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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
魔王降臨祭

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29/67

28:どこの誰かを示すために

 ようやく――といった様子で、

 数人の王都警備隊が広場に駆け込んできた。


「報告を受けて参りました! 騒乱の発生と――」


 現場の異様な空気と、既に倒れている少年たち、泣いている少女。

 そして、場の中央に立つ、銀髪の少女――リュシア=グリムボーンの姿を目にした瞬間。


 警備隊員たちは、反射的に姿勢を正し、敬礼する。


「リュシア様……!」


 リュシアはわずかに顎を引き、簡潔に指示を下す。


「そこの子たち――オークとオーガ、それとあの女の子。

 名前は……ドレアノス家のラミーナ、だったかしら。

 念のため、全員を拘束して」

「はっ!」


 一切のためらいなく、警備隊が命令に従う。


 令嬢が何か言いかけるも、もう誰も聞いていない。

 彼女は、取り巻きたちとともに、呆然としたまま引き立てられていった。


 リオスは、その光景を見つめながら、

 ふと、少し前までの記憶がよみがえる。


 ――領兵たちに、姉がごく自然に敬われていた姿。


(……変わってないな、姉上)


 リオスの頬が、わずかに緩んだ。



 王都警備隊詰め所――。

 木の床が軋む、質素ながらも清潔に整った室内。

 広場での騒動から一行は、形式上の事情聴取のためここに案内されていた。

 リュシアの友人たちとはあの場で別れたが、ひとりだけ――黒髪にヤギのような角、しなやかな尻尾を備えたデーモン族の少女だけは、何も言わずに当然のような顔で同行していた。

 

