深夜の謁見
魔王城の最奥、魔王ルシアティス=ヴァルゼルグの私室。
それは、石造りの重厚さに加え、窓一つない徹底的に外部の侵入を拒む構造となっており、その厳重な警備を示していた。
祝宴の後の深夜、静寂に包まれたその部屋の、深く張られた絨毯の上で、一人の女性が傅いていた。
リリシア=ヴェルファーン。
大魔将のひとりとして魔王に仕える彼女は今宵、「サキュバスとしての正装」を纏っている。
それは、布地を極限まで削ぎ落とした、肉体を覆うというよりは、むしろ強調するための衣装だった。
黒と深紅の薄い布が、磨き上げられた豊満な肢体の要所を飾り、露出している皮膚の面積の方が遥かに広い。
もはや、着ていること自体が極上のエロスであり、見る者の理性を焼き切るための妖艶で挑発的な装いであった。
ほどなくして、重厚な扉が内側から開かれ、魔王が部屋へと入ってくる。
魔王ルシアティス=ヴァルゼルグは、歴代最年少で魔王の座に就いた。
その幼さゆえに、ヴェルファーン、ルキフェル、グリムボーン辺りによる傀儡だと嘲笑されることも少なくなかったが、大魔将に政務を分担させる現在の統治体制は、他ならぬ魔王自身の発案であり、その幼い頭脳の奥に秘められた策略は、多くの大魔将たちさえも上回るものがあった。
魔王の後ろに控えていた従者が、部屋の中のリリシアの姿を目に留め、思わず顔を赤く染める。
「ふむ、リリシアよ。待たせたな」
「いいえ、魔王様。お疲れのところを恐縮です」
リリシアは傅いたまま、妖艶な声で応じる。
魔王は、その艶やかな姿に目も留めず、従者へと振り返った。
「さて、ミリナ。今日はリリシアとよろしくやるからの。誰も部屋に近付かせるでないぞ!」
ルシアティスが、幼さを残す顔に威厳を纏わせて言い放つと、従者――ミリナは慌てた様子で深く一礼した。
「は、ははっはいぃ! かしこまりました! 畏れながら、どうか御心行くまで……!」
従者は、魔王の私室という聖域を汚さぬよう、急いで扉を閉め、部屋から退室した。
扉が閉まると同時に、魔王とリリシアの二人が残された寝室には、奇妙な緊張感が満ち始める。
「さて。面を上げよ、リリシア」
魔王の言葉に、リリシアは優雅な仕草で立ち上がり、魔王の元へと進み出た。
「で、至急の用事とはなにか。
わらわの貴重な睡眠時間を削るほどの、緊急を要する話なのであろうな?」
魔王は、寝台の縁に腰を下ろし、一呼吸置いた。
「内密ということなので、時間的にも寝室しかなかったのじゃ。
しかも、リリシアが相手ということもあり、そっち方面の要件だと勘違いされることは、良いのか悪いのか」
魔王は、わざとらしくため息をつき、冗談めかしてぼやく。
リリシアは、魔王の軽口を軽く受け流し、優雅に膝をつき、妖艶に微笑む。
その微笑みで場の空気を変えると、彼女は真の目的への前段階として、まず「私的な行動」について話題を切り出した。
「まずは、一つだけお尋ねさせてください」
「ふむ。申してみよ」
「ヴァルカン家の子女が、グリムボーン家の子女と懇意にしているようで」
リリシアは、一語一語、探りを入れるように問いかける。
魔王――ルーシーは、つまらないことを聞かれた、というように肩をすくめた。
「ふむ。そのくらいは先刻承知じゃろう。
わらわが、イチ生徒として幼年学校に通い、リュシアとも友好関係にあることは、おぬしも把握しておるはず」
ルーシーは、リリシアの顔を見据えた。
「ふむ、グリムボーン家を特別贔屓することはないからの、安心せい。
ただ、友人として多少目をかけるくらいはあろうが、そのくらいは許容せよ!」
あくまで「息抜き」であり、政治的な意図はないことを諭すように伝えるルーシーの言葉に、リリシアは穏やかに頷いた。
「かしこまりました。心配は杞憂でした」
彼女は、間髪入れずに一転して真剣な表情に変わる。
「では、そのご友人の弟君が、かの神の聖印を持つことはご存じですか?」
