魔族の評判
土煙がようやく薄まり始めた街道で、グリード率いる護衛隊は矢継ぎ早に指示を飛ばし、事態を収拾していた。
倒れた盗賊たちは次々と縄で縛られ、傷を負った商人や護衛には治癒魔法と薬草が手際よく回っていく。
リオスはシエラ、リュシアと並んで前線へ進み、グリードの指示で呼び寄せられた商人の長と対面した。
男の頬にはまだ土埃がこびりついていたが、その眼差しには荒事をくぐり抜けてきた者の鋭い光が宿っている。
グリムボーン家の御用商人にして、リオスの学友ヴィーゼルの父親――ドランである。
ライカンスロープの獣人だが、この場では人間の姿を取っていた。
「いやー、助かりましたわ、若旦那」
ドランは深く腰を折り、頭を下げた。
その声音には、戦いから解き放たれた安堵がはっきり混じっている。
「ドランさんがご無事で何よりです」
リオスも胸に手を当て、礼儀正しく言葉を返した。
と、横からリュシアが一歩踏み出し、いたずらっぽく小首を傾ける。
「なんだ、あなただったのね。お姫様――とまでは言わないけど、美少女の商人くらい出てくる場面じゃないの?」
リュシアは胸の前で腕を組み、子どもっぽい不満を装うように口元をゆがめた。
言葉こそ辛らつだが、その表情には知り合いの無事を喜ぶ色が浮かんでいる。
「ははは。すんまへんな、こんなおじさんで。ウチには娘もおらへんし、勘弁したってください」
ドランも、愛嬌たっぷりのリュシアに、肩の力を抜いた笑みで応じた。
「そういえば、ヴィーゼルくんも、王都で元気にしてますよ」
リオスの言葉に、ドランはぱっと顔を上げた。父親らしい、心からの笑みが浮かぶ。
「仲良ぉしてもろてるみたいで、ありがたいことですわ」
そんなやり取りをしながらも、ドランは戦闘の後処理にあたる部下へ、短く的確な指示を飛ばし続けている。
「若旦那には、ホンマ頭が上がりまへんなぁ。最近は、どこもかしこもエラい治安が悪うなっててな……」
ドランは、ふう、と重い溜息を吐き出しながら愚痴をこぼした。
リオスは、自分の名義の領地で起きた出来事だと思うと胸が痛み、領主として「申し訳ありません」と頭を下げる。
ドランは、リオスがもう領地を持っていると聞いて目を丸くし、それから大きく首を振った。
「いやいや、若旦那も、もちろんバルトロメイ様も悪うないで。
全部、例のあの国が悪いんですわ」
リオスがどういうことかと視線で問うと、ドランは肩をすくめて説明を続けた。
「あの国ではな、不作が続いて、税を払えんようになった民が土地を捨てて、各地で盗賊になっとるんですわ。
国内だけやのうて、周辺国にまで賊が流れてきとる。うちを襲ってきた連中も、その類やろな」
ドランは一応言葉を濁しているが、「あの国」とはフォールム神聖王国のことだ。
取り調べの報告を受け取ったグリードも、「賊がその通り証言しております」とドランの言葉を裏付ける。
その報告を聞き、シエラが整った眉をきゅっとひそめた。
「人間の国の方にも迷惑をかけていて、フォールム王国は追及されないのでしょうか?」
凛とした声で問いかけるシエラに対し、ドランとグリードは顔を見合わせ、揃って口を開いた。
「あの国はなぁ、宗教的にエラい力を持ってましてな。人間の国は表立って批判でけへんのや」
治安悪化の原因がフォールム神聖王国だと聞き、リオスは数年前の魔獣騒ぎを思い出していた。
「また、あの国か……」
小さく呟きながら、胸の奥に渦巻く苦さを噛み締める。
あの国が関わると、ろくなことにならない。隣国なので、どうしても影響を受けてしまうのだ。
とはいえ、今は感傷に浸っている場合ではない。捕縛した賊たちの処遇を決める必要がある。
「グリード、このまま街道に放置するわけにはいかない。村まで連行しよう」
「御意。村には魔動通信機がありますゆえ、本邸へ連絡し、護送の人員を要請しましょう」
グリードの手際よい指示により、賊たちは数珠つなぎにされ、荷馬車の後ろを歩かされることになった。
「ほな、わてらも丁度その村へ商いに行くところやったんで、ご一緒させてもらいますわ」
ドランも商隊を動かし、リオスたちの一行に合流する。
こうして、予想外の大所帯となった一行は、再び村への道を歩み始めた。
◇
村にたどり着くと、広場に賊たちを集めて座らせた。
逃亡防止のためにグリード配下の兵士たちが周囲に立ったが、賊たちの様子がどうにも妙だった。
「……ねぇ、あいつら、妙に怯えてない?」
リオスが小声で呟く。
賊たちは、ただ捕まったことを悔やんでいるというより、もっと根っこの部分を揺さぶられるような恐怖に押し潰されているかのように、ガタガタと震えていた。
特に監視役の兵士が近づくと、悲鳴を上げそうな勢いで身を縮こまらせる。
「ああ、あれは兵隊さんにビビっとるんですわ」
隣にいたドランが、納得したように顎を引きながら頷いた。
彼が示した先には、監視にあたっているゴブリン兵とリザードマン兵の姿がある。
「ゴブリンやリザードマンに?」
「そうでんねん。人間の国の方じゃ、特にゴブリンの盗賊が多いんで、ほとんど魔獣扱いですわ。
それがえらい良い装備身につけて、統率とれて動いてるんですから……そら、不気味で怖いやろと思いますわ」
ドランの言葉を聞いて、リオスは改めて賊たちへ視線を向けた。
実際、彼らは人間や獣人の兵士よりも、ゴブリンやリザードマンといった兵士と距離を取りたがっているように見える。
未知の生物、あるいは理解の及ばない怪物を見るような目つきだ。
「魔国の外で、魔族の評判が良くないとは聞いていたけど……」
リオスは複雑な表情を浮かべた。
兵たちは、規律正しく、勇気ある者たちだ。
それを「魔獣扱い」されるのは、どうにも面白くない。
「それにしても、魔獣扱いは酷くない? 魔獣と違って話も通じるし」
「若旦那、それはここが魔国やからですわ」
ドランは諭すように、穏やかな声で言った。
「実際に、わても何度か外で襲われてますけどな、言葉すら通じへん輩も多いんですわ。
問答無用で襲い掛かってくる連中を、ヒト扱いするわけにはいきまへん」
「……言葉も、通じないの?」
「へぇ。本能のままに暴れるだけの、まさしく『魔獣』ですわ」
リオスは、整列して警備に当たっている自軍のゴブリンたちを見つめた。
彼らは誇りを持って任務を遂行している。
外の世界にいるという「野生のゴブリン」と彼らの間には、種族としての名前以外に共通点がないようにさえ思えた。
(同じ種族でも、環境でそこまで変わるものなのか……)
リオスがカルチャーショックに近い驚きを覚えていると、村の奥から急ぎ足で走ってくる人影があった。
年配の人間の男が、質素な上着の裾を押さえながら広場へ駆け込んでくる。
胸元では、村長であることを示す印章付きの木札が揺れていた。
「こ、これは若様方……! ようこそおいでくださいました」
村長は砂利を踏みしめて一行の前まで進むと、その場で膝を折り、深く頭を下げて挨拶した。




