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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :食堂改善

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生徒会

 数日後――


 幼年学校本部棟の最上階、陽の差し込まぬ奥まった一角に、その部屋はひっそりとあった。

 ――生徒会専用会議室。


 リオスが扉をくぐったとき、空気はすでに張り詰めていた。

 広い石造りの室内は、天井が高く、壁には幾枚もの紋章旗が掲げられている。

 中央には、深紅の絨毯に囲まれた重厚な長卓。

 そこに、生徒たちが静かに腰掛けていた。


 出席者は30名。

 各学年のクラスの代表が一堂に会している。

 各学年でクラス数が若干異なるので、この人数だが、年度の初回と言うことで全員出席している。

 無言で頷き合う者、視線を交わす者、そして椅子の背に背を預ける者――態度などはそれぞれだが、各々決められた席に着席していた。


 リオスは長卓の末席に静かに腰を下ろす。


 最上席に座るのは、生徒会会長――ラミア族の少女だった。

 蛇の下半身を持つ彼女は、まばゆい紫髪と翠玉の瞳を持ち、ゆったりとした一息で場を見渡すと、まるで舞台の幕開けを告げるかのように口を開いた。


「皆、集まってくれてありがとう。改めて、今年の生徒会は、正式に任期を開始することになるわ」


 その声はよく通る。

 柔らかく、それでいて隙のない響きだった。

 誰もが黙って耳を傾ける。


「初回ということもあり、今日は顔合わせを中心に進めたいと思います。

 形式に則って、まずは簡単に自己紹介をしていただければと思います。

 順に――そうね、年次の低い方からお願いしましょうか」


 リオスは、わずかに身じろぎした。

 見渡せば、上級生席にはリュシアの姿が見える。その隣には、ルーシーの姿もあった。

 いずれも別学年ながら、リオスにとってはよく知る顔ぶれだった。


 そして長卓の1年生の代表席の上座寄り――1年1組の席には、シエラが静かに腰を下ろしていた。

 姿勢は正しく、表情も崩さない。だが、その存在だけで不思議と安心感を覚えた。


 彼女たちは、それぞれのクラスの代表として出席しているのだ。

 学年やクラスこそ異なれど、馴染みある顔がいくつかあるというだけで、胸の奥に灯がともるようだった。


 そんな中、自己紹介が始まった。


「シエラ=ルキフェル。1年1組です」


 続けて、1年2組、3組……と順に名乗っていく。

 それぞれの声に、緊張や誇り、あるいは控えめな色が混ざっていた。


 やがて、最後の視線がリオスへと集まる。


「リオス。1年8組です」


 あえて、家名は名乗らなかった。

 澄んだ声は静かな空気の中で、響いた。


 次いで、2年代表の少女が、皆に、と言うよりも、1年の代表たちに向かって名乗った。

 在学中にクラスは変わらないということなので、このメンバーで4年間運営することになるのだ。


 自己紹介は淡々と進み、徐々に年次が上がっていくごとに、口調も自信に満ちていった。

 中には冗談を交えたり、自己アピールを盛り込む者もいたが、リオスはそれらを黙って聞いていた。


 やがて、全員の自己紹介が終わり、会長が静かに手を組む。


「……それでは、特になければ、本日はここまでとしましょうか」


 会長の柔らかな声が、静かに場を締めようとした、その瞬間だった。

 長卓を囲む空気が、やや緩む。椅子を引こうとした生徒も数人いた。


 そのとき、リオスがすっと右手を上げた。


 一瞬、全員の視線が集まった。


 無理もなかった。

 会議における発言権は全員に等しくあるとはいえ、最年少で、しかも劣等種・平民クラス(8組)であるリオスの行動は、それだけで注目に値するものだった。


 物珍しさ、そして侮り――そんな色が入り混じった視線が、彼に注がれた。


 けれどリオスは、萎縮するでもなく、過剰に気張るでもなく、いつもの落ち着いた調子で口を開いた。


「……あの、ひとつ、話してもいいですか?」


 会長がわずかに目を細め、やがて頷いた。


「もちろん。どうぞ、リオスさん」


 リオスはゆっくりと立ち上がり、姿勢を整える。

 その所作は、小さな身体にそぐわぬほど丁寧で、落ち着いたものだった。


「西棟の、生徒食堂についてです」


 再び、場がざわついた。


 いきなりの具体的な話題だった。しかも、食堂。

 それは多くの生徒にとって身近でありながら、議題に上がることの少ない場所だった。


「僕たち、つい最近、実際に食べに行ってきました」


 リオスは言葉を選びながら、しかし明確に語る。


「そこで感じたことがあります」


 彼の声音には熱はなかった。だが、真っ直ぐだった。


「食堂の床には油やゴミが残っていて、掃除がきちんとされているようには見えませんでした」


 椅子の背にもたれていた上級生が、わずかに体を起こした。

 会計担当と自己紹介した3年生が、困惑した顔を見せた。


「それだけじゃありません。料理も、量が少なくて、味も……うまく言えないんですけど、“がんばって作った”っていう感じが、あまりしなかったんです」