リオスの秘密の核心に触れる、爆弾発言であった。
「――ほう」
ルーシーは、リリシアの鋭さに感心し、目を細めた。
「そこまで調べ上げたのか。
わらわが内密にしていた情報を、たった今、おぬしが言った。
これは、驚きよりも賞賛に値するぞ」
リリシアは、ルーシーが既に知っていたことに安堵し、その知識を褒め称えた。
「恐れ入ります。実は、私がこの事実を知ったのは、つい先ほどのこと」
ルーシーは、その告白に、グリムボーン一家が慌てていたのはその辺りの事情だったのかと、夜会の出来事を思い返す。
「私としたことが、ともすれば国家の危機となることを、気にも留めておりませんでした。
この失態、深くお詫び申し上げます」
ルーシーは、リリシアの正直な態度を評価した。
「顔を上げよ、リリシア。
そちらについては、不問じゃ。事がことだけに、内密にしていたことを詫びる」
ルーシーは、情報を共有しなかったことを謝罪し、改めてリリシアの真の目的を問う。
「話は、そのことか。
つまり、リオスの勇者問題が本題であると」
リリシアは、ルーシーの視線を受け止めた。
「そのこともございます。
ですが、本題は、数年前にその勇者――リオスの子種をもらい受けるという盟約を交わしたことなのです」
リリシアは、真の目的を提示した。
「ああ、そんな話もあったな。
ふむ。勇者の子種など嫌になったのか?」
ルーシーは、わざと軽く問いかけた。
リリシアは、それを否定する。
「いいえ、魔王様。むしろ逆でございます」
リリシアの琥珀の瞳に、強い光が宿る。
全身から、情熱的な熱意がほとばしる。
「あのリオスという子供は、私が当初考えていた以上に、優秀で、強い。
そして何より、あの身に宿る勇者の力は、私が想像していたよりも、遥かに大きな恩恵をもたらす可能性があります」
彼女は、その結論をルーシーに告げる。
「私は、彼の子を、既に後継者として確定させたい。
ですので、勇者の血を引く子を、私の家門の後継者とすることの許可が欲しいのです」
ルーシーは、リリシアの要求を真剣に聞いた。
「ふむ。わらわの調べでは、リオス本人に、魔族への敵対の意思はない」
ルーシーは、即座に許可を出す。
「問題はない。むしろ、将来的に戦力が増すのであれば、否はない。
個人的にも、知らぬ仲でもないしな」
「魔王様、ありがとうございます……!」
リリシアは、心からの感謝を述べ、将来を夢想して喜びの言葉を口にした。
「あれほどの性技を持つオトコの娘なら、私以上の娼婦となるでしょう。
きっと、種族を問わず、多くの男たちを跪かせ、魔国全土……いえ、全世界にその名を轟かせるに違いありません」
その言葉に、ルーシーは、リリシアの圧倒的な性技の噂を思い出し、顔をしかめた。
「……リリシア」
ルーシーは、不安を口にする。
「おぬしですら、シた後に立たなくなる男が続出しているというのに。
それに、勇者の血を引く娘となると……どうなることやら。
魔国の男たちの未来が、少し心配になってきたぞ」
ルーシーは、ふと、ある疑念を抱きながら、リリシアを追及した。
「……もしや、おぬし、もう手を出したのか?」
リリシアは、ルーシーの言葉に抗えない愉悦が混ざった妖艶な笑みを浮かべた。
その笑みには、歓喜と、微細な羞恥が混ざっている。
彼女の視線は、熱い愛撫の記憶を呼び起こすかのように、遠くの一点、あるいは快楽の残滓を見つめている。
「はい。ここだけの話、我を忘れるほどの体験でした」
彼女は、全身の力を抜き、甘い吐息を漏らすような声で肯定し、自らのプライドにかけられた汚点ともいえる敗北を、ルーシーにだけ告白した。
その告白は、敗北というより、むしろ至高の快楽を得た勝者のように響いた。
「……はぁ!?」
ルーシーは、一瞬、素っ頓狂な声を上げた後、「後継者を許可したのは、とんだ失敗だったかもしれぬ」と、心底から頭をかかえるのだった。




