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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年

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65:朝靄の目覚め

 夜の名残がまだ部屋に漂っていた。

 消えかけた香がほのかに残り、柔らかな甘さを空気に混ぜている。


 寝台の上、セリーネは静かに眠っていた。

 白いシーツを胸のあたりで抱きかかえ、

 まるで誰かの腕の代わりに、それを抱きしめているようだった。


 背から腰の曲線が光を受け、太ももの内側に朝の気配が溶けていく。

 シーツの端は腰骨の下で途切れ、そこから下は空気に晒されていた。

 触れる風がひやりと冷たく、背筋がわずかに動く。


 部屋の奥では、リュシアがすでに起きていた。

 黒い運動着に身を包み、窓辺でカーテンを開け放つ。

 淡い光が流れ込み、寝台の上をやさしく照らした。


「……セリーネ、起きなさい」


 低く落ち着いた声。

 セリーネの頭が小さく動き、まつげが震える。


「……ん……」


 まだ夢の中。うつらうつらとシーツを抱きしめる。

 柔らかな布の感触が肌に吸い付き、わずかに吐息が緩んだ。


 リュシアは寝台に近づき、ベッドの端に腰を下ろす。

 指先でセリーネの髪を払うと、もう一度声をかけた。


「セリーネ、起きなさい。外で待たせる気?」


 その響きに、意識がようやく水面に浮かぶ。

 まぶたが重く開き、光が差し込む。


 焦点が合うまで数秒。

 目の前に立つのは侍女ではなく、運動着姿のリュシアだった。


(……リュシア? どうしてここに……)


 寝ぼけたまま視線を彷徨わせた瞬間、胸に抱いた白い布が目に入った。

 抱きしめていたシーツの下から、自分の肌がそのまま見える。


「……え……な、なにこれ……!?」


 理解が追いついた瞬間、頭が跳ね上がった。


「う、うそっ!? ちょ、ちょっと待って!」


 体のほうが反射的にシーツを引き寄せ、胸を覆う。

 布が擦れて音を立て、頬が瞬く間に赤く染まる。

 息が詰まり、目を伏せた。


 リュシアは腕を組み、淡々と見下ろしていた。


「……今さら隠すの?」


 セリーネは真っ赤な顔で、肩を震わせる。


「み、見ないでっ!」


 リュシアは軽く口角を上げた。


「昨夜はあんなに見せたんだから、隠すものもないでしょうに」

「そ、それは夜の話でしょ!?」

「夜は許されても、日の光の下では駄目、というわけ? 太陽が出ただけでそんなに恥ずかしい?」

「だって……あんなの、普通じゃないもの……!」

「普通かどうかはあなた次第でしょ」


 セリーネは息を詰まらせ、シーツに顔を沈めた。

 耳まで赤く染まり、声が震える。


「ううう……忘れてほしい……できれば今すぐに……」


 リュシアはため息をつき、寝台の端に腰を下ろした。


「無理ね。見たものは消えないもの」

「ひ、人の恥をさらっと言わないでっ!」

「恥じるくらいなら、最初から挑まなければよかったのに」


 その言葉に、セリーネは返す言葉を失った。

 昨夜の記憶が、嫌でも思い出の隙間から滲み出す。

 視線を逸らして俯く彼女の頬が、また一段深く紅を帯びた。


 リュシアは立ち上がり、まるで話題を切り替えるように、平然と告げる。


「――さて。感傷は終わり。これから一戦交えるわよ」


 セリーネの思考が一瞬で凍りつく。


「い、いっ……!? 朝から!?」


 リュシアは真顔のまま頷いた。


「習慣なの。リオスはもう外に出てるわ」

「そ……外で!?」

「ええ、中庭で。汗を流すにはちょうどいい時間」


 顔を真っ赤にしたセリーネは、シーツを胸元まで引き寄せる。


「シエラも一緒よ。いつもは3人でやり合ってるんだけど……今日はあなたも混ざってほしいの」


 シエラ――シエラ=ルキフェル。

 生徒会で顔を合わせる彼女、そしてリオスの婚約者。


(ま、まさか……婚約者も交えて、朝から……!?)


 セリーネの思考がぐるぐると混線していく。


「ほら、早く支度して。リオスはともかく、シエラを待たせると面倒よ」


 リュシアの言葉が、焦りをあおる。


「ふ、普通、朝からそんなこと……」

「そう? 結構、普通だと思っていたけど。

 頭が冴えるし、身体が温まるわよ」

「……温まるって……!」


 リュシアは軽く肩を回しながら、いつもの調子で続けた。


「汗を流したあとは食堂で朝食。甘いパンが出る日よ」

「そ、そんな余裕まで……!?」


 セリーネは顔を覆い、俯いたまま小声で言う。


「……朝から、元気すぎる……」


 リュシアは首を傾げた。


「あなた、顔が真っ赤よ。熱でもあるの?」

「ち、ちがうっ!」


 セリーネの頬がさらに染まり、耳の先まで赤くなる。


「ほら、いつまでも裸で転がってないで。これを着なさい。

 私のだけど、他に無いから」


 リュシアが差し出した運動着を、セリーネは慌てて受け取る。

 言われるままに袖を通し――


「あの、リュシア、これ、胸がちょっと……いえ、なんでもないわ」


 無言の視線を向けられ、セリーネはすぐに口をつぐんだ。


 やがて二人は中庭へ向かい、朝靄の中を並んで歩く。

 鉄の打ち合う音が次第に近づき、芝生の露が光をはね返していた。


 そして、目の前に広がる光景――

 リオスとシエラが、互いの剣をぶつけ合っていた。

 それを見た瞬間、セリーネはようやく自分の勘違いに気づいたのだった。


 頬に熱が差し、息が詰まる。

 思わず俯き、額に手を添える。


(……う、うそ……私、なに考えてたの……)


 リュシアはそんな彼女の様子には気づかず、傍らの武器棚へと歩み寄った。


「ここにあるものを使っていいわ」


 その声を背に、セリーネは小さく肩を落とす。


「……朝からもう、恥ずかしすぎる……」


 小さな呟きが、靄の中に溶けた。

 風が通り抜け、露を散らす音だけが静かに響いていた。

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