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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年

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61:料理対決

「おい、聞いてるか? 今日の食堂、とんでもないことになってるらしいぜ!」

「マジかよ! 食堂にこんな行列とか、ヤバすぎだって!」


 幼年学校の校舎の一角は、ざわめきと期待に包まれていた。

 廊下には生徒たちの足音が響き、制服の袖をたくし上げた面々が、そわそわとした様子で列をなしている。

 その浮き足立った空気は、まるで何かの祝祭を予感させるような熱気となって、校舎全体に広がっていた。


 厨房からは、香ばしい揚げ油の音が聞こえてくる。

 出汁の湯気が立ちこめ、食欲を刺激する甘く懐かしい香りが廊下にまで満ちていた。

 下町チームの面々は、最後の仕込みと確認に追われている。


「メンサ、盛りつけの準備オーケーか? 時間ねぇぞ!」


 屋台の親父が活を入れる。

 メンサは手際よく盛り付けを進めながらも、口元に笑みを浮かべていた。

 だが、指先の細かな震えまでは隠しきれていない。


「は、はい! 大丈夫、大丈夫です!」


 無理に笑ってみせるメンサ。

 しかしすぐに、不安げな表情がこぼれ、小さな声でつぶやいた。


「……大丈夫かな。こういうの、初めてで……」


 その声を拾ったのは、常勤の年配調理員だった。

 彼は無言で、そっとメンサの背中をポンと叩いた。


「味はいい。あとはやるだけさ」

「はいっ!」


 メンサは短く頷くと、ギュッと目を閉じ、決意を込めた。


 一方、厨房の反対側。

 見習いの貴族家料理人たちは、洗練された動きで料理を仕上げていた。


「皿の上の空間を意識して。このソースは、宝石を散らすようにね」


 その指示さえも優雅な響きを持つ。

 彼らの手によって作り上げられた料理は、皿の上でまるで芸術品のように輝いていた。

 配置、色合い、そして繊細な盛り付け――そのすべてが「魅せる料理」としての完璧さを追求している。

 厨房には、香草とソースが混ざり合った複雑なアロマが漂っていた。


 醤油と出汁、揚げ油の香りが立ちこめる下町チームの厨房。

 それに対し、貴族料理のローズマリーが香りで真正面からぶつかる。

 本来は不協和音でしかないであろう、ふたつの香りは、不思議と調和している。

 料理同士が対峙し、食堂の空気そのものが活発に動き回っているかのようだった。

 異なる「食の哲学」が、火花を散らす。


 程なくして、生徒会長が仮設ステージに姿を現した。

 その声が、熱気に包まれた食堂へと響き渡る。


「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます」


 会長は一礼し、本日の“食堂決戦”のルールを説明し始める。


「今回の評価に際し、調理時間も予算も、すべて通常通りです。

 つまり、今日の料理は特別ではなく、今後も提供可能な内容となっております。

 そして評価方法ですが――“どちらの料理を、毎日でも食べたいか”。

 この一点に絞って、生徒の皆さんに投票していただきます」


 説明が終わると、いよいよ試食が始まった。


 最初に提供されたのは、貴族家チームの料理だ。

 彩り豊かで芸術的な盛り付けに、生徒たちからは「わぁっ、すげえ!」「食べるのもったいないくらい!」と歓声が上がる。

 皿の中央には艶やかなロースト肉、その周囲には精緻な花びらのように野菜が並べられ、透明感のあるジュレ状ソースが光を反射して、まるで宝石のようにきらめいていた。


「んー、美味しい!」


 ひと口食べた生徒の声に、周囲がどっと湧いた。

 しっとりと焼き上げられた肉は、ナイフを入れただけで繊維がほろりと崩れ、口の中で香草と肉汁がじゅわっと広がる。

 白ワインとハーブのソースがそれを支え、芳香が舌の奥まで届いてゆく。


 付け合わせの野菜は、すべて別々に調味されており、見た目の華やかさだけでなく、味にも奥行きがある。

 しなやかさと歯応え、温と冷、塩味と酸味――そのバランスは、まさに料理人たちの技巧の結晶だった。


「すご……レストランのフルコースみたい……」


 技巧と芸術性が詰め込まれた一皿は、多くの賞賛を集めた。


 次に配られたのは、下町チームの料理だった。

 見た目こそ質素だが、ほかほかと立ち上る湯気の中に、出汁と醤油の甘く懐かしい香りが漂っている。


「うまっ! これ、やばい!」

「なにこれ……すげー落ち着く……」

「しかも量多い! 最高!」


 驚きと歓喜の声が次々と広がる。

 生徒たちの顔には笑顔が溢れ、中には黙々と箸を動かし続ける者もいた。


 炊き込みご飯は、しゃもじで掬うたびにふわりと湯気が立ち、その香りだけで空腹が刺激される。

 噛むたびにじんわりと出汁の旨味が広がり、胃の腑まで温かく満たされていく。


 ほくほくの根菜が染みた煮物、冷めても美味しく工夫された揚げ餃子――

 どれもが、食べ盛りの生徒たちの“欲しいもの”を的確に捉えていた。


 食堂の一角では、リオスがその様子を目を離さずに見守っていた。

 彼も両方の料理を試す。


 貴族家チームの料理をひと口――


「……見習いとはいえ、ウチの料理人と比べても十分。特に、ソースが……すごい」


 続いて、下町チームの料理をひと口。


「美味しい。確かに美味しい。けど……素材の差は否めないかな?