「……というわけで、今回の件ですが」


 詰め所奥の席に腰掛けた中年士官が、手元の記録板に目を落としながら、口を開いた。


「当事者はいずれも未成年。

 しかも、怪我人はすでに現場で治療されているとのこと。

 状況としては――『子供同士の喧嘩』で処理されます」


 リオスはすっと背筋を伸ばしたまま、静かに話を聞く。


「とはいえ、場所が場所でしたからな。

 王都中心部の広場、しかも祭典直前の時期です。

 一応、形式的には“厳重注意”として記録されます」


 士官はそこで目を上げ、リオスとシエラに目を配った。


「今後、似たような場面では――まずは、近くの警備隊詰め所へ報告を。

 判断や対応はこちらの責任です。……その点は、よくご理解ください」


 詰め所奥の席に座った中年士官が、厳しい口調ながらも実質的なお咎めなしの通達を下した。


 リオスは素直に頭を下げる。


「ご迷惑をおかけしました。……反省します」


 その様子を横で見ていたシエラが、そっとリオスの袖を引き、

 小声で「軽く済んで良かったですわね」と囁く。


「さて、次は――こちらの少女について、です」


 士官は書類をめくりながら、隣に座る少女へ視線を向けた。


「首輪を装着しており、奴隷として扱われていた……とはいえ、

 我々の登録記録には一致する情報が見つかっておりません」

「つまり、やっぱり違法奴隷ですか?」

「ええ。ですが、こちら側で断定するには判断材料が足りません。

 念のため、正規の奴隷商を呼んであります。

 正式な登録印があるなら――まあ、少々面倒なことになりますが」


 士官は、疲れたように肩を竦めた。


「ですが……」


 彼はちらりと少女を見やる。


「……この見た目で正規登録は、まず考えづらいですね。

 それなりの家なら、もっと手入れもされているはずですし、喉を潰すような扱いは……」


 そこで言葉を切り、溜め息をひとつ。


「いずれにせよ、照会結果次第です。

 問題なければそのまま保護、違法と判明すれば――解放処理ですな」


 そのとき、扉の向こうで、控えの衛兵が声を上げた。


「お待たせしました。王都奴隷商会より、登録官ギルトン殿、お連れしました!」

「通せ」


 士官の声に応じて入ってきたのは、品の良い身なりの中年男性だった。

 無駄のない所作で一礼を済ませると、肩に提げた契約帳を開く。


「失礼いたします。王都商会、登録官ギルトンです。……状況は事前に確認済み。

 対象者の首輪と魔印、ならびに過去の契約記録について――すでに本部照会が完了しております」


 ギルトンの声は静かだったが、隣の少女がぴくりと肩を揺らした。


「まず、結論から申し上げましょう」


 契約帳を閉じ、ギルトンは少女を一瞥した。


「この子に関する正規登録情報は――存在しません。

 登録番号なし、印刻なし、商会許可なし。加えて、

 喉に残る損傷痕から、故意の傷害の可能性が極めて高いと判断されます」

「つまり……違法、ということか」


 士官が言葉を継ぐ。


「はい。明確に“違法奴隷”と認定される案件でございます。

 現行の奴隷保護法に基づき――拘束具の破棄と、身柄の解放が必要です」


 ギルトンは契約帳の一項をめくり、そこに手をかざした。

 緩やかな魔力の波動が走り――少女の首に巻かれていた首輪が、ひとりでに音を立てて外れる。


 カチャン、と金属の落ちる音が床に響いた。


「これをもちまして、商会の認定により――この少女は正式に“奴隷ではない”と証明されました。

 以後の扱いは、自由民となります」


 首輪が外れ、形式上は“自由の身”となった少女。

 だがその肩は、自由を喜ぶにはあまりに頼りなく、怯えたように震えていた。


「……それで、行くあては?」


 リオスが、ゆっくりと問いかける。

 声を荒げることなく、ただ真正面から見つめながら。


 少女は、ほんの少しだけ顔を上げた。

 潤んだ瞳が揺れ、そして――言葉を絞り出すように、口を開いた。


「……家族が、どうなったのか……わからないんです。

 村ごと攫われて……みんな、別々に連れていかれて……。

 帰るって言っても、村にも、誰も……もう、いないかもしれなくて……」


 小さく、唇を噛みしめる。


「人間がひとりで生きていくなんて、無理で……

 だから、どうしたらいいか……」


 少女が、そう言って俯いたとき――


「のう」


 柔らかく響く声が、室内の空気を割った。


 振り向けば、リュシアの友人の少女――

 デーモン族の少女が、興味深げにこちらを見ていた。


「その娘、わらわにくれぬかの?」

「……え?」


 思わずリオスが声を漏らす。


「ちょうど従者が欲しいと思うておったところじゃ」


 にっこりと笑う彼女に、リオスもリュシアも言葉を失った。


「もちろん、縁も紹介もない娘を従者にするには、それ相応の手続きが要るものじゃが……」


 彼女はすっと立ち上がり、スカートを軽く払って歩み出る。


「志願奴隷契約ならば、問題あるまいの? ギルトン殿」

「……まあ、形式としては、問題ありませんな」


 その言葉に、少女の肩がぴくりと震えた。

 身体がわずかに強張り、視線が床に落ちる。

 さっきまでの勇気が、音を立てて崩れていくようだった。


「……また、奴隷に……?」


 小さな呟きは、自分でも気づかぬほどかすれていた。


「これは正式な契約じゃぞ。

 さきほどまでのように無理やり縛るのではなく、自ら選び、納得して結ぶ志願奴隷契約というやつじゃ。

 これならば、正規の手続きを通せるし、身分証明にもなるのじゃ」

 

 彼女は一歩だけ前に出て、少女の目線の高さに合わせる。


「……今のままでは、そなたが“どこの誰”なのか、誰にも証明できぬのじゃ。

 じゃが、わらわの奴隷という形になれば――そなたは“わらわの所有物”となるのじゃよ」

 

 彼女がゆっくりと手を差し伸べる。


 少女の瞳が、ゆっくりと持ち上がる。

 不安と迷い、そして――微かに差し込んだ光のような、希望の色がその奥に揺れていた。


「……お願いします」


 少女はそっと手を取った。

 その指先は冷たくも、確かに少女の中の何かを繋ぎとめていた。


「ギルトン殿、契約の準備を」

「かしこまりました」


 登録官ギルトンが契約帳を開き、携帯式の魔刻具を取り出す。

 淡く光る魔術の紋様が帳面に浮かび、二人の前で揺れた。


「契約者の氏名を記入願います」


 デーモンの少女が署名する。


「そなた、名前は?」

「……ミリナ、です」


 書き込まれた名を見たギルトンが、一瞬目を見開く。


「確認。――志願奴隷契約、発動します」


 魔刻具が光を放ち、契約魔法が詠唱される。

 その光はやがて、ギルトンの手から銀色の首輪へと注がれた。


「装着義務品、お渡しします」


 差し出されたのは、精緻な魔刻が施された装飾的な首輪。

 それは、かつて彼女がつけていた粗末なものとはまるで違っていた。


 ミリナは、静かに髪をかき上げ、デーモンの少女の前に膝をつく。


「……お願いします」


 その一言に、彼女は小さく頷き、銀の首輪をミリナの首にそっと嵌める。

 魔力の光が走り、印が確定される。


「契約、完了しました」


 ギルトンが静かに告げた。

 ミリナはその場で深く頭を下げる。

 それは、新たな主への忠誠の証であり――少女としての再出発でもあった。


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