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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :流民と盗賊団

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村の危機と通信機

 村長は頭を下げた姿勢のまま、肩を震わせるようにして声を上げた。


「まさか、救援要請を出す前に軍をお送りくださるとは……

 さすがはグリムボーン家でございますな!」


 顔を上げた村長の目には、露骨なまでの安堵と期待が宿っていた。

 視線はリオスだけでなく、整然と広場の外縁に並ぶ兵にも向けられている。


(……救援?)


 リオスは内心で首をひねった。

 今回は、自分の名義の領地を一度見ておきたいという、ほとんど観光気分に近い思いつきでここまで来たのだ。

 護衛や周辺警戒のために兵を同行させたが、「救援」と呼ばれるほど重たい意図は最初からなかった。


「救援要請……とは、どういう意味でしょうか?」


 リオスは村長に問いかけた。

 声色はできるだけ平静を保っているが、その奥には小さな違和感がにじむ。


「ここに兵を連れてきたのは、護衛の為です。

 この村のために増援を、と考えていたわけではありません。

 そんなに悪い事態になっているのですか?」


 村長は「おや」という顔をして、慌てて両手を振った。


「お、おおっと、てっきり状況をご存じで、先回りしてくださったのだと……

 これはまた、早とちりを……」


 言い淀んだ村長は、ちらりと周囲を見回した。

 リオスたちと兵士、さらに縛られた賊の一団を順に見てから、小さく喉を鳴らした。


「じつはですな、リオス様。

 ここしばらく、この近辺での被害が増えておりまして……

 盗賊やら、正体の知れぬ連中が森の奥に住み着いて、先日ついに死者まで出てしまったのです。


 その一言に、リオスの表情が引き締まる。

 隣で話を聞いていたリュシアとシエラも、村長へ視線を向けた。


「本当は、使いを出して、正式に救援をお願いするつもりでございました。

 ですが、道も危なくなっておりましてな……

 いつ賊に襲われるか分からぬ中で使者を出せば、それこそ帰ってこられぬかもしれんと、村の者たちと相談していたところで……」


 村長は、胸の前で握った手に力を込めた。


「そこへ、このような立派な兵を引き連れて、リオス様方がいらした。

 わしとしては、もう神の巡り合わせとしか思えんのです」


 リオスは短く息を吸い、広場の空気を確かめるように周囲を見渡した。

 縛られた賊たちの怯えた顔、緊張を保ったまま警備にあたる兵たち、広場の周囲の期待と不安をないまぜにした村民の目。

 そのどれもが、この村に積もり始めた不穏さを物語っていた。


(興味本位で来た、なんて言っていられる状況じゃなさそうだね)


 胸の内でそう区切りをつけると、リオスは一歩前へ出た。

 そして村長に向かってしっかりと顔を上げる。


「魔動通信機で母上と連絡をとります。案内してください」


 リオスが告げると、村長は目を丸くしたあと、胸の前で手を合わせるようにして何度も頷いた。


「も、もちろんでございますとも!

 村の通信機は、わしの家に据え付けてあります。こちらへ……こちらへどうぞ!」


 村長が先頭に立ち、広場から外れた小道へ歩き出す。

 リオスはそれに続き、少し後ろにリュシアとシエラ、グリード以下、数名の兵たちが隊列を組んだ。

 ドランも、村長との商談のために付いてきている。


「ねえ、村長さん」


 道の途中で、リュシアが前方に声をかけた。


「この村に魔動通信機があるなら……どうして、それで救援を頼まなかったの?」


 村長の足が一瞬だけ止まり、すぐ歩みを再開する。

 背中越しに、気まずそうな笑みが向けられた。


「それがですな、リュシア様……

 この村にある通信機は、旧式の品でして。扱うには、かなりの魔力が要る代物でして」

「魔力が?」


 シエラが眉を寄せる。


「ええ……

 元々、兵の方々の通信用ですので、不便はないのですが……」


 村長は苦笑に近い表情で、軽く頭をかいた。


「村の者であれを扱える者がおりません。

 こういう場合は、実際困りますな……」


 そこで、恭しく控えていたグリードが、補足するように口を開いた。


「こういった村にある通信機は、王都で使っている型より古い物が多うございます。

 起動に必要な魔力量も大きく、また伝達役を置く人員にも余裕がありません」


 低い声が、淡々と事実だけを並べる。


「村ひとつが買える通信機は良くて1台。ない場合も多いです。

 それも、今回のように“使える者がいない”となれば、ただの置物ですな」

「モノがあるだけじゃ、足りないってことね」


 リュシアが小さく息を吐き、村長の家へ続く小さな橋を見下ろす。


(僕たちが普通に使っているものでも、現場ではこうなるんだ)


 リオスは、足元の石を踏む感触を確かめながら、胸の奥で思う。

 王都とグリムボーン領とで通信できる自分と、目の前の村の現実との差に。


「じつは、今回の旅で、ひとつ目玉商品を積んで来とりましてな」


 考え込むリオスの耳に、ドランの陽気な声が届いた。


「こういう状況ですやろ?

