めてウェルティアと向き合った。


「ひとつだけ、きちんと確認したい。

 ここに来てから――近くの村や、街道を行き来する人を襲ったりは?」


 女騎士は、きっぱりと首を振る。


「断じてありません。

 故郷を襲った賊がしたことと同じ真似を、私たちがすることはありません。

 民を守るべき騎士として、それだけは誓えます」


 胸に手を当て、騎士の礼をもって語られた言葉に、偽りの色は見えなかった。


「……わかった」


 リオスは、一度頷き、視線を横にいるグリードへと向けた。

 視線を受け、横で黙って話を聞いていたグリードが、淡々とした声で口を開く。


「人間の国と我が国との間では、通常、流民の扱いについて取り決めがあります」


 低い声が、拠点の空気を引き締める。


「戦乱や飢饉で国境を越えた者は、原則として出身国へ送還。

 我が国が受け入れたければ、事前に合意を結ぶ。

 ――それが、周辺諸国との約定です」


 ウェルティアの表情に、陰が落ちた。


「……つまり、本来なら、私たちは――」


「出身国へ送り返すのが筋、ということになりますね」


 グリードは頷き、そこで言葉を切る。

 少し間をおき、あえて声量を上げた。


「ただし、フォールム王国は、我がヴァルゼルグ王国を国として認めておりません」


 その一言で、拠点の空気が変わる。


「当然、条約も結んでいない。

 ですから――この集団をどう扱おうと、あちらから抗議を受ける筋合いはない。

 奴隷として売ろうが、労役に回そうが……」


 そこで、ほんの一拍、言葉を区切り、周囲の人間たちに聞かせるような調子で続けた。


「……食糧事情の足しに、いただいてしまおうが。お好きなように、というわけです」


 拠点のあちこちで、短い悲鳴が上がる。

 子供たちが母親の腰にしがみつき、男たちも青ざめた顔で拠点の周囲を囲う魔族の兵を見つめている。


 先ほどの「魔族ども」という一言への、ささやかな仕返し。

 リオスはそれを理解しつつ、苦い笑みを漏らした。


「グリード、そのくらいで。みんな、本気にしてます」

「では、あくまで“法的にはそうなる”という説明に留めておきましょう」


 グリードは肩を竦めて一歩下がる。

 その背で、兵たちがくくっと喉を鳴らした。


 ウェルティアは、怯えきった面持ちでリオスを見つめていた。

 その視線を正面から受け止め、リオスは一息ついてから告げた。


「……僕の考えを、伝えます」


 視線が、女騎士だけでなく、拠点に集まった人々へと広がる。


「あなたたちが、僕に忠誠を誓ってくれるなら――このまま、この土地に住むことを許可します」


「……え?」


 ざわめきが広がった。


「もちろん、条件はあります。

 近くの村や街道を襲わないこと。

 ここを僕の領地として認めて、必要な税を納めること。

 周囲の村と同じように、決まりを守ってもらうこと」


 ひとつひとつ指折り数えるように告げていく。


「それができるなら、フォールム王国には送り返しません。

 『グリムボーン属領領主リオスの民』として、守る責任も僕が負います」


 ウェルティアは、両手を握りしめた。

 信じられない、という色と、救われたような光が、その瞳の中でせめぎ合う。


 ただ、そこでリオスは言葉を切り、少しだけ視線を落とした。


「……ただ、ひとつ、わかってほしいことがあります」


 その顔には、年齢に似合わない慎重さが浮かんでいた。


「今回、あなたたちを受け入れるって決めたら、その話はいずれ広まります。

 『グリムボーンの属領に逃げ込めば助かる』って噂になれば、同じような人たちが、これからも何度も国内外から押し寄せてくるかもしれない」

 

 その言葉に、拠点の人々が息をのむ。

 

「僕の領地は、村がひとつあるかないか程度です。

 いくらでも流民を受け入れられるほど、余裕はありません。

 それなのに『ただ助けてください』とだけ来られたら――周りの村にも、僕の兵にも、いずれ負担が押しつけられる」


 リュシアが、そこで口元に笑みを浮かべる。


「“救ってもらえて当然”みたいな顔で来られたら、領主はたまらないってことね。

 まあ、そういう者を締め出すのも仕事だけど」


 茶化すような声音でありながら、その瞳は冷静に状況を測っていた。


 リオスは、うなずいてから続ける。


「だから、お願いがあります」


 今度は、ウェルティアだけをまっすぐ見つめる。


「忠誠を誓うなら、あなたたちがこの土地にとって“重荷”じゃなく、“力”になるために、何を差し出せるのか。

 それを、あなたたち自身で考えてほしい」


 その言葉に、ウェルティアも納得の意思を見せる。

 国は違えど、同様の立場の彼女には、その懸念も理解できた。

 しかし――


「何を……差し出す、とは……」


「フォールム王国の事情を教えてくれるだけでも、価値になる」


 リオスは、手を軽く広げた。


「この拠点を、僕の属領の“砦”にする形でもいい。

 周りの村と協力して、外から来る賊や魔物を追い払う役目を担ってくれるなら、その分だけ受け入れる理由も増える」


 リュシアが、くすっと喉の奥で笑う。


「要するに、『匿われるだけの流民』じゃなくて、『価値を持った新しい領民』として来い、って話ね。

 言っておくけど、これはひどく甘い条件よ。普通は、そもそも門前払い」


 ウェルティアは、しばらく口を閉ざしたまま俯き、それから顔を上げた。


「……領主としてのご裁定、痛み入ります。

 私たちが、この土地に何を差し出せるのか――情報か、戦力か、あるいは他の形か。

 それも含めて、皆と話し合いたい」


 背後で、何人かがうなずくのが見えた。

 そこには恐怖だけでなく、“ここに残りたい”と願う者の色も混じっている。


「魔族にくだるくらいなら、たとえ罪人としても故郷に戻る、と言う者もいるでしょう。

 けれど、この地で生き直せるなら、と望む者もいるはずです」


 ウェルティアは、泥に膝をつき、深く頭を下げた。


「もし、相談の時間をいただけるなら……一度、皆と話し合わせてください」


「もちろんです。

 僕も、この先どうするかを、グリードたちと詰めておきたいですし」


 リオスがそう言った、その瞬間だった。


「リオス様!」


 外から、切羽詰まった声が駆け込んできた。


 柵の方から走ってきたのは、偵察に出していた魔族兵のひとりだ。

 肩で荒く息をしながら、膝をついて報告の姿勢を取る。


「森へ向かった追跡班より、伝令です!

 例の集団の拠点を発見しました!」

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