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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
魔王降臨祭

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26/70

ただ、嫌だっただけ

 賑わう王都の広場の一角――

 装飾屋台が立ち並ぶ石畳の中で、その一団はあまりにも目立っていた。


 十に満たぬ年頃の魔人族の少女。

 豪奢な紫金のレースを纏い、いかにも裕福そうな衣服を身に着けている。

 だが、その顔立ちは膨れた頬に吊り上がった目、脂の浮いた肌といった醜さを伴っており、表情の傲慢さがさらにそれを際立たせていた。


 少女の背後には、同年代の男の子の取り巻きがふたり。オーガとオーク。

 どちらも目端は利くが、媚びへつらうような笑みを浮かべている。


 その少女の横に、よろよろと歩く影があった。


 おそらく、隣の少女と変わらぬであろう年頃。

 首には奴隷の証である首輪がある。

 腕いっぱいに包みを抱えた、小さな人間の少女。

 布袋、紙包み、木箱、靴――明らかに不自然な量の荷物が、今にも零れそうなほど両腕に積まれていた。


 周囲の目が、冷ややかにそれを見ていた。


 口には出さずとも、あからさまな視線。

 「またあの娘か」「品がないな」

 そんな感情が、ひそやかに石畳の空気を濁らせていた。


「……なに、あれ」


 ぽつりとシエラが呟いた。

 その声音は、明らかに嫌悪を孕んでいる。


「同じ魔人族とはいえ、あんな品のない娘と一緒に思われたら、わたくしの血統に傷がつきますわ……」


 そのときだった。


 奴隷少女の足元にあった石の段差に、包みのひとつが引っかかった。

 荷物の重みにバランスを崩し――少女の身体が傾ぎ、紙包みがひとつ、地面に落ちた。


 それは、ただの布。柔らかな、服の一部であるらしい。


 だが、次の瞬間――


「はあああ!? ちょっと、あんた! なにやってんのよ、この下等種!」


 魔人族の少女が金切り声を上げた。

 唾を飛ばしながら怒鳴りつけ、杖の先で地面を叩く。


 奴隷少女はすぐに膝をつき、無言で紙包みを拾い上げようとする。

 その動作はあまりに静かで――あまりに、慣れていた。


「どうなさいます? お嬢様」


 取り巻きのオークの少年が笑いながら言った。


「ちょっとこのガキ、痛い目に遭わせときます? 人間ってのは、骨が折れてやっと覚えるもんでしょ」


 その言葉に、少女は目を細め、くすりと笑う。


「そうね……一本くらいなら折っても文句ないわよね。

 そうよ、それで反省できるなら――」


 取り巻きのオークが、少女に近づく。

 足を振り上げ、その小さな背に向かって――


 だが。


 ヒュッと、空気を裂く音が走った。


 次の瞬間、何かがオークの脛に突き刺さる。

 細く、鋭い串――竹串。

 

「――ッ!?」


 オークの少年が悲鳴を上げる間もなく、視線が一斉に向いた先。


 そこに立っていたのは――


 リオスだった。


 右手の指先には、なおも淡い魔力の揺らぎが残っている。


 ざわり、と。

 空気が変わったのを、誰もが感じ取っていた。


 串を脚に突き刺された少年は、呻き声を漏らしながらその場に片膝をつく。

 だが、それ以上に場を圧したのは――リオスの言葉だった。


「……奴隷をどう扱おうが、お前の自由だってことは、わかってるよ」


 少年の声は、静かだった。

 怒鳴るわけでも、挑発するわけでもない。

 ただ、真っすぐに視線を向け、揺るぎない言葉を吐き出す。


「でもな……だからって、そんなの、見ていられるわけないだろ」


 それは――正義感というわけでもない。

 誰のためでもなく、自分の中の「嫌だ」という感情に忠実な、真っすぐな言葉だった。


「……ああん?」


 魔人族の貴族娘が、顔をしかめた。


 自分の取り巻きを傷つけられたことよりも、言葉の意味を飲み込むのに数秒かかっていた。


 そして――


「あんた、なに勝手にしゃべってんのよ! 人間のくせに!」


 金切り声が広場に響く。


「そこの女! あんたの奴隷でしょ!? なに、しつけもできてないの!? どこまで無礼なガキよ!」


 少女の指先が、シエラへと突きつけられる。


「人間を飼うなら、口の利き方ぐらい叩き込んでから連れ歩きなさいよ!」


 だが――


「……わたくしの、奴隷?」


 シエラは、その言葉を繰り返した。


 一瞬だけ、呆けたように目を見開く――

 けれど、すぐにその紫の瞳が細められ、艶のある吐息混じりの笑みがこぼれる。


「まあ……そういう想像も、少しだけ魅力的ですけれど」


 わざとらしく指先で口元を隠しながら、彼女は優雅に続けた。


「残念ながら――わたくしと彼は、そういう関係ではありませんの。

 彼は、わたくしの婚約者ですもの。

 従わせる必要なんて、どこにもありませんわ」


 その声音は、柔らかで気品に満ちていた。


「……っは、ははっ!」


 突然、魔人族の少女が笑い出した。

 それは軽蔑というよりも、心の底から相手を馬鹿にする者の笑いだった。


「なに言ってんの? え、ほんとにそう思って言ってんの?

 人間が魔人族の婚約者だなんて……聞いたこともないんだけど?」


 口元を抑えることすらせず、少女はあからさまに嘲笑する。


「どこの家の子か知らないけど、そんなウソついてまで体裁整えるなんて、

 同じ魔人族として、恥ずかしいわ。……誇りも矜持もないの?」


 冷ややかな蔑みの目が、シエラへと向けられる。


「ま、あたしを知らないような田舎者には、理解できないかもね」


 そして、少女は顎を突き出すようにして名乗った。


「ラミーナ=ドレアノスよ。

 王都でも由緒ある家系。田舎者の木っ端魔人族とは違うのよ!」


 その言葉に、周囲の空気がわずかに震えた。


「ドレアノス……まさか……あの……」


 ひそひそと、周囲の人々がささやき合う。

 その声色には驚きと、しかしどこか軽蔑しているような微妙な距離感があった。


(ドレアノス……?)


 リオスは隣のシエラに顔を寄せた。


「ねえ、シエラ。ドレアノスって、そんなにすごい家なの?」

「さあ……聞いたこと、ありませんわね」


 彼女も小声で答えるが、眉をひそめて首を傾げている。

 そんなふたりの背後で、スッとひとつの影が近づく。


「……失礼いたします、おふたりとも」


 リリュアが、完璧な無表情のまま、ひそやかに口を開いた。


「ドレアノス家は、王都では中層の貴族です。

 いちおう魔人族の血は引いておりますが、当家とは縁もなく、

 ここ数代ほどは、貢献や武勲もない――いわば家名だけの家でございます」

「……なるほど。ハリボテってことか」


 リオスは小さく頷いた。

 その視線の先では、ドレアノス家の娘がなおも得意げに胸を張っていた。


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