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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
魔王降臨祭

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28/67

27:弱い者いじめは、ダメ

 そのときだった。


 広場の端――白石の街路から、整った足音が数人分、軽やかに響いてきた。


 ふとそちらを見ると、そこには数人の少女たちの姿があった。

 どの子も、揃いの制服を身にまとい、軽い手提げを肩にかけている。

 幼年学校の生徒たち――そして、その中心に立つのは、ひときわ目を引く銀髪の少女だった。


「……何かあったのかしら?」


 涼やかな声。

 その響きだけで、広場の空気が緊張に包まれる。


 リュシア=グリムボーン。

 幼年学校でも群を抜く存在感と、圧倒的な格を備えた少女が、そこにいた。


 リュシアが広場を一瞥し、問いかける。


「状況を聞かせてくれる?」


 すると、すぐさま声を上げたのは――

 先ほどまでリオスと対峙していた、ドレアノス家の令嬢だった。


「リュシア様っ! ご覧くださいませ! この人間の男が……!」


 涙交じりの声で、まるで味方を得たかのように縋るような言葉を投げかける。


 だが――


「……誰?」


 リュシアの一言が、少女の声を断ち切った。


「え……?」


 呆けたような表情を浮かべるリュシアに、後ろの一人が、そっと小声で囁くように言う。


「ドレアノス家の、ラミーナさんですよ」


 その声には、フォローというより、“空気を和らげたい”という控えめな配慮が滲んでいた。


 だが――


「しらない」


 リュシアは、ほんの一瞬だけ視線を向け、

 しかし次の瞬間、関心の対象から除外するかのように視線を逸らした。


「……クラスメイトなんですが」


 フォローした少女がため息交じりにそう漏らすが――


「……知らないわ。名前も、顔も、覚えてない」


 静かで、澄み切った声。

 けれど、その一言は、ドレアノス令嬢の顔から血の気を引かせるのに十分だった。


 令嬢の声も、取り巻きたちの呻きも――すべてを背景に退けるように。

 リュシアは、ふと目線を動かし、広場の中心で静かに立つ少年に目を止めた。


「リオス。あなたがいたのね」


 その声には、再会を喜ぶような色はなかった。

 懐かしさも、驚きも、感傷もない。

 ただ、目の前の現実を整理するために口を開いた――そんな声音だった。


「状況を、説明してくれる?」


 その言葉に、リオスもまた、何の感情も乗せずに口を開く。


「……あの人たちが、奴隷の女の子を蹴ろうとしてた。

 だから止めた。で、襲ってきたから、返しただけ」


 それだけだった。


 誰が悪いとも、誰が強いとも言わない。

 感情も、主張も、そこにはない。

 ただ、事実だけを並べたリオスの口調に、リュシアはひとつ頷いた。


 そして――


「……弱い者いじめは、ダメでしょ」


 肩をすくめるようにして、少しだけあきれたように口にする。


 その一言で、広場に微かな笑いが漏れた。


「ぷっ……人間の男の子に……オーガとオークが……」

「ダメだ、笑うの我慢できない……っ」


 魔族の価値観において、人間は明確な下位種族。

 そんな相手に、オーガやオークが「弱い者いじめされた」などという話は、笑い話でしかない。


 クスクスと忍び笑いが広がり、令嬢の顔は羞恥で引きつっていった。


「……まったく。王都に来て早々、騒ぎを起こさないでよね」


 リュシアは溜息をつきつつ、倒れたままの取り巻き少年たちへと歩を進めた。


 まずは、地面にうずくまっていたオークの少年。

 腹を押さえて唸っていた彼の背に、そっと手を当てる。


「動かないで。少しだけ、魔力が流れるから」


 淡く光る紋様が、リュシアの手元に浮かぶ。

 治癒の魔法――その波動に包まれたオークの体が、みるみるうちに楽になっていく。


 続いて、足を抱えて泣き叫んでいたオーガの少年にも、同様に魔力を流す。


「骨の癒着は……少し時間がかかるけど、大丈夫」


 まるで義務を淡々とこなすように、リュシアは動く。

 その一挙手一投足に、周囲の空気が静まり返るような緊張を孕んでいた。


 そして――


「……あの子は?」


 リュシアの視線が、奴隷の少女に向けられる。


 ボロをまとい、身をすくませていた少女が、びくりと肩を震わせる。


「……特に目立った傷はないように見えるけど……」


 リュシアは、歩み寄りながら膝を折り、少女の顔を覗き込む。


「……あれ? 声が出ないの?」


 首を傾げながら、少女の喉元にそっと手を伸ばす。


「……潰されてるのね。

 ……ひどい話」


 その目に、一瞬だけ怒りの色がよぎった。


 そして――


「リオスがケガをさせたお詫びもあるし……これは私から、ね」


 リュシアの指先から、淡い癒しの光が溢れ――

 少女の喉元に、ふわりと降り注いだ。


 光が消えると同時に――

 少女の身体が、びくんと震えた。


 ごくり、と喉が鳴る音がした。

 それは、どこか異様に大きく響いた。

 まるで長い年月を経て、ようやくその機能を取り戻したかのように。


 少女は、おそるおそる口を開いた。


「……あっ……」


 かすれた、でも、確かに“声”として響く音。


 自分の声に、少女自身が目を見開いた。

 指先を喉元に当てて、何度も震えるように確かめる。


「……声が……出る……」


 その声には、戸惑いと、信じられないという色が混じっていた。

 そして、次の瞬間――


「……ありがとう、ございます……っ」


 少女は、震える声で、リュシアに頭を下げた。


「ほんとうに……ありがとう、ございます……っ……」


 その感謝は、あまりにも切実で、真っ直ぐだった。

 その響きに、広場の空気がふっと揺れたような気がした。


 だが――


「……あの……わたし、ほんとは……っ」


 少女の瞳に、涙がにじむ。


「わたし……村ごと、捕まったんです……」


 少女は震える声で語り出した。


「お父さんも、お母さんも、弟も……家にいたとき……

 いきなり、兵隊の人たちが村に押し入ってきて……っ」


 その場にいた誰もが、思わず息を呑む。


「兵隊……?」


 誰かが、唇からこぼすように問い返した。


「うん……“検分”って言って……でも、何人か、力づくで……

 “働かせれば、村も家族も守ってやる”って言われて……

 私たち、馬車に詰め込まれて……」


 少女の肩が、小刻みに揺れる。


「家族とは、ばらばらになってて……

 誰も……いなくて……っ」


 その言葉の端に、詰まったような嗚咽。


「わたし……声も、出せなくなってて……

 喉、潰されてたから……

 でも、痛いって、言えなかった……っ」


 語尾がかすれ、息とともに震える。


 そして、少女は小さく肩をすくめながら、そっと前を向いた。


「……あの人たちに……」


 か細い声とともに、小さな指がゆっくりと掲げられる。

 震える指先が、令嬢とその取り巻きへと向けられた。


 その瞬間、令嬢の顔から、血の気がすっと引いていった。


「どこの……領の兵隊だったの?」


 リオスが、静かに尋ねる。


 少女は、うつむいたまま、ぽつりと呟いた。


「……ドレアノス、領……」


 その一言で、広場に空気が凍りついた。


 令嬢が口を開こうとするより早く、周囲の誰かが囁いた。


「……ドレアノス領……って、つまり……」

「自分の領地で、領主が……誘拐?」

「しかも、それを奴隷にして……領主の娘が連れ回してたのか……?」


 どよめきと冷たい視線が、令嬢を包み込む。


「ち……違いますわ……っ! わたくしは何も――っ!」


 少女の声は、もはや誰の耳にも届いていなかった。


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