 貴族家チームと比べると、どうしても何段か下……」


 そう考えながらも、リオスは下町チームの“量”に目を留める。


「でも、この量なら、みんなお腹いっぱいになる……それも大事、かも」


 料理人たちが“何を優先したか”――その違いが、はっきりと浮かび上がっていた。

 試食の時間が終わり、投票が締め切られた。


 どこか浮ついた空気の中、生徒会会長が再び仮設ステージに立つと、場の空気が引き締まる。


「では、これより結果を発表いたします」


 会場に静けさが満ちる中、会長の声が凛と響いた。


「まず、教師票の発表です」


 教師たちもまた、食堂を日常的に利用する利用者。

 その票は、調理技術と完成度の高さが評価され――


「教師票は、貴族家チームが優勢でした」


 会場に小さなどよめきが広がる。

 だが、それはまだ半分の結果に過ぎなかった。


「そして、生徒票の発表に移ります。結果は……」


 一瞬の間を置き、会長は声を張り上げることなく、はっきりと言い放った。


「――圧倒的な票数で、下町チームが勝利しました!」


 食堂全体が静まり返る。


 その数秒の沈黙を破ったのは――歓声と拍手の嵐だった。


「やったー!」

「下町チーム、最高ー!」

「おかわりしたいー!」


 生徒たちの喜びが食堂中に溢れ、まるで祭りのような熱気が広がる。


 その波の中で、メンサは思わずへたり込みそうになりながらも、懸命に足を踏ん張っていた。

 喜びと戸惑いと、こらえきれない涙が入り混じった表情で、目の前の光景をかみしめる。


 下町チームの料理人たちは、互いに顔を見合わせ、喜びを分かち合い、肩を叩き合う。


 生徒会会長は再びマイクを握り、結果を受けての総評を語り始めた。


「どちらの料理も、本当に素晴らしいものでした」


 まずは貴族家チームへの評価から。


「その見た目の美しさ、研ぎ澄まされた技術、繊細な味――どれを取っても一級品でした。

 まさに芸術品と呼ぶにふさわしい完成度でした」


 会長の言葉に、貴族家チームの料理人たちは誇りを胸に、頭を垂れる。


 そして、視線は下町チームへと向けられた。


「一方、下町チームの料理は、味はもとより、“量”という点で、生徒たちの心と胃袋をしっかりと掴みました。

 ――つまり、生徒たちにとって、“満腹感”が優先された結果ですね」


 その言葉に、生徒たちから再び賛同の声が上がる。

 会長の声は、その歓声に背を押されるように、さらに力を増して続いた。


「今日のこの勝負は、単なる料理の優劣を競うものではありませんでした。

 食とは何か――誰のために、何を届けるべきなのか。その本質を、私たちに教えてくれた対決だったと、私は思います」


 結果発表の余韻が残る中、熱気に包まれた食堂で、貴族家チームの面々が下町チームに歩み寄ってきた。


「完敗ですよ……。俺たち、味と見た目ばかりに目を奪われてました」

「貴族の価値でしか考えてなかったんです。けど……主役は、平民の生徒だったんですよね」

「正直、材料の仕入れ段階で、こっちが不利だって気づいてました。けど、味でひっくり返したくて――でも、甘かったです」


 悔しさを滲ませながらも、負けを認める彼らの言葉に、下町チームの屋台の親父が豪快に笑い声を上げる。


「よっしゃ、坊主ども! いいこと言うじゃねぇか!」


 親父はその中のひとりの肩をぽんと叩き、力強く手を差し出した。


「じゃあ次はよ、下町の“量”と貴族様の“味”――合わせて最強のメシ、作ってみるか!」


 その手には、飾らない温かさと、仲間を受け入れる懐の深さがあった。


 最初は戸惑いを見せていた貴族家チームの料理人たちも、徐々に表情をほころばせながら、しっかりと、その手を握り返す。


「お、お願いします……!」


 互いの文化も立場も違う料理人たちが、対決を通じて互いを認め合い、そして――ともに未来を作るための第一歩を踏み出す。


 そんな光景を、リオスは食堂の隅で見守っていた。


 だが、そんな彼のもとに、ひとりの影が歩み寄ってくる。


「今回は、私の負けでしたね」


 制服姿に、手に自分の頭部を抱えた少女――デュラハンのセリーネだった。


「僕たちの勝負というわけでもないと思いますけどね」


 リオスは苦笑する。

 料理人たちを陰ながら支えていた自分としては、勝ってほしい気持ちはあった。

 だが、あくまでこれは――今後の食堂方針を決めるための“きっかけ”に過ぎない。


 それでも、セリーネは不思議そうにリオスを見つめながら言った。


「あなた……リオス=グリムボーン、よね?」


 リオスは、自己紹介の際に家名を名乗っていなかったはずだ。

 だが、彼女はその素性を既に知っている様子だった。

 それどころか――何かに興味を抱いているような顔をしている。


「ええ、そうですが。何か疑問でも?」


 リオスは率直に問い返す。


 セリーネは少しだけ目を丸くし、それから呟くように言った。


「いえ……リュシアの弟にしては、理知的なのね」

「どういう意味よっ、それ!」


 不意に、背後から腕が伸び、セリーネの頭をむんずと掴んだのは――リュシアだった。


「野蛮って言いたいの!? どこがよ!?」

「そういうところよ、まさに!」

「野蛮とはなによっ! 野蛮とは!!」


 言い争いを始めるふたり。


 リオスとしては、普段見られない姉の一面に驚きつつも、公衆の面前で放っておくわけにもいかない。


「その、なにか僕に用があったんじゃ……?」


 控えめに声をかけると、セリーネは頭をリュシアに抱えられたまま、身体をリオスへ向き直った。


 そして――澄んだ瞳で、告げる。


「そうそう。あなたに決闘を申し込みに来たの」


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