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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
魔王降臨祭

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25/67

24:祭りデートと串焼きと

 グリムボーン邸を出た一行は、ゆるやかな坂道を下って、王都の中心部へと向かっていた。


 石畳の道の両脇には、色とりどりの装飾が施された旗や布が揺れており、街はすでに祭りの雰囲気に包まれていた。

 魔王降臨祭――初代魔王の降臨を祝う、王都最大の祝祭。

 翌日に控えた本番に向け、広場では舞台の設営、通りでは露店の準備が進んでいる。


 リオスはきょろきょろと視線を巡らせ、次々と目に入る光景に驚きの声を漏らしていた。


「すごいな……旗とか、全部王家の紋章だ」


 指差した先にあったのは、漆黒の双翼と王冠を象った、魔王家の紋章だった。

 それを模した提灯や飾り布が、道沿いの店々の軒先に連なるように掲げられている。


「ええ。今の時期は、王都じゅうが魔王様の御威光をたたえる場になるのですわ」


 シエラが誇らしげに答える。

 その表情はまるで、この王都のすべてを自分の庭のように熟知しているかのようだった。


「こちらが幻灯の門――夜になると、魔力灯が浮かび上がって、道の先を照らしてくれるんですの。

 そして、この先を右に曲がりますと、王立図書館がございますわ。あちらには……」


 淀みない案内に、リオスは感心しながら頷く。


「ほんとに詳しいな、シエラって」

「ふふ……当然ですわ。わたくし、昔から父様の用事でよくこのあたりを訪れておりましたの」


 後ろからは、侍従のフィノアとリリュアが、控えめに距離をとりつつも目を光らせて同行している。

 護衛というより、年若い主たちの微笑ましいデートを見守るような空気が漂っていた。



 人混みを抜けたときだった。

 ふわり、と鼻をくすぐる香ばしい匂いが、風に乗って漂ってきた。


「……なんか、いい匂いする!」


 リオスが顔を上げると、通りの一角、石壁の隙間に据えられた屋台から、湯気が立ち上っていた。


 炭火であぶられた串焼き。香辛料と肉の脂が、絶妙に混じりあう。

 その煙が通りに広がるたび、足を止める客もちらほらと見られた。


「あら……あれは……」


 シエラも思わず足を止め、目を瞬かせる。


 店頭には、香草で包んだ魔獣の肉、紅玉茸と名のついた鮮やかなキノコ、見たことのない練り物までが、串に刺されて焼かれていた。


「……これ、王都にしかないの?」

「たぶん……地方では見かけませんわね。

 でも……美味しそう……」


 そんなふたりを見て、店主がにやりと笑った。


「よお坊ちