29:ヤバい人に、捕まったかも
王都別邸への帰路、誰よりも自然に一行に混ざって歩いていたのが、黒髪にヤギの角をもつデーモン族の少女――ルーシー=ヴァルカンだった。
騒動のあと、特に許可を求めるでもなく、「当然のこと」とでも言いたげな顔でリュシアたちと同行し、ミリナの手を軽く引きながら歩いている。
そのミリナもまた、新たにルーシーと志願奴隷契約を交わしたばかりの少女。
まだ歩き慣れない様子ながら、与えられた草履に足を通し、肩にかけられた薄衣を風に揺らしてルーシーの隣を歩いていた。
(……風呂に入れるって言ってたけど)
リオスは、ふと横目でルーシーを見やる。
幼年学校の制服とはいえ、見た目からしても、それなりの家の出に思える。
風呂くらい、自分の家にあるだろうに。
(うちの方が近いのかな? ……ま、姉上も一緒だったしな)
内心でそう納得して、特に言葉にはしなかった。
やがて、グリムボーン家の別邸へと到着。
門が静かに開くと、すでに出迎えの使用人たちが整然と並び、主の帰還に備えていた。
リュシアが足を止め、手短に口を開く。
「ミリナを清めたいの。お風呂の準備、お願いできる?」
「すでに整っております、お嬢様。湯の温度も、先ほど調整を済ませました」
間髪入れぬ返答に、リュシアの口元がわずかに綻ぶ。
「ふふ……完璧ね。さすがだわ」
と、そこでルーシーが軽く手を打った。
「ならば――皆で入ろうぞ」
その言葉に、リオスの思考が一瞬止まる。
(えっ?)
確かに“風呂に入る”とは聞いた。
だが、それはあくまでミリナのことで、自分はその後で――そう思い込んでいた。
リオスは慌てて言葉を返す。
「いや、ちょっと待って。婚約者でもない女の子の裸を、見るわけにはいかないよ」
自分でもまっとうな反論だと思った。
だが、ルーシーは首を傾げたあと、あっさりとした口調で言い放つ。
「では、見なければよかろう? 目隠しでもなんでもすれば、問題あるまい?」
「……は?」
「おぬしの裸など、誰も気にせん」
当然の理屈を口にしているようで、何かが根本的にズレている。
リオスは困惑した表情のまま、助けを求めるように姉の方を見た。
だがリュシアは、さも当然といった顔で肩をすくめた。
「……言い出したら聞かないの、あの子」
それは止めるつもりはないという、姉なりの諦めの表情だった。
ミリナは驚いたように目を丸くしていたが、否定する間もなく、ルーシーがリオスの腕を取って軽く引っ張る。
「ほれ、行くぞ」
「ちょっ、まっ……」
そんな抗議は、誰にも聞き入れられないまま。
リオスは、ほとんどなし崩し的に風呂場へと連れていかれた。
◇
「ほれ、目をつむれ。いや、やはり巻いたほうがよいかの」
脱衣所に入るなり、ルーシーが棚から取り出した柔らかいタオルを手際よく折りたたみ、リオスの目元へ巻きつけた。
抵抗する間もなく、視界はたちまち真っ暗になる。
「え、ちょっ……! ほんとにやるの……?」
「当然じゃ。見なければよいのだろう? ならば、見えぬようにすればよいだけじゃ」
理屈は通っているが、リオスにとってはどうにも納得がいかない。
だが、すでに逃げる隙はない。
さっさとタオルを巻かれて視界は奪われた。
その隣で最初に衣を解いたのは、リュシアだった。
続いて、ルーシーが軽快に黒髪をかき上げ、制服の第一ボタンをぱちんと外す。
その横で、シエラは恥じらいながらも手を動かし、お出かけ着のリボンに指をかけた。
そして最後に、ミリナが戸惑いのまま、その場に立ち尽くす。
「えっ……わ、わたしも……ここで……?」
怯えるように目を泳がせる彼女に、ルーシーがきっぱりと宣言する。
「うむ、そなたはわらわの奴隷。ならば、命令に従うのじゃ」
「め、命令って……でも、男の子が……!」
「目隠しされておるではないか。気にするでない」
「う、うぅぅ……」
顔を真っ赤に染めながら、ミリナはおずおずと袖に指をかけ――
粗末なワンピースの裾が震える。裾を掴む手がわななき、やがて力なく持ち上げられる。
布の影から、膝が、脛が、かさぶた混じりの足首が、順に現れる。
角ばった関節が露出し、肌には擦り傷や痣ができていた。
最後はルーシーに後ろからぱさりと脱がされる。
彼女は両腕で慌てて体を隠そうとするが、ルーシーに「大丈夫じゃ」と笑われ、しゃがみ込むこともできず、ただ顔を赤くしてうつむいていた。
「……っ、ヤバい人に、捕まったかも……」
小声でつぶやいたその顔は、半泣きだった。




