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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :クラス対抗戦開始

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7組 VS 8組①

 王都近郊の小高い山。

 これといった特色のない山が、幼年学校の演習場だ。


 そのふもとには、灰黒の石で組まれた低い館がひと棟、鎮座している。

 厚い壁と少ない窓。

 屋根には通信と障壁用の魔術器具がずらりと並び、戦場の指揮所にも似た物々しい雰囲気を醸していた。

 演習統制館である。


 館の一室。

 魔光灯の淡い光が、壁際に並んだ水晶板と投影幕を照らし出している。

 教員たちの視線は、部屋の中央に据えられた大きな水晶へと吸い寄せられていた。


 魔術担当の職員が、水晶に両手をかざす。

 刻まれた魔紋が青白く明滅し、山肌の上空を飛ぶ使い魔たちから送られてくる光景が、室内の幕へと映し出された。


「……よし、両クラスとも映ったな」


 職員がつぶやき、凝った肩を回す。

 幕には、別々の視点がふたつ。

 それぞれ、宝玉の台座の周りに集まっている1年7組と8組の生徒たちの姿が浮かび上がっていた。


 部屋にはその様子を見守る十数人の魔族たち。

 詰襟の黒い教師用制服に身を包んだ者、軍服に近い私物の上着を羽織った者、事務方らしい地味な装いの者。

 立場も種族も様々だが、全員が幼年学校の教師や職員である。


 その最前列、ひときわ重い威圧感をまとって椅子に腰を下ろしている男がひとり。

 竜人族、ボルグス=グロード。幼年学校の校長だ。


 額から後頭部にかけて、岩のような角が猛々しく後ろへ反っている。

 暗灰色の肌には硬質な鱗が点々と浮かび、白髪交じりの剛髭が顎を覆っていた。

 燃えるような橙色の瞳が、投影幕と手元の資料を行ったり来たりする。


「……ふむ。1年7組対8組、か」


 低い独り言に、周囲の教師たちが肩をすくめた。


「7組と8組じゃ、戦術もへったくれもない。宝玉から離れすぎて谷に転げ落ちないか、それだけ見ていればいい」

「攻撃魔法もまだ覚えていないから、大した怪我もないだろう」


 その声音には、緊張よりも倦怠が色濃く混じっていた。

 映像を通して安全を確保し、不測の事態があれば介入する――建前としては重大な役目だ。

 けれど、1年生の初戦。

 それも劣等種と平民ばかりを集めた底辺クラス同士の戦闘なら、本格的な出番などまずない。


 だからこそ、室内には緩んだ空気と、義務感に根ざした憂鬱が入り混じっていた。


「ま、とりあえず……お手並み拝見といこうかね」


 魔術担当が投影の調整を終え、腰を下ろした刹那――


 コン、コン、と。

 控えめなノックが扉を叩いた。


「開いている」


 ボルグスが目を向けるより早く、扉が内側へと押し開かれる。


 先に姿を現したのは、漆黒の軍装に身を包んだ長身の男だった。

 銀紫の髪は短く刈り込まれ、精悍な顔立ち。

 瞳は紫。


 その背に続く影があった。

 甘く、脳髄を痺れさせるような芳香がふわりと室内に流れ込む。


 濃い紅を流したような髪を揺らす、サキュバス族の女だ。

 豊満な双丘を零れ落ちんばかりに晒し、腰のくびれを極限まで強調する衣装は、見る者の理性を灼き尽くすほどに艶めかしい。


 部屋の空気が、一瞬で引き締まる。

 教師たちの視線が集まり、誰かが小声でつぶやいた。


「……来客があるとは聞いてなかったが」

「軍の将軍筋か? それに……あのサキュバスは……」


 大半の教師は、そのふたりの素性を知らない。

 ただ、ただ者ではないことだけは、肌が粟立つ感覚で理解していた。


 そんな中、ひとりだけ、すっと椅子から立ち上がる影がある。

 1年8組担任、エルネストだ。


 彼は身を正し、魔人族の男へ軽く礼をとった。


「閣下、ご無沙汰しております」


 その一礼で、立場を察した者もいた。


 ボルグスも椅子から腰を浮かせ、橙の瞳で客人ふたりを順に測る。


「……これはこれは。ようこそお越しくださった、大魔将ゼヴァド=ルキフェル殿。

 それに――リリシア=ヴェルファーン殿」


 その名が出た瞬間、室内の全員が椅子をきしませて立ち上がった。

 唇を引き結び、慌てて頭を下げる教師もいる。


(大魔将がふたり……? 1年の演習に?)


