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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :新生活

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40/70

初登校、初誤解、初囲まれ

 朝の陽射しが、ゆるやかに街並みに差し込み始める頃――。王都西区の学府街、その一角に広がる広大な練兵院区画に、幼年学校の正門が姿を現す。


 石造りの重厚な門の前に並ぶのは、3人の貴族子弟。


 先頭に立つのは、艶やかな銀髪を背に流すリュシア。

 艶やかな漆黒の肌に、額から覗く小さな双角。

 その姿には、学年随一と称される風格と貫禄があった。

 制服の上着は規定どおりながら、スカートはあえて丈を短く調整し、動きやすさを優先。

 軍装風のミドルブーツを合わせ、凛然たる戦乙女のような佇まいだ。


 その後ろを歩くのは、リュシアの弟――リオス。

 制服の着こなしは端正で、ボタンひとつ緩めぬほど整っている。

 ボトムスは黒のスラックス。

 深く腰穿きにして裾をピタリと締め、端正な黒革の短靴と合わせていた。

 年齢に比して引き締まった体躯と、落ち着いた佇まい。制服姿がよく映えている。


 そして、リオスの隣には、シエラが並ぶ。

 肩までの淡紫の髪を揺らし、青白い肌に白基調の制服を纏うその姿は、まさに令嬢といった気品を纏っている。

 比佐飾りに彩られた胸元のリボンが、彼女の学年を示す紅を添え、黒のニーソックスと細身の革靴が、細い足を一層引き立てていた。


 3人の後ろには、それぞれの侍従たちが控える。

 リュシア付きの従者・アンナは、赤毛を揺らすボブカットの人間の少女。

 白いエプロンドレスに身を包み、きびきびと歩調を合わせていた。

 一方、リオスのフィノアと、シエラのリリュアは、緊張の面持ちで、校門前にたどり着く。


「ここから先は、私たち従者は同行できません」


 アンナが静かに口を開く。

 

「控え棟で待機しますので、必要な際は――」


 その言葉を受け、リオスは自らの右手に嵌められた黒銀の指輪を見つめた。

 【呼鈴石】――主と従者をつなぐ、簡易魔道具。

 これに魔力を流せば、受信側の【受信符】が反応し、従者に位置情報が伝わる。


「迷ったら、遠慮なく呼んでくださいませ。範囲は学校内に限られますが、すぐに駆けつけますから」


 ふたりの従者も、少し緊張を滲ませながらも頷いた。

 そんな中、アンナが少し強い語気で言う。


「……特に、リュシア様。今年こそ、勝手にお帰りになったりなさいませんように」


 リュシアの頬が、わずかにひきつった。

 ちらりと視線を逸らしながら、ばつの悪そうに答える。


「……うん。わかった。できるだけ、がんばる」

「――できるだけ、では困るのですが」


 アンナの声音は穏やかだったが、その眼差しは揺らがない。

 リオスとシエラが、思わずくすりと笑う中、リュシアは肩をすくめて小さくため息をついた。


「はぁ……フィノアやリリュアは、物静かなのに、私の従者だけ、なんでこんなに口うるさいのかしら?」

「ご自分の胸にお聞きくださいませ」


 そんなやり取りのなかにも、揺るぎない信頼がにじんでいた。


 やがて3人は、それぞれの従者たちに軽く手を振り、ゆっくりと校門の内側へと歩を進めていった。


 校門をくぐった先、石畳が敷き詰められた広い中庭を進むと、すぐに校舎の輪郭が見えてくる。


 広大な練兵院区画の一角に設けられたこの幼年学校は、軍事教練と教養教育を両立する場として設計されており、外観は学舎というより砦に近い。


 玄関前の広場には、すでに多くの生徒たちが集まっていた。


 在校生らしき上級生たちは制服の裾を翻し、慣れた足取りで校舎内へと進んでいく一方で、新入生と思しき面々は、きょろきょろと辺りを見回しながら、戸惑いの色を隠せずにいた。


