朝靄の 会話と断片
朝靄が石畳を薄く濡らし、四人は幼年学校へ向かった。
通りの端に朝露が溜まり、低い光が靴の先で跳ねる。セリーネは頭部を抱え、掌のざらつきを親指でなぞる。
「もう……死ぬかと思ったわ。毎朝あれって、本気で言ってる?
頭おかしいんじゃないの」
セリーネが息を吐き、横目でリュシアを射る。
リュシアは石畳を見やり、歩調を揃えた。
「大丈夫。死なないって言ったでしょ。体も頭も目も全部起きる。効率がいいの。
それに、火花の匂い、好きじゃない?」
「好きじゃないわよ! 火の粉が散るたびに焦って、間合いが伸び気味になったもの。木の剣はあんな匂いしないし。
……軽すぎて緊張感が足りないって言うあなたの気持ち、ちょっとは分かったけど……危なすぎ」
リオスが口元に苦笑を浮かべ、胸元を軽く叩く。
「今日は最初に落ちたのは僕ですからね。
貴女の突き、肩・肘・手首の三点連動だけで軌道を最短に折ってきた。
見てからだと受けの角度が半拍遅れたから、僕の課題だ」
セリーネがジト目でリオスを睨む。
「正直、胸を突いた時は殺っちゃった。って思ったのに……
アレで怪我もしてないって……どういう鍛え方してるのよ?」
「なら、わたくしは、その隙を突けたのですね」
シエラが髪を払って言う。
セリーネは頬を膨らませ、指をぎゅっと握った。
「シエラさんも強烈すぎ!
弓みたいにしならせてから叩き込む一撃、強化が遅れていたら、内臓がイってたわよ。
それに、リュシアの剣も。受け流したけど、鉄の重みが腕に鈍く食い込むのよ」
リュシアは口角を上げる。
「でしょ。鉄のずしりが掌に食い込む感じ、いいのよ。
でも、勝てたのはシエラのおかげ。倒れたリオスに意識が流れた一瞬、その隙に入れた一撃で決まったから。
心配なのは分かるけど、まだ敵が残ってるのに、意識を逸らしたらダメよ」
シエラは足を止め、短く息を整える。
「その点は、反省ですわ。それと、力任せな剣筋も。
最初の抜きで力を落とし切れていれば、後半の押しはもっと軽くできたはずですから」
「シエラはいつも力が乗るね」
リオスが茶化すように言う。
「空気を押し潰すみたいな重さの一撃、受け止めるだけで砂埃が上がる」
「ほら、こういうのが面白いのよ」
リュシアが腕を振る。
「誰が誰を狙っているか分からない、鉄と風と呼吸の混ざった匂いの中で全力で動く。
リオスの分析、シエラのフィジカル、セリーネの精密さ。
三人の線を見切って、空気の切れ目に刃を入れるのが楽しい」
セリーネは小さく頷き、視線を前へ戻した。
「あなたたちの強さは、規格外の訓練のせいね。
初参加でここまで体感できたのは収穫。
次があるなら……細剣で、この重さに早く慣れる」
リオスは歩幅を崩さず、短く応じる。
「またいつかお願いします」
四人は菱形の歩調を保ったまま校門へ向かった。
掌には鉄の感触、鼻先には火の匂い。靴底が石を拾い、一定のリズムが通りへ伸びる。
◇
通学路を歩くのは、リオスたちばかりではない。
通学路はすでに生徒で満ちていた。朝靄がほどけ、声の帯が交差する。
その流れの中で、セリーネ、リオス、リュシア、シエラ――四人の会話だけが妙に熱を帯びて聞こえ、周囲にざわめきが走る。
(セリーネ様、リュシア様たちだ。例の……あれの話をしてるのか?)
リオスとセリーネの決闘、そして“条件”の噂は、幼年学校中に広がっている。
生徒たちは露骨に耳を澄ませ、断片を拾い集めた。
「もう、死ぬかと思ったわ……毎朝あれって、頭おかしいんじゃないの」
上級生の女子が友人の腕を掴む。
「聞いた? 『毎朝あれ』だって。噂は本当よ、やっぱりすごく激しいんだわ……」
「――の匂い、好きじゃない?」
「ひっ、匂い!?
どこの匂いなの……アレか、ソレか、それとも何か別のもの……」
続いて、リオスの声。
「――最初に落ちたのは僕ですからね。貴女の突き――」
「最初に力尽きた? でも、セリーネ様の『突き』って……
まさか、あの子がセリーネ様に主導権を握られていたとでも?」
セリーネの言葉が追い打ちをかける。
「――突いた時はヤっちゃった。って思ったのに……」
女子の一団が顔を見合わせた。
「セリーネ様、やっぱり攻めなのね」
そして、シエラ。
「――内臓がイってたわよ」
「え、内臓!?
シエラ様も加わったの?
集団で、しかも内臓がイクほどの、そんな……」
混乱の渦に、リュシアの声が落ちる。
「倒れたリオスに意識が流れた一瞬、その隙に入れた――」
「倒れるほど!? それに、入れたって……!」
周囲の勘違いは、もはや壮大な物語になっていた。
最後に、セリーネの決意が耳へ届く。
「次があるなら――早く慣れる」
この一言で、周囲は確信へ傾いた。
セリーネは、この行為を受け入れたのだ――と。
(セリーネ様は、完全に目覚めたんだ……次の機会にも、また激しくするんだわ)
四人の背は、校門の影に吸い込まれていく。
通りに残ったのは、朝の匂いと、新しい噂だけだった。