 ボルグスは胸の内で舌を巻きつつ、表には出さなかった。


 黒の軍装の魔人族――ゼヴァドが、軽く片手を挙げて周囲の礼を制する。


「顔を上げてくれ。今日は視察というほどのものでもない」


 深淵を思わせる重厚な低音が響く。

 彼は空いている椅子へ視線を流し、ボルグスの隣を選んで腰を下ろした。

 リリシアも、その後ろに立つ。

 扇を指先でくるりと弄ぶ仕草ひとつにも、色香がこぼれ落ちた。


 ボルグスは、遠慮なく問いを投げる。


「本日はどのようなご用向きで?

 ルキフェル殿のご息女の対抗戦は、数日前に終わっているはずですが」

「娘の授業参観をするほど、私は過保護ではないさ」


 ゼヴァドは口角をほんの少しだけ吊り上げた。


「過保護なのは、別の家だ。……バルトロメイの方だよ」

「ほう」

「領地の仕事が立て込んでいて、王都に出て来られんらしい。“代わりに見ておいてくれ”と、頼まれてね」


 そこで、彼は投影幕の片方――8組側の映像を一瞥する。


「グリムボーンの子の試合なら、見ておいて損はないだろう?」


 ボルグスは、鼻を鳴らした。


「はて。グリムボーン家のご令嬢なら、別の学年のはずですがな」


 とぼけた言い回しだった。

 貴族家の()()がひとり、8組へ編入されている事実を、彼が知らぬはずもない。


 ゼヴァドも、その意図を見抜いている。

 目だけで笑みを浮かべ、肩をすくめた。


「こちらにも耳は届く。……なかなか、暴れているらしいじゃないか。

 幼年学校で、平民クラスの評価をひっくり返して歩いている人間の子の話ぐらいはな」

「問題児でしたら、毎年何人もおりますからな」


 ボルグスは、しれっと答えた。


「授業をさぼる者、器物を壊す者、教師に歯向かう者。

 どれも“暴れている”うちには入りましょう。

 私も、ひとりひとりの名前を覚えきれませぬ」


 ゼヴァドは軽く笑い、追及を深めようとはしなかった。

 ボルグスも、隣に立つサキュバスへ視線を流す。


「ヴェルファーン殿が幼年学校へお出ましとは。

 娼館にスカウトする女児でも、見繕いに来られたのですかな」


 場の空気が、ほんのりとざらつく。

 教師たちの何人かが、あからさまに眉をひそめた。


 だがリリシアは、気分を害した様子もない。

 むしろ楽しげに、艶めかしい肢体を揺らした。


「そうね、少し気になる()たちがいるのよ。

 ここひと月で、目についた子が“何人か”」


 娘たち、と複数形でさらりと言う。

 紅を引いた唇から紡がれる言葉は、獲物を定めるかのように甘い。


 ゼヴァドが、思わず彼女に問いかけた。


「……“たち”、か。グリムボーンの子以外にも、目を掛ける子がいるのか?」

「目をかけるに値するか、それを確かめに来たのよ」


 そんなやり取りを挟んでいるうちに、魔術担当の職員が声を上げる。


「校長、各組持ち場に到着。いつでも開始できます」

「……時間だな」


 ボルグスが頷き、壁際の小さな水晶に手を翳す。

 合図用の魔術が起動し、山の上空へと信号が放たれた。


 ほどなくして、投影幕の中で空が光る。

 魔光火が花のように弾け、演習場全体へ合図が走った。


「開始の狼煙だ。さて……」


 ボルグスが椅子にもたれ、顎の髭を撫でる。


 映像の中で、7組と8組の子供たちが一斉に動き始めた。



 使い魔のひとつが上空から俯瞰し、7組側の宝玉の台座とその周囲の陣形を映し出していた。


「……ふむ、教科書どおりだな」


 誰かが感心とも退屈ともつかない声を漏らす。


 7組の生徒15人が、5人ずつの3班に分かれていた。

 そのうち1班が宝玉の防衛に残り、残り2班が左右に分かれて、敵の宝玉を狙いに移動し始める。


「団体戦の基本は押さえているわね」

「初戦であそこまで連携できれば上等だろう。班長役になっているのは誰だったか」

「確か……」


 教師たちが、資料をめくりながら所感を口にする。


 ゼヴァドも、その映像を横目に眺めた。


(軍の基本単位を、1年から真似ているか。……悪くない)


 5人1組の班編成。

 正面突破、側面展開、守備。

 それぞれの役割を理解させるには、分かりやすい形だ。


 けれど――


(本来の効果を引き出すには、上下関係と指揮官の技量が要る。命令を即座に呑み込み、迷わず動く兵隊。そういう土台があってこその“基本編成”だ)


 幼年学校の1年。

 貴族の子弟ならともかく、平民ばかりのクラスに、そこまでの経験はない。


(私なら、一班あたりの頭数を落として数を増やすな。あるいは――)