 その中央には、ひときわ大柄な存在感を放つ教師――リザードマンの男性が立っていた。

 分厚い鱗に覆われた腕を組み、低く響く声で告げる。


「新入生は、あちらの掲示板にてクラス割を確認せよ。確認が済んだ者から、各自教室へ向かえ」


 その指先が示す先には、校舎脇に設けられた石柱の掲示板。そこに張り出された紙には、びっしりと名前が並んでいた。


 リュシアは、その一言を聞いた時点で足を止める。


「私は、クラス変わってないから……ここでお別れね」


 そう言って、軽く手を振ると、彼女はひとり掲示板を見ずに校舎内へと歩き出す。


 残されたリオスとシエラは、掲示板の前に立ち、名前を探す。


「……あ、ありましたわ。わたくしは1組ですわ」


 シエラの指が、一枚目の中央付近に触れる。

 そこには「シエラ=ルキフェル」という記載と、その隣には小さく学生番号も記載されていた。


 一方、自分の名前を探していたリオスは、少し離れた紙にようやく見つけた。


「……8組、か。でも……」


 そこに記されていたのは、「リオス」という名のみ。家名は記載されておらず、隣に小さく学生番号が併記されているだけだった。


「どういうこと……?」


 リオスは眉をひそめる。

 間違いではないはずだ。番号も一致している。


 けれど、明らかに、他の貴族子弟たちとは異なる扱いを受けているようだった。


 シエラもそれに気づいたのか、声を潜めて呟く。


「……少々、不可解ですわね。でも、教室へ参りませんと。後ほど、詳しく伺いましょう」


 頷き合ったふたりは、それぞれの教室へ向かって歩き出す。


 分岐する廊下の角で、ふたりは再び顔を合わせ、軽く手を振った。


「では、また後ほどですわ、リオス様」

「うん、シエラも気をつけて」


 そして、リオスはひとり、8組の教室がある西棟へと足を進めていく。

 廊下の天井はやや低く、装飾も最小限。

 ところどころ石壁の目地には修復の痕があり、床板もやや軋んでいた。


(……あまり手入れされてないな)


 小さくため息を吐きながら、リオスは教室の扉の前に立った。

 木製の扉はやや古びており、手をかけると、かすかに軋む音を立てて開いていく――。


 扉を押し開けると、ふわりと空気が動いた。


 まだ始業には少し早い時間だというのに、教室にはすでに十数名の生徒たちが揃っていた。


 リオスが一歩踏み入れると、室内の視線がいっせいにこちらへと向けられる。


 高い天井と古びた木材の香りが混ざる空間。

 机と椅子が整然と並ぶその教室――その席の多くは、すでに生徒たちに占められていた。


(……15人編成、かな?)


 机の数からして、リオスはそう判断した。

 当然ながら、全員着ているのは学校の制服。ただし、装いには細かな差がある。

 装飾や合わせている靴の種類などが、出身や趣向の違いを物語っていた。


 まず目を引いたのは、教室の入口のすぐそばに座っていた、煤けたようなピンク色の髪を垂らした少女だった。

 制服は正規のものだが、着こなしにはほとんど無頓着。

 肌はくすんだ乳白色で、周囲の華やかな生徒たちと比べて目立たない。

 サキュバスと思しき特徴はあるものの、その妖艶さや存在感は、まるで意図的に封じられているかのようだった。


 その奥には、ふたりの少女が並んで座っていた。

 一人はふんわりとした紫のツインテールで、童顔ながら制服の胸元が少し窮屈そうに見える。

 もう一人は、艶やかな黒髪をさらりと下ろし、年上のような落ち着いた視線をリオスに向けてきた。


(……3人ともサキュバスかな? 見た目の印象はずいぶん違うけど)


 一列後ろ、窓側の陽光が差し込む席では、淡い桃色の羽毛を持つハーピーの少女が、机に頬杖をついて眠たげに揺れていた。

 その隣には、濃い橙色の巻き髪がさらさらと揺れる少女。どことなく妖精のような雰囲気をまとっている。


(あれは、アルラウネ……?)


 一方、教室後方の廊下側には、スカーフを頭に巻いた無口そうな少女が、黙然と座っていた。

 鱗のような肌と金色の瞳が見え隠れしており、おそらくリザードマンの子だろう。

 人間と比べると、性別の判別がやや難しい印象だった。


 その前列、同じく廊下側には、人間の少女がふたり並んで座っていた。

 一人は栗色のボブヘアに大きめの眼鏡をかけ、袖が手の甲まで伸びていて、制服が少し大きいのかもしれない。

 もう一人は短めのポニーテールにそばかすがあり、快活そうな雰囲気で、隣の子に陽気に話しかけている。


 男子と思しき姿も、ちらほらと見受けられた。


 教室の奥、窓際には、小柄ながらも無骨な体格のゴブリンの少年。

 緑色の肌と大きな牙、坊主頭が目を引く。

 彼は腕を組み、何かを考えるように窓の外を見つめていた。


 その隣には、銀灰色の毛並みに黒い猫耳を揺らす獣人の少年。

 無言でリオスの方を一瞥し、すぐに視線をそらした。席の下からは、長い尻尾が垂れていた。


 その前列の窓際には、細身で中性的な雰囲気をまとうアルラウネの子が座っていた。

 ぼんやりと窓の方を見つめており、まるで日向ぼっこでもしているかのような佇まい。

 滑らかに揺れる黄緑色の髪と、涼やかな光を宿した瞳。ひと目では性別の判別がつかない柔らかさがあった。


 その隣では、小柄なインプの子が、机の下に何かを隠すような仕草をしていた。

 赤茶色の髪と、帽子で隠された額から、角のような影がちらりと覗く。


 そして――人間の少女ふたりの前の席。

 椅子の背にもたれながら、肘をついていたのは、銀髪の少年だった。

 肌はやや白く、糸のように細く閉じられた目は、笑っているのか睨んでいるのか判断がつかない。

 唇には常に、どこか含みのある笑みが浮かんでいた。


 制服の着こなしは乱れていない。

 むしろ几帳面なほど整っているにもかかわらず、彼のまとう空気には、どこか落ち着かないものがあった。


(……なんか、あの子。どこかで……)


 ふと、リオスの胸に、説明のつかない既視感がよぎった。

 どこで会ったかは思い出せない。

 だが、似た雰囲気を持つ誰かを知っているような、そんな妙な感覚――。


 その少年は、リオスと目が合った――ように見えた。

 けれど糸目はそのまま、変わらぬ薄笑いを浮かべながら、軽く顎を引いただけだった。


(……ただの気のせいかな?)


