7組 VS 8組③
「リーザ、バズ。3人で突っ込む。ガスト、ゾーイは後方支援だ」
教科書通りの戦法。自分たちが先に仕掛け、敵が対応する前に数を減らす。
木製の長剣を構えるダルク、小刀を構えるリーザ、リストブレードを構えるバズの3人は、音のした茂みへ一斉に突入した。
ガサッ!
茂みを突き破る鈍い衝撃音が響き、彼らは敵が潜むはずの空間に躍り込んだ。
しかし、そこに敵の姿はなかった。
突入した3人の眼前に広がったのは、草木が深く生い茂った濃い緑の闇だけ。
太陽の光は細い隙間から筋状に差し込むだけで、数歩先も見通せない。
「どこだ……!?」
ダルクは木剣を構えたまま、思わず声を漏らした。
先手を打ったはずの焦りが、喉の奥で急速に膨れ上がる。
その時、後方から悲鳴にも似たガストの絶叫が響き渡った。
「ダルク! 手を貸してくれ! こっちに6人いる! リオスもだ!」
「なんだと……っ!」
ダルクの顔色が、完全に青ざめた。
ガストが「リオスも」と叫んだことで、襲撃者のグループにリオスがいることが確定したのだ。
だが、それ以上に彼を混乱させたのは、彼ら自身を取り囲む音だった。
ザッ、ザッ、ザッ……!
極めて不規則かつ素早く地面を蹴る音が、彼らの周囲を一瞬で円を描くように包囲した。
……そう、彼らを閉じ込められるだけの人数の足音だ。
加えて、魔力探知が苦手なダルクの肌ですら粟立つような、重いプレッシャー。
草を揺らして大勢に見せかけているわけではない。
実際にその人数に取り囲まれていることを、否応なく痛感させられる。
「敵は、どこ!?」
リーザが反射的に、音のする方向に小刀を振るう。
だが、刃は虚しく空を切った。
その攻撃が届く前に、音は既に別の場所へ移動している。まるで、木々の隙間を縫う影そのものが、意志を持って動き回っているかのようだ。
リーザは焦燥に駆られ、低く構えたまま必死に周囲の敵の位置を探るが、音はあまりにも速く、そして数が多すぎる。
「ダルク! 完全に囲まれてるぞ! どうする!?」
バズは狼の耳をぴくぴくと動かし、なんとか敵の位置を絞り込もうとしているが、正確な座標が掴めない。
そもそも、常に高速で動き回っているようでもある。
「この人数……8組のやつら、全員が固まって動いてやがるんだ!」
ダルクは、状況からそう判断した。
ガストたちのところに6人。
そして今、自分たちを取り囲んでいるのも、6人以上はいる。
しかも、かなりの魔力密度をひしひしと感じる。
8組は自分たちと同じ、平民劣等種クラスのはずだ。
正確な構成など覚えていないが、7組と大差ないはずだ。
なのに、以前絡んできた上級生の竜人族以上の圧力を、ガストは感じていた。
そこで、ふとガストの脳裏にある可能性がよぎる。
「まさか、リオスのヤツ、上級生の助っ人を呼んだのか!?」
「まさか、でしょ!?」
ガストの叫びに、リーザも反応する。
しかし、バズは辺りを警戒しつつ、それを否定した。
「流石に、それはないはずだ。クラス対抗戦は外部からの助っ人は禁止。
去年、とある貴族がやらかして失格になったらしいし、例外はないはずだ」
その言葉に、ふたりは安堵していいのか、絶望していいのかわからなかった。
外部からの助っ人がないというのは喜ばしいが、今、自分たちを取り囲んでいる重圧は、8組の面々が放っているということなのだから。
「くそったれ。8組全員が、リオス級ってことかよ!」
ガストの発した言葉だが、それは3人の一致した意見でもあった。
はっきり言って、勝てないことは確定だ。
だが、このまま負けるのは癪だった。
命を懸けた戦場なら、別の判断もあるだろうが、これはあくまで幼年学校のクラス対抗戦。武器も木製だ。
「ふたりとも、一箇所に集中しろ! 固まって突っ切るぞ!」
ダルクは、目の前の濃密な気配が漂う茂みに向けて、渾身の力を込めた木剣を振り抜きながら突進した。
リーザとバズもそれに追従する。
バシィッ!
突進するダルクの脇腹に、乾いた打撃音が響いた。
パンッ!
次いで、バズの肩にも攻撃が当たる。
『七組、ダルク、バズ、脱落』
「な!?」
「速……!?」
ダルクとバズが驚きの声を上げる。
彼らは的確に魔力の気配と音の発生源を捉えたのだ。
なのに、その場所に相手はおらず、別方向から攻撃を受けた。
回り込むにしても、驚異的なスピードだった。
「お、お前ら、どうやって……」
『ダルク、死人はしゃべるな!』
「ぐ……」
教員に注意され、口をつぐむダルク。
しかし、その疑問はまだ生き残っているリーザも同じだった。
ようやく姿を見せたのは、女子ふたり。
サキュバスだ。リオスの周りに侍っているのを何度か見かけたことがある。
リーザは、このふたり……と言うより、サキュバスという種族そのものが嫌いだった。
ハーフフットである彼女は、どうしても実年齢よりも下に見られる。
今の年齢ならまだ誤差の範囲だが、年を経ればその差はより顕著になるだろう。
一生、子供として扱われてしまう運命なのだ。
対して、眼の前のサキュバスたちはどうだ。
同年代の他種族より発育した肢体、揺れる双丘。
くびれた腰から広がる、骨盤のライン。
それはまさに、男の理性を溶かし、種を搾り取るためにあつらえられたようだ。
ありていに言えば、リーザは種族全体に嫉妬しているのだ。
小刀を構え、ふたりと対峙するリーザ。
挟み撃ちにしようと動くふたりに対し、なんとか三角形の頂点を作るように、自身も移動して挟撃されない位置関係を保つ。
(サキュバスなんて、所詮はエッチ特化の淫乱種族じゃない!
あんな重そうな脂肪をつけて、ハーフフットの私より速いはずがない!)
かなり私怨の混じった考察だが、リーザの考えは間違っていなかった。
サキュバスのふたりは、純粋な身体能力だけで攻撃を躱したのではない。
ガサリ――ゾクッ!
背後からの物音。そしてうなじを撫でるような魔力の圧に、リーザは背後からの不意打ちを確信して防御の体勢をとった。
――が……。
「……え!?」
背後には誰もいない。
「リーザ、後ろ!」
「あっ!」
ダルクの叫びに呼応して慌ててふたりに向き直るが――。
パパンッ!!
迫ったふたりから、同時に一撃を受け――。
木剣の乾いた衝撃が身体に響き、そのまま力が抜けた。
地面へ転がり込む瞬間、リーザの視界には、ネリアとサララの双丘としなやかな腰つき、それから細い尻尾の先が勝ち誇るように揺れる様子だけが焼き付いた。
(なんで、あんなのに……!)
唇を噛み締めた感触と、喉の奥にせり上がる熱っぽいものが、負けを告げるアナウンスよりも先に胸を締め付ける。
『七組、リーザ、脱落。ダルク、ペナルティだ!』
土の匂いが鼻を刺し、頬に当たる草の感触が、動けない現実を冷たく伝えた。
こうして、ダルクの班は、3人のサキュバスに全滅させられたのだった。




