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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :クラス対抗戦開始

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サキュバスたちの特別授業

 魔王降臨祭の熱狂が冷めやらぬ翌日は、魔国全体に与えられた休日だ。

 夜通しのどんちゃん騒ぎや、祭りの熱で文字通り熱くなるカップルが多いこの日、ゆっくりと休め、というのがその趣旨らしい。

 公式な通達では、そこまであからさまには言及されないが。


 だが、幼いサキュバスたちにとって、祭りの疲れなど、朝の惰眠を少し貪ればすぐに解消するものだった。


 日も高くなったころ、ネリアはそっとベッドから抜け出した。

 隣のベッドでは、ルゥナとサララがまだ深い眠りについている。

 ネリアは物音を立てないよう細心の注意を払いながら、ベッド脇の机に置いた一冊の教本を開いた。


 煤けたピンクの髪が、朝の光をかすかに反射する。

 その瞳は教本の一文字一文字を追っていた。

 真面目、というよりも、もはや性分だった。


 彼女の当面の目標は、幻惑魔法の習得だ。


 娼館の先輩サキュバスたちに相談してみたものの、皆が得意としているわけではなかった。

 客の好みに合わせて自分の容姿を多少変える程度の軽い幻惑がせいぜい。

 人に教えられるほどの体系的な知識や練度を持つ者は皆無だった。

 むしろ、幼年学校の生徒であるセリーネの方が、よほど練度が高いという、皮肉な状況だ。


 魔力を揺らされると、像が歪むという、彼女が抱える幻惑魔法の弱点についても、先輩たちの反応は冷ややかだった。


「当たり前じゃない」

「幻惑に夢見すぎ」

「意識高すぎ」


 と、呆れられる始末。


「まずは、自分の容姿を自在に変えられる程度からはじめろ」


 という、至極真っ当なアドバイスに従い、ネリアは教本を読み込んでいるのだが――


 そもそも、幼年学校で魔法を本格的に習うのは二年生からだ。

 基礎の基礎ができていないネリアには、教本に書いてあることの半分も理解できない。


(噂では、入学早々に治癒魔法を身に着けた聖女がいるらしいけど……

 そんなのは例外中の例外。私は、地道にやるしかないんだから)


 そう考え、教本に書かれた複雑な術式と理論を理解しようと、ネリアは一人、苦闘していた。


 そうこうしているうちに、ルゥナとサララも起きだした。


「ネリアはホント真面目だよねぇ〜」

「休日なのに、朝から熱心すぎ」


 二人はネリアをからかいながらも、自分たちも幻惑魔法の練習を始めた。


「見てて、ネリア! ルゥナちゃんの最強の魅力、見せてあげる!」


 ルゥナが魔力を練り、自分の姿に幻惑をかける。

 しかし、魔力制御が不安定なため、その像は激しく揺らぎ、不意に目玉や胸が異様に巨大化するような失敗を繰り返す。


「う、わあ……」


 悲鳴にも似た声を上げ、ルゥナは慌てて魔法を解除した。


「ルゥナ、それ、魅力的っていうか、怖いよ……」

「ひどい! サララだってやってみてよ!」


 サララも試みるが、こちらは胸が異様に小さくなり、ネリアが知る中では最もか細い姿になった。


「あ、ああああ! だ、ダメ!」


 二人の失敗に、ネリアは思わず吹き出してしまった。

 そんな他愛のない時間が流れる中、来客を告げる声が響いた。


 応接室に三人で向かうと、そこには思わず見惚れるほど美しいサキュバスが、すでに優雅に紅茶を飲んでいた。


 彼女は、身に着けている服に上流階級の雰囲気を纏わせており、露出は決して高くないにもかかわらず、その存在自体から溢れ出るエロスは、娼館の誰よりも濃厚だった。


 サキュバスはプセウドと名乗り、この娼館の主人であるリリシアの遣いだと言った。


 プセウドと名乗るその女性が、実はリリシア本人であるなど、ネリアたちは知る由もない。

 ただ、魔国王都の性風俗を統べる超上位者、リリシアの遣いが、なぜ自分たちのような末端の者に会いに来たのか、と怪訝に思う。


 だが、すぐにその理由はリオスとの関係に合点がいった。


 「使えるものは何でも使う」とは言っていたが、まさか大魔将の一角であるリリシアまで使うとは。

 三人の顔は、思わず引きつった。


 プセウドーーリリシアは、三人に向けて、現在の進捗と目標を穏やかに尋ねた。


「当面の目標は、一ヵ月後のクラス対抗戦で、幻惑を使って相手をかく乱することです」

「リオスを大勢いるように見せかけられるようになりたいです」


 ネリアが代表して説明し、ルゥナがさらに希望を語る。


「現状の進捗としては、三人とも顔を変えることまではできるのですが、基礎ができていないので、思った通りにできないんです」


 最後にサララが現状を伝えた。


 それを聞きながら、リリシアは優雅にカップをソーサーに戻した。


(……幼年学校の一年生で、この時期にすでに魔法の発動までできているとは……

 皆無というわけではないけど、十分に天才と呼べるわね)


 リリシアは、彼女たちの練度に驚くと同時に、


(これも、勇者の力の影響かしら)


 と心の中で呟いた。


 リリシアは、試しに基礎的な魔力の制御、魔法の発動に関する授業を始めた。


「魔法とは、魔力というエネルギーを、理論に従って、イメージを具現化する行為。

 まずはこの魔力の流れを覚えること」


 彼女の指導は明確で、体系的だった。

 基礎の習得スピードには若干の個人差は出たものの、一番理解の遅かったルゥナですら、容易いと言って差し支えないスピードで基礎を習得していく。


(常識の範囲内とはいえ、この速度はやはり勇者の力の影響ね)


 リリシアは内心で確信した。


 基礎を軽く終えた後、リリシアは幻惑魔法について詳しく述べた。


 一般に、幻惑魔法といえば見た目だけだと思われがちだ。

 娼館で使われるものも基本は視覚の変更。

 しかし、幻惑の本質は感覚を騙すことにある。

 それは視覚だけでなく、聴覚、触覚といった五感、さらには平衡感覚や魔力感知に至るまで、あらゆる感覚を欺くのが、幻惑魔法なのだ。


 リリシアは、それぞれの才能を試すため、簡単な感覚の幻惑を試させた。

 結果として、ネリアは魔力感知、ルゥナは視覚、サララは聴覚を騙すのがそれぞれ得意な傾向にあった。


「よろしい。まずは、それぞれの得意を延ばしなさい。

 最初のうちは、三人でそれぞれの感覚を分担して騙すのが、最も有効かつ効率的でしょう」


 三人はその日の夜まで練習を続けた。

 リリシアの指導は厳しくも的確で、夕暮れが夜の帳に変わるころには、それぞれある程度「形」になった。


「今日はここまで」


 リリシアが告げたとき、三人は魔力が枯渇寸前だった。


 リリシアは、三人の様子を見ながら即興で書いたお手製の教本を三人に渡すと、


「期待しているわ」


 と意味深な笑みを残し、娼館を去った。



 夜の王都の裏通りを、リリシアは一人、ひっそりと歩いていた。


(幻惑でリオスーー強者をいっぱい出す、か。いかにも子供らしい考えだわ)


 そう思いつつも、彼女の頭の中では、その有効性について分析が進行していた。


(……多人数を装い、五感を分担して騙す。並の兵士相手なら、案外有効かもしれないわね)


 リリシアが独り呟く。


「部下に指示を出しましょう。有効性を研究させる必要があるわ」


 夜の街で、彼女のワインレッドの髪が闇に溶けていった。


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