 ちょいと儲けよう思うて、“魔力が低くても使える”最新式の魔動通信機、仕入れて来とるんですわ」


 村長の肩が、ぴくりと震えた。


「さ、最新式……!?」

「そらもう。最新型は改良が進んで、術者の魔力が低くても、きっちり通話できまっせ」


 商人らしい、いかにもという仕草でドランが話す。


「ホンマ言うと、こういう状況で“足元を見て”高う売るのが商売人ちゅうもんです。

 危険な道通って持ってきてますさかい、“命の値段”も上乗せせんとなりませんし」

「……正直だね」


 リオスが苦笑めいた声を漏らす。

 ドランは、あえて冗談めかさずに続けた。


「せやけど――今回、若旦那には、命の方で借りができてもうてます。

 道中の襲撃、あれを助けてもらわなんだら、荷も命も、いまごろ風前の灯でっしゃろ?

 せやから、この村に関しては、特別価格でどないかしとうおます」


 村長が、ごくりと喉を鳴らす。


「と、特別……と申しますと?」

「本来なら、相場よりちょいと高めにするつもりでしたが……

 相場通り――いえ、半額でお譲りしてもええ」


 ドランが示した値段は、確かに破格だった。


 村長は目を見開き、思考がぐるぐると回り始めたような顔つきになった。

 額に浮かんだ汗が、年輪めいた皺を伝って流れ落ちる。

 安い。相場からすれば、確かに安い。

 だが、村の台所事情を思い出すと、その「半額」ですら、胃が縮む額だった。


「村のたくわえから工面すれば、数年は苦しくなる。

 けれど、あれば命が助かるかもしれん……」


 村長はそう呟きかけて、はっとして首を振った。


「も、申し訳ありません。ありがたいお話ですが……

 村の者とも相談せねばなりません。今すぐに決めるのは――」


 その言葉を、リオスがそっと遮った。


「ドランさん」


 少年の声は、地面の石を踏む音にかき消されない程度の大きさで、はっきりと響いた。


「その“本来売るつもりだった値段”で、僕が買います」


 村長が呆けたように振り向く。

 ドランも目をぱちくりさせた。


「……若旦那が、でっか?」

「はい。僕の領地の村です。ここに通信機がないと困るのは、僕の責任でもありますから」


 リオスは歩みを止め、村長とドランが両側に立つ位置で、まっすぐ顔を上げた。


「この国じゅうの村の分を買うなんて、僕の財布じゃ到底無理です。

 魔国全体どころか、グリムボーン領の全部を賄うこともできません。

 それでも……せめて、自分の領地の村ぐらいは、きちんとつながるようにしておきたい」


 リュシアとシエラが、横で彼の横顔を見つめる。

 誇らしさと、わずかな心配と信頼が入り混じっていた。


「けど、それやったら、半額で譲りますで?」


 ドランがそういうが、リオスは首を横に振った。


「言い値で買う代わりに、ひとつお願いがあるんです。

 グリムボーン領の他の村にも、その最新式の通信機を回したい。

 けど、あんまり高くしないでほしいんだ」


 リオスの要求は、いうなれば利益の制限だった。


 ドランは、手帳を閉じて胸元に押し当てた。

 商人の鋭い目が、少年を真正面から測る。


「……若旦那。こちとら商人でっさかいな。

 善意だけで荷を動かすわけにはいきません。

 せやけど――命の借りは、利子つけて返す主義でしてな」


 ふっと、口元に笑みが浮かぶ。


「わかりました。今回のこの村の分は、若旦那のお言葉通り、“本来売るつもりだった値段”で売らさせてもらいます。

 その上で、グリムボーン領の他の村にも、格安で卸させてもらいます!」


 その言葉に、リオスはすぐ頷いた。


「ありがとう。でも、ちゃんと儲かる値段で売ってください」

「……“ちゃんと儲かる”?」


 ドランが片眉を上げる。

 リオスは真剣な顔で続けた。


「無理な安売りでドランさんに損をさせたら、結局続きません。

 長く売ってもらうためには、商人の人たちにも得がないと。

 この先も戦や魔獣退治で頼りにするのは、こういう道具と、それを運ぶ人たちですから」


 その言葉を聞いたドランは笑い声を上げる。


「……ははぁ。こらまた、将来が楽しみなお坊ちゃんでんなぁ。

 “領主様が儲けを残せ言うてくれた”なんて話、世間に広まったら、商人連中が泣いて喜びまっせ」


 彼は手帳をぱんと叩き、


「ほな決まりで。グリムボーン領に卸す分は、他所よりちぃと勉強させてもらいましょ。

 もちろん、赤字にはしまへん。商人の矜持にかけて、そこは守りまっせ」


 村長は、二人のやり取りを見つめながら、何度も頭を下げた。


「リオス様……感謝のしようもございませぬ。

 この村の者たちも、きっと――」

「お礼は、村のみんなが無事でいてくれることです」


 リオスは穏やかに応じた。


 そんなやりとりの後、一行は村長の家へと到着したのだった。


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