 そこまで考えたところで、ゼヴァドは視線を別の画へ移した。


 8組側だ。



 人間の少年がひとり、宝玉の台座に背中を預けるように立っていた。

 黒髪黒目に白い肌。リオス=グリムボーン。


 その周囲から、生徒たちがあっさりと散っていく。


「あれ?」


 教師のひとりが首をかしげる。


「7組と違って、編成を組んでないな」

「宝玉の守備に人間の子を残して、後は各自で散開か」

「まぁ、この時期に連携を求める方が酷でしょう」


 投げやりな評価があちこちから漏れる。


「個々の力量はともかく、息を合わせる訓練などしておらぬ。

 なら、無理に隊列を組むより、好きに動かせた方が安全かもしれん」


 ボルグスも、皮肉とも弁護ともつかぬ声を出した。


 ゼヴァドは、少しだけ目を細める。


(……編成を崩してきた、か。この状況なら、私もそうするかもしれん)


 人数も少ない。練度もまだ低い。

 そんな群れに、形だけの基本単位を押しつければ、むしろ足枷になる。


 そう判断する指揮官がいても、おかしくはない。


 使い魔の視点が細かく分割され、それぞれの生徒を追い始めた。

 宝玉の周りから離れた8組の面々を、別々の幕が映し出す。


 森の縁を低く走る猫獣人の少年。

 慎重に進むリザードマンの少女。

 岩陰に身を滑り込ませるインプ。


 その中に――


「ん?」


 教師のひとりが、小さく声を上げた。


 サキュバス族の少女たちの背に、数人の人間の少年がついて走っている画。


「8組って、人間の男子はひとりだけだったよな?」


 誰かが、正直な疑問を口にした。


「……たしか、そうだ――あ、いや、ふたりだ」


 ふたりでも、映像の人数とは合わない。

 資料をめくる音が重なる。


「なぁ、あの顔……全部、同じじゃないか?」


 髪の色、背格好、制服の着こなし。

 微妙な差はあるが、目元や輪郭はそっくりだった。


 宝玉の守りに残っている少年だけが、本物のリオスに見える。

 他は、似ている別人――そう言い切るには、共通点が多すぎた。


「……幻惑か」


 ゼヴァドが低くつぶやく。


 周囲の教師たちも、ようやくそれに思い至ったらしい。


「なるほど、幻影を同時に複数維持しているのか。1年であれだけ分身を作れれば上等だ」

「とはいえ、しょせんは幻惑。無視されたら終わりだろう。実体がなければ、斬られても痛くも痒くもない」

「幻惑なんぞ、戦場では真っ先に消されるか、見なかったことにされるものだ」


 評価は概ね冷淡だった。

 幻影は牽制にはなるが、実際には敵兵の数も火力も変わらない。

 そう考える者が多いのだろう。


 ただ、ゼヴァドの眉間には、皺が刻まれていた。


(……本当に“無視”できるか?)


 今、自分たちは、室内から、映像越しに状況を眺めている。

 周囲に飛び交うのは教師たちの声だけで、身の危険はない。

 その上、"戦場"に居る人数も正確に把握できる。


 だからこそ、「あれは幻惑だ」と割り切れる。


 だが――


(前線の一兵卒が、同じ余裕で見抜けるか?)


 甲冑をまとい、泥に塗れ、叫び声と血の匂いに囲まれながら。

 視界の端から、似たような顔の敵兵が複数で迫ってくる。


 その瞬間、「どうせ幻だ」と割り切って、背を向けられる者がどれほどいるか。


 ほんの数呼吸の逡巡。

 その揺らぎが、戦場では死に直結する。


(――こんな厄介な手を覚えさせたのは……)


 ゼヴァドが、視線だけで後ろを伺う。


 背後で立っているサキュバス――リリシアは、口元に薄い笑みを浮かべていた。

 投影幕の中の人間の少年たちと、それを引きつれるサキュバスの娘たちを眺めながら、満足げに目を細めている。


「リリシア殿。あなたは……」


 ゼヴァドが問いかけかけるより早く、リリシアは扇をぱたりと閉じた。


「発案は、あの娘たちよ」


 リリシアの入れ知恵ではなく、リオスの発案でもなく、サキュバスの娘たちの発案だと言っているのだ。


 ゼヴァドは、幕の中で走る少女たちを見据えながら、内心で息を吐いた。


(……"グリムボーン"は感染するのか?)


 ゼヴァドは、リオスが勇者だとは知らない。

 シエラすら、父親に報告していないのだ。

 それでも、かなり真相に近い推測をするのは、流石は大魔将といったところか。


 投影幕の中では、7組と8組の子供たちが、それぞれの宝玉を目指して山中を駆けている。

 その行く末を見届けるために、演習統制館の空気は、少しずつ熱を帯びていくのだった。


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