7組 VS 8組決着
ダルクたちの班がサキュバスたちに沈められたころ、山の反対側ではもう一組の攻撃班が、数歩進むたびに足を取られていた。
「うおっ!? またかよ!」
先頭のリザードマンの少年が素っ頓狂な声を上げ、踏み込んだ足を引き抜こうとする。
土の下から伸びた根が、彼の鱗に覆われた足首にゆるく絡みつき、ぐぐっと引き留めていた。
力は弱いながらも、彼の通り道をかすかに阻害している。
「ひぃ、やだ、またツタが脚に絡みついてる」
後方のハーフフットの少女が頬を染めつつ、太ももに絡みつくツタを取り去る。
小柄で素早い彼女の動きを邪魔するそのツタは、制服の短いスカートの裾から太腿の付け根へと這い上がるようにまとわりついていた。
班員の身体に先ほどから植物が妙にまとわりついてくるのだ。
それだけなら、足元を注意して歩けば不快感もないのだが――
「トア、また来た!」
コンッ!
幻妖族の少年の叫びで、トアと呼ばれた人間の少女が反射的に頭上に構えた盾に、先を丸めた矢が当たる。
上空からは、ハーピーの少女がそのまま矢を射かけてくる。
命中精度は低いが、その牽制は彼らの意識を上空にも向けさせる。
足元では、周りの植物のツタや枝、地面から飛び出した根などが、ブーツの紐や木剣の柄に細かく絡みつく。
力で簡単に断ち切れるものの、行動のたびにワンテンポ遅れるという、偶然にもまさに巧妙な嫌がらせになっている。
植物に足元をとられ、上空からは手持ちが尽きるまで矢を射かけられる。
しかも、矢が尽きても、自陣に戻って矢を補充して再びやってくる。
こちらはなかなか前に進めないのに、あちらは上空を何往復もできる。
「飛べるとか、卑怯だろ……!」
トアは、好き勝手に矢を放って来る上空のハーピーをにらみつけた。
この班のメンバーは、致命的なダメージはないものの、完全に足止めされていたのだった。
◇
岩場を利用した簡易の防壁の向こう側で、7組の生徒5人が宝玉を守っている。
宝玉は木製の台座の上に載せられ、その周りを粗い杭と土嚢が囲んでいる。
「そろそろ、攻撃班のどっちかが宝玉にたどり着いた頃だろ」
「8組なんか、あいつらだけで潰れるって」
彼らは口々に笑い合いながらも、木剣は手放していない。
山の斜面に風が当たり、旗代わりに立てた布切れがばたばたとはためいた。
「いや、俺、何度かリオスの決闘見たことあるけど、スゲェぞ。アイツ」
熊獣人の男子の言葉に、インプの女子が反応する。
「なに? 強いの?」
その会話に、リザードマンの女子も加わる。
「あー、アタシも見た。強いかどうかは分からなかったけど、エグいよね、アレ」
その言葉に、ゴブリン男子のふたりも反応する。
「エグい?」
「どういうことだ?」
リザードマン女子が決闘の様子を思い出しながら語る。
「何度か打ち合ったら、死角に回り込んだり、土埃を利用して隠れたり、武器を投げたり……」
その言葉に、熊男子も言葉を重ねる。
「それ、3年か4年が相手じゃなかったか?