 少し、言葉に詰まった。

 だが、次の瞬間には視線を真っ直ぐ上げていた。


「これでは、ちゃんと食べることすら、難しい人も出てくると思います」


 リオスの言葉に、一部の生徒――特に西棟の代表たちは、深く頷いていた。

 共感と共鳴。小さな声が、思わぬところで響き始めていた。


「……改善のために、予算を、もう少しだけでも割いていただけないでしょうか?」


 リオスの言葉が、長卓の中心に、静かに落ちた。


 一瞬、沈黙。空気が凍るわけでも、ざわめきが走るわけでもない。ただ、“間”が生まれた。


 その場にいた何人かが、ちらりと互いの顔を見合わせた。

 まるで、「誰が答えるべきか」と目配せで確認するかのように。


 やがて、少し離れた席から、控えめな声が上がった。


「あの……」


 会計担当の生徒だった。3年生の、人間の少年。

 声には自信が感じられず、どこか困ったような響きが混ざっていた。


「生徒食堂の予算は……その、今年度分、ちゃんと……既に組まれているはず、なんです。

 なので、たぶん……今から増やすのは……」


 言い淀みながらも、彼なりに誠実に答えようとしているのは分かった。

 が、それは“断るための言い訳”にも聞こえてしまった。


 リオスは、そこで少しだけ息を吸ってから、口を開いた。


「でしたら……その予算の中身、見せていただけますか?――できれば、去年の決算も」


 今度こそ、会議室がざわついた。


「えっ――」

「今、何て言った?」

「新入生が……帳簿を?」


 驚き、困惑、そしてわずかな敵意。

 反応は様々だったが、誰もが思ったのだ。

 “新参者”が、“数字”に踏み込もうとしている、と。


 だが、リオスは臆することなく、会計担当の方をまっすぐに見つめた。

 その瞳には、疑いではなく、ただ知りたいという意思だけが宿っていた。


「責めるつもりじゃありません。ただ……きちんと、見ておきたいんです。

 実際、どうなっているのかを」


 その言葉には、誰の声とも違う――“現場からの問い”が込められていた。


「帳簿の確認なんて、そんなのは会計担当の責任だろう」

「新入生にそんなこと言われて、いちいち対応していたら収拾がつかないよ」

「まったく……最近の下級生は自己主張が強いな」


 ぽつぽつと洩れる声は――拒絶。

 それらは明らかに“壁”として積み上げられていた。

 リオスの言葉に答えるでも、対話するでもなく、“軽くあしらう”ような口調。

 それは、“下の者が上の領分に口を出すな”という、空気による圧力だった。


 けれど、リオスは動じなかった。

 表情は変えず、怒ることもない。

 だが、その目だけは、どこまでも静かに、真っ直ぐだった。


 しばしの沈黙のあと――長卓の中ほど、年季の入った制服に身を包んだ男子生徒が、ゆっくりと手を挙げた。


「……俺も、リオス君と同意見だ」


 低く渋めの声。先ほど3年7組の代表と名乗った少年だった。


「清掃が行き届いてないってのは、たしかに前から感じていた。けど、言っても無駄だと思っていたんだ。

 下級生からこういう声が上がるのは、悪いことじゃない」


 場の空気が、少し和らいだ。


 続いて、今度はリオスと同じ1年生の少女の声が上がった。


「……わたしも。食堂のこと、気になってました。食事の内容も、あれでは体調を崩す子も出そうで……」


 声の主は、1年6組の代表らしい。小柄な獣人の少女が、戸惑いながらもリオスの言葉を後押しした。


「だから、帳簿を見るっていうの……ちゃんと意味のあることだと思います」


 不意に、他の数名も小さく頷いていた。誰もが声を出すわけではない。だが、同意見のようだった。


 そのときだった。


「……ふふ」


 柔らかな、けれどどこか底の見えない笑い声が、長卓の一角から響いた。

 声の主を振り返る者もいたが、上級生は誰もが一瞬で察していた。


 ルーシー=ヴァルカン。


 魔王という正体を隠しつつも、幼年学校でもデーモン族の優等生として知られる少女。

 軽やかな物腰と確かな成績で、同輩はもちろん上級生からも一目置かれる存在だった。


 その彼女が、椅子にもたれたまま、ゆったりと目を細めて言った。


「ほう……面白いではないか。新入生にして、ちゃんと現場を見て物申すとは……うむ、そういう目は、大事じゃぞ?」


 語気は柔らかい。どこか楽しげな響きを含んだ、いたずら好きの小動物のような口調だった。

 だが、その一言が空気に与えた影響は大きい。


「学校の整備やら設備の実情やら――そうしたものに目を向ける眼力、無下にはできぬものじゃよ」


 その発言が「ただの面白がり」ではないと、誰の耳にも伝わった。


 流れが変わった。反対の声は、今度は上がらなかった。


 会長が、数秒だけ思案し、やがて小さく頷いた。


「……では、明日午後。希望する者を中心に、生徒会室にて帳簿の閲覧、確認の場を設けます。それでよろしいかしら?」


 誰も異を唱えなかった。会議室に、静かな変化の波が生まれた。


 リオスは、静かに頷いた。彼の胸には、手応えのようなものがあった。


 確信ではない。ただ、小さなひと押しが、少しだけ動いたという感覚があった。


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