祝いの酒
グリムボーン王都別邸。
夕闇に包まれた王都の喧騒が遠い、しんとした談話室の豪華な長椅子に、リオスは座っていた。
右にはリュシア、左にはシエラが、それぞれゆったりと腰を下ろしている。
今日は、幼年学校のクラス対抗戦の初戦勝利を祝う簡素な宴だった。
机の上には、果物や軽い菓子が並び、中央に一本の瓶が置かれている。
これは、遠く離れた領地にいる父、バルトロメイから送られてきたものだ。
魔動通信とは違い、物品の転送は時間を要するため、事前に用意されていたに違いない。
リオスは瓶のラベルを眺めながら、父の配慮に感謝の念を抱いていた。
――しかし、同時に申し訳なさも感じている。
家令のザヴィールが持つ魔動通信機が輝きを放ち始め、青白い光が渦を巻き、立体映像が浮かび上がる。
そこに映ったのは、バルトロメイの厳格ながら温かい顔だった。
彼は領地の執務室から通信を寄越したようだ。
『まずは、でかした。3人とも、クラス対抗戦の初戦、見事な勝利だったと聞いている』
重厚な声が響く。
リュシアとシエラが姿勢を正して「ありがとうございます」と声を揃えて礼を述べた。
しかし、リオスは椅子の上で少し体を縮こませた。
「あの、父上……僕は、ふたりとは違って、宝珠を守っていただけで、相手と戦いすらしていないんです」
その言葉には、姉や婚約者の手柄に比べて、自分は一太刀も振るっていないことへの引け目がにじんでいた。
バルトロメイは、そんなリオスの不安を見透かしたような口調で応じた。
『リオスよ。それは違う』
父の金色の瞳が、リオスを真正面から見つめる。
『戦いにおいて、最も重要なことは何か。
それは、守るべきものを完璧に守り切ることだ。
お前はそれを成した。
守るべき宝珠に、まったくの危険が及ばなかったことは、喜ばしいことだ』
バルトロメイは落ち着いた口調で断言する。
『守りとは、武力行使をしない限りは評価されない、などという誤った常識に囚われるな。
お前の果たした役割は、立派な戦績だ。胸を張って祝われるがいい』
父の言葉を聞き、リオスの表情が晴れた。
彼の胸を覆っていた影が消え、自信と感謝が満ちる。
「……はい! ありがとうございます、父上!」
バルトロメイは満足げに小さく頷いた。
『うむ。そこに送った酒は、私からの祝いだ。
くれぐれも、酒に飲まれることのないように。
――と言いたいところだが、今はまだ、途上。
己の限界を知るのも、貴族、軍人の嗜みだぞ』
その注意を最後に残し、バルトロメイは通信を切った。
映像が霧散し、ザヴィールが通信機を持って退室する。
魔国では、公共の場での飲酒は成人まで認められていないが、私的な場所では年齢制限がない。
ただ、推奨されるわけではなく、節度が求められる。
リュシアは幼年学校一年生の頃から、こうした初戦勝利の祝いなどで父から酒を送られ、飲んでいた。
成人前に酒癖を把握しておく、という意味もあるらしい。
酒癖が悪ければ、将来の社交で不利になるからだ。
リュシアは瓶を開け、グラスに注ぎながら説明した。
「お酒にはね、笑い上戸、泣き上戸、暴れ上戸など、さまざまな酒癖が出るの。
中には記憶をなくす者もいる。自分の酒癖は、成人前に把握しておかないと、大きな失敗に繋がるわ」
シエラが、好奇心に満ちた瞳で尋ねた。
「リュシア姉さまは、どうなのですか?
何か特徴的な酒癖はおありなのでしょうか?」
リュシアは胸を張り、自信満々に答える。
「私はほとんど変わらないわね。
記憶が飛んだこともないし、顔に出ることもない。いつだって冷静よ」
そう言って、近くに控えていた従者のアンナに同意を求めた。
「ねえ、アンナ? そうでしょ?」
アンナは、赤毛のボブカットを一振りすると、「そうですね」と前置きした後、淡々と答えた。
「リュシア様はお酒が入ると若干、機嫌がよくなる傾向にあります。
普段の暴君のような振る舞いが影を潜める分、周りにとっては大変平和になります」
リオスとシエラは、アンナの辛辣な言葉に思わず笑みをこぼした。
「アンナ、後でしっかり説教よ」
リュシアは不満げに口を尖らせたが、その顔には愉しそうな色が浮かんでいた。
そうするうちにグラスを配り終え、リオスたち三人はグラスを高く掲げた。
「では、対抗戦の初勝利に、乾杯」
「乾杯!」
「乾杯ですわ!」
ガラスの澄んだ音が響く。
リオスは酒を口に含んだ。
予想に反して酒精は少なく、フルーティーで濃厚な甘みが強い。喉越しの良い酒だった。
「……おいしいね。思っていたより、ずっと芳醇な味だ」
リオスは率直な感想を漏らした。
「でしょう? 父上のお眼鏡にかなうくらいなんですもの」
リュシアは満足そうに微笑み、酒を飲み干したシエラのグラスに再び注いだ。
「シエラもどう? 口当たりが良すぎて、少し物足りないかしら?」
「いいえ。わたくし、これくらいが助かりますわ。
……ただ、これなら際限なく飲めてしまいそうで、それが少し怖いですけれど」
シエラは頬を赤く染め、そう言って控えめに笑った。
「それが父上の狙いよ。飲みやすい酒でも、ちゃんと抑えられるか。それが貴族の嗜みだもの」
しばしの間、三人は学校での話題や、将来の夢など、他愛のない会話を続けた。
酒の芳しい香りと共に、部屋の空気は温まり、親密さを増していく。
程なくして、グラスが何度か空になり、酔いが回り始めた頃。
シエラは、青白い肌が桃色に染まり、瞳は愛らしく潤んでいた。
彼女はリオスの腕にぴったりと体を寄せ、火照った吐息を彼の首筋に吹きかける。
リュシアもまた、普段の威圧的な雰囲気は鳴りを潜め、とろんとした目でリオスを見上げながら、その肩に頭を預けてきた。
漆黒の肌から伝わる熱い体温が、リオスの身体をじんわりと温めていく。
リオスは、姉と婚約者に挟まれ、両腕に密着する肌の弾力ある張りと体温を、半ば陶酔した気分で味わっていた。
長椅子の上で、三人の肩と腿がぴたりと重なり合い、薄い布越しの感触が、包まれるような心地よさとなって全身に熱っぽく広がっていく。
こうして、リオス、リュシア、シエラの三人は、ささやかな祝宴を楽しんだのだった。
ヴァルゼルグ王国の飲酒制限のモデルはフランス。
現実でも飲酒年齢は各国でイロイロ違うので、注意です。
アメリカとか21歳以上なので、20歳で飲むのはご法度です。




