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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :流民と盗賊団

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領主の第一歩

 村長宅の奥まった一室。

 かつては通信室として使われていたらしいが、今では物置同然の埃っぽさが漂っていた。

 部屋の中央に鎮座するのは、大人が二人掛かりでようやく抱えられるほどの、無骨で巨大な魔導通信機だ。

 最新式の小型で映像も映るタイプとは異なり、音声のみを伝える旧式の代物である。


 その通信機に手をかざしているのは、グリードの部下である魔術担当の兵士だ。

 彼は玉のような脂汗を額に浮かせ、眉間に深い皺を刻みながら、熱を帯びた魔力を注ぎ続けている。

 グリードが念のため、もう一人魔術担当を呼び、ふたりがかりで魔力を供給させる。

 張り詰めた空気の中、男たちの荒い呼気だけが室内に充満していた。


「……感度、良好とは言えませんが……繋がりました。音声のみです」


 兵士が告げると、スピーカー代わりの共鳴石から、ザザッというノイズ混じりの音が響く。

 続いて、空気を震わせるような凛とした女性の声が聞こえてきた。


『……こちら、グリムボーン本邸。聞こえていて? リオス』


 ノイズ越しでも鼓膜を甘くくすぐる、理知的で、深みのある声。

 グリムボーン家の当主、メルヴィラだ。


 リオスは居住まいを正し、通信機に向かって声を張り上げた。


「はい、母上。聞こえています。

 緊急の報告があり、通信を繋ぎました」


 リオスは簡潔に、しかし要点を漏らさず報告を始めた。

 街道で隊商が盗賊に襲撃されたこと。

 それを返り討ちにし、捕縛したこと。

 そして、その捕虜の護送人員が必要であること。


 メルヴィラは言葉を挟まず、衣擦れの音ひとつ立てずに聞いていた。

 リオスは一呼吸置き、さらに言葉を継ぐ。


「それから……もう一つ。この村の状況についてです。

 村の近くの森の奥に、何者かが住み着いているようです。

 村は頻繁に襲撃を受け、既に被害が出ているとのことです」


 そこで、傍らに控えていたグリードが一歩前に出た。


「グリードです。補足いたします。

 先ほど捕縛した賊を取り調べましたが、彼らは森の拠点とは無関係のようです。

 襲撃犯は、別に存在します」


 グリードの報告に続き、部屋の隅で小さくなっていた村長が、すがるような声を上げた。


「お、奥方様……どうか、どうかお助けください!

 このままでは村は干上がってしまいます。どうか、森の賊を……!」


 奥方ではなく、当主その人なのだが、村長程度では、そんなものである。

 必死の訴えが、通信機を通して彼方へ送られる。

 しばしの沈黙の後、メルヴィラの声が返ってきた。


『状況は理解しました。……それで、リオス。あなたはどうしたいの?』


 試すような問いかけだった。

 リオスは迷わず答える。


「できれば……今、僕の護衛についてくれている精鋭たちを率いて、賊を討伐したいと考えています」


『……あなたも、行くつもり?』

「はい。ここは僕の領地です。

 領民が脅かされているのを放置して帰るわけにはいきません。

 領主として、行く責任があると思います」


 幼いながらも確固たる意志のこもった言葉。

 通信の向こうで、メルヴィラがふっと息を吐く気配がした。


 沈黙が流れる。


 魔術担当の兵士の手が痙攣するように震え、魔力消費の激しさを物語っている。


 焦らすような間の後、メルヴィラが結論を出した。


『……許可します。

 村で待っているよりも、精鋭たちと共に行動する方が、むしろ安全かもしれませんね』


 そして、声の調子が一段低く、背筋が凍るような冷徹な響きを帯びた。


『グリード。聞こえていますね?』

「はっ」


 グリードが直立不動の姿勢をとる。


『改めて、命令の優先順位を伝えます。心して聞きなさい。

 第1に、シエラ=ルキフェル嬢の安全。

 第2に、リュシアの安全。

 第3に、リオスの安全。

 そして第4に――リオスの命令の遂行』


 シエラは他家の大事な令嬢であり、万が一にも傷をつけるわけにはいかない最重要保護対象。

 リュシアはグリムボーン家の正統なる跡取り。

 そしてリオスは――家督を継がぬ息子。


 その序列は、貴族社会において正しく、合理的だ。


『不測の事態に陥った場合、その順序で守り、あるいは撤退しなさい。よいですね?』

「承知いたしました。命に代えましても」


 グリードが重く応える。

 リオスもまた、その決定に異論はなかった。

 むしろ、自分が守られるべき対象の最後尾に置かれていることに、奇妙な納得と安堵を覚えていた。

 自分が無茶を言っても、シエラやリュシアを危険に晒すようなら、グリードは止めてくれるだろうという安心感があったからだ。


『それから、リオス』


 メルヴィラの声が、普段の厳しくも母性の温かみが滲む調子を取り戻す。


『捕縛した賊の護送用に人員を送ります。

 それと一緒に、あなたたちのための装備一式も送らせます。

 討伐に向かうのは、それが届いてからになさい』


「装備……ですか?」


『ええ。拠点攻略なら、裸同然では死にに行くようなものです。

 到着までは待機。ただし――』


 ノイズの向こうで、メルヴィラが妖艶に微笑んだような気がした。


『現場の状況は刻一刻と変わるもの。

 装備到着前でも、緊急時や勝機があると判断したなら、独自の判断で動くことを許可します。

 あなたの“眼”と、グリードの腕を信じなさい』


 その信頼の言葉に、リオスの胸が熱くなる。


「ありがとうございます、母上」


 リオスは感謝を述べつつ、ふと浮かんだ疑問を口にした。


「……もしかして、母上はこうなることを読んで、最初からこれだけの精鋭を僕につけてくれたんですか?」


 たかが子供の里帰りと視察に、グリード率いる精鋭部隊は過剰戦力だとは感じていた。

 メルヴィラならば、この地域の不穏な空気を事前に察知していたのではないか。


 しかし、返ってきたのは、くすりという笑い声だった。


『買い被りよ、リオス。

 その編成を決めたのは私ではありません』


「え?」


『決めたのはバルトロメイ(あの人)です。

 あの人は……ただ単に、心配性なだけよ。過保護な父親の暴走、と言ってもいいわね』


「ち、父上が……?」


 あの厳格な巨躯の父が、過剰なまでの戦力をつけて送り出す姿を想像し、リオスは呆気にとられた。

 通信機の向こうで、メルヴィラが楽しげに笑っているのが伝わってくる。


 その時、魔術担当の兵士たちが限界に達したように膝を折った。


「ぐっ……申し訳ありません、魔力が……限界です」


 通信機のノイズが激しくなり、音声が途切れ始める。


「母上、通信が切れます! ありがとうございました!」

『ええ、気をつけて――』


 ブツン、と音がして、通信機の光が消えた。

 静寂が戻った部屋で、リオスは大きく息を吐いた。


 装備の到着、そして父の保護。

 心強い援軍の約束を得て、リオスは改めて前を見据えた。


「グリード、ふたりを休ませて」


 まずは、通信で疲弊した魔術担当を休ませるように指示。

 そして――


「明日森の拠点を攻撃するメンバー、今夜の見張り、攻撃中の村の防衛の人員を選んで。

 比率は任せる」

「――御意」


 グリードに編成を任せ、リオス自身は、シエラやリュシアを伴い、現状把握を兼ねて、当初の目的通り、村の様子を見回るのだった。


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