1、2年相手だと、デーモンとかオーガ相手でも普通に勝ってるぞ」
「なにそれ? 強い上に、何してくるか分かんないってこと!?」
インプ女子が、絶対戦いたくないという顔を前面に押し出す。
それは、その場の皆が思うことだった。
皆がリオスに対する警戒を新たにしたその時――
「お……? なんや、一番乗りかいな?」
辺境の訛りの言葉と共に、人間の男子が彼らの前に現れた。
「人間の男子……リオスか!?」
「いや、こいつは違う。いつもリオスに引っ付いてるけどな!」
「なんだ、太鼓持ちかよ」
男子3人が口々に言うが、現れた人間の男子――ヴィーゼルは、飄々としたものだった。
「どうせなら、太鼓持ちより、腰巾着の方がええな。
これでも、将来はお抱え商人狙ってるねん」
「どっちでも同じだろうが!」
ゴブリンの片方の叫びと共に、3人の男子が一斉にヴィーゼルへと迫る。
「お? ええん? わいなんかに、3人も来て」
いつもの糸目に薄笑いを浮かべる口元。
つかみどころのない口調で、そんな事を言うヴィーゼル。
その言葉に呼応するように、周囲から影が飛び出した。
「な!?」
固まる7組の面々。
宝玉を狙って、迫りくる影は――6つ。
ヴィーゼルを入れれば、7人だ。
たったふたり。されど、ふたり。
数が――足りない。
それぞれがバラバラに散開しても、目的地が同じであれば、当然同じ場所に到着する。
相手より数が上回れば、別に相手より強くなくてもよい。
ただ、すこしだけ防御の足止めができればいい。
その隙に――
パリーン!
宝玉を破壊すれば良いのだから。
『7組、宝玉破壊。勝者、8組!』
直接宝玉を破壊したダルクを筆頭に、8組の面々は喝采をあげたのだった。
◇
「……決着、か。まぁ、見事な搯め手だった。と言って良いのではないですかな?」
顎鬚を撫でていた年配の教師が、低い声で評した。
「たしかに、低学年での戦術としては完璧だ。
幻惑で惑わし、相手の射程外からの攻撃離脱、そして、妨害。数で囲んで一気に攻める」
獣人族の教師が、唸るように言った。
しかし、彼の表情には、評価とは裏腹の冷めた色が浮かんでいる。
「問題は、この戦法がいつまで通用するかだ」
「まぁ、2年まででしょうな。良くても3年の初戦まででしょう」
別の教師が即答する。
「彼らが上級生に進級すれば、話は別だ。
本格的な攻撃魔法、それも広範囲に及ぶ術式を習得すれば、どの戦術も瓦解する」
「範囲魔法を一度展開すれば、場の魔力は乱れ、新たな幻惑は展開できない。
射程は伸びるし、植物は焼かれる。
囲んで襲っても、一気に殲滅させられる」
「身体能力と一対一の剣術に、幻惑という奇策を乗せる。
搦め手としては有効だが、それはまだ育ちきっていない、幼年学校1年という限定された環境下でのみ輝くものだ」
教師たちが次々とだめ出しを述べ立てる。
「彼らにとっては、この勝利は『成功体験』であると同時に、すぐに陳腐化する『限界』でもある。
この先、彼らがこの戦術を捨て、より高次の戦い方を学べるか……
それが、8組の真の評価に繋がるだろう」
校長ボルグスの言葉が、この場の大半の者たちの総意のようだった。
だが、意見を異にしている者もいる。
ゼヴァドもその一人だ。
たしかに、攻撃魔法。特に範囲魔法を考慮すれば、ほとんど通用しないだろう。
だが、それは範囲魔法を日に何回も使えることが前提だ。
この場にいる教師たちなら、それなりの規模で、回数で使えるだろう。
だが、それは彼らが優秀だからだ。
戦場の兵士は、良くて幼年学校相当の学歴がある程度。大半はそれすらない。
当然、魔法を使うどころか、知識もない。
種族も劣等種と呼ばれる種族だ。
同じ人数で戦えば、勝利した8組はおろか、下手をすれば7組でも勝てる程度の戦力なのだ。
それなりの強者なら、対応できるだろう。
教師や、ゼヴァドもそうだ。
しかし、数が足りない。
今、この場にバルトロメイが居ないように、いかに強者と言えど、同時に複数の場所で戦えるわけではない。
数は力なのだ。
ゼヴァドは、魔王国内のハーピーやアルラウネ、サキュバスといった種族の数を思い浮かべる。
――あまりいい気分ではない数だ。
いや、それだけではない。
今、つまらない能力と言われている種族たちも、その気になれば戦況をひっくり返す可能性に、いくつも思い至る。
軍の構成、訓練を根本から見直す必要がある。
ゼヴァドは、満足げに映像をみつめるリリシアを振り返りながら、これからの仕事に頭を悩ませるのだった。