 そう思いながらも、どこか目を離せない気配があった。


(……女子8、男子5。僕を入れて6……いや、あとひとり来ていないな)


 リオスは、扉のすぐ横に残された空席へと腰を下ろした。

 肩から提げていた通学鞄を机の横にひっかけ、動作は控えめながらも整っている。

 背筋を伸ばし、隣に座るピンク髪のサキュバスの少女へと、軽く顔を向けた。


「おはよう。隣になったから、一応挨拶を」


 そう言いながら、リオスは彼女の容姿を自然に観察する。


 くすんだ乳白色の肌に、落ち着いた紫の瞳――その中には金の縁がわずかにきらめいている。

 地味な雰囲気ながら、整った顔立ちと、制服越しにもわかる柔らかな曲線が印象的だった。


(サキュバスは、見られる方が嬉しい。って言ってたよね……)

「君、整ってるよね。顔も、体つきも」


 声の調子はあくまで丁寧に。礼節を重んじる意思を込めていた。


 しかし、少女の反応は予想とは違っていた。


「……いきなりナンパ?」


 淡々とした声音に、わずかに眉をひそめた表情が添えられる。


 リオスは慌てず、すぐに言葉を重ねる。


「いや、違う。以前、サキュバスの知り合いから、見られること自体が嬉しい、って聞いたことがあるから……。ただ、気に障ったなら、謝るよ」


 その時だった。


「えぇっ、今の聞いた?」

「聞いたわよ。すっごくまっすぐで、逆に引くくらい」


 陽気な声と、妙に色っぽい声が同時に降ってきた。

 リオスが顔を上げると、すでに席のそばにはふたりのサキュバス少女が立っていた。


 ひとりは、ふわふわのツインテールを揺らす童顔の少女。

 制服の胸元がやや苦しげで、年齢のわりに目立つ膨らみが強調されている。


 もうひとりは、黒髪ロングの少女。仕草にも色気が漂い、まるで舞台の女優のような存在感があった。


「その子、変わり者だから、あまり気にしないでね?」

「そうそう、黙ってればわりと可愛いんだけど、感性がちょっとねぇ?」


 ふたりはピンク髪の少女の肩をポンポンと軽く叩きながら、まるで姉妹のように馴れ馴れしく接している。


 そして――黒髪の少女が、目を細めてリオスを覗き込む。


「ねぇ、きみ。サキュバスの知り合いがいるって……まさか、もう娼館に通ってるの?」


 ツインテールの少女も、にひひっと笑いながら頷く。


「年齢的に行っていいんだっけ~? さすが将来有望って感じ~?」


 リオスは表情を崩さず、淡々と返した。


「通ってるわけじゃないよ。ただ、たまたま知り合っただけ」


 その返しに、ふたりは一瞬だけぽかんとし――すぐにまた、楽しげな笑い声が弾けた。


「ふふっ、あたしはルゥナ。よろしくね~、人間くん」


 ツインテールの少女が、いたずらっぽく指を振りながら微笑んだ。


「サララよ。よろしくお願いするわね」


 黒髪の少女も、すらりと腰に手を当てて、色気をまとった微笑を浮かべる。


 ふたりとも、自分たちの名をさらりと告げたあと、すぐに隣の少女を肘で小突いた。


「で、こっちがネリア」

「わりと無愛想だけど、悪い子じゃないのよ?」


 促されるように、ピンク髪の少女――ネリアは小さくため息をついてから、ぼそりと口を開いた。


「……ネリア」


 3人とも、家名は名乗らなかった。


 リオスは、その反応にわずかな違和感を覚えつつ、すぐに合点がいった。


(なるほど……)


 貴族や武官の家系であれば、たとえ略式でも家名を添えるのが常識。

 逆に、名をのみ名乗る者は、たいてい平民。

 

 このクラスは、平民が多いのだ。

 だから、掲示板にもリオスの家名が書かれていなかったのだろう。

 

 平民の生徒が委縮しないための配慮――

 

 リオスは、そう解釈した。


「僕はリオス。よろしく」


 あえて家名は名乗らなかった。


 ルゥナが無邪気に「リオスくんか~」と繰り返しながら、隣のネリアに向かって肩をすくめた。


「よかったじゃん、ネリア。すぐに脱ぼっちよ?」

「……からかわないで」


 ネリアは視線を逸らしたまま、ぽつりとそう返した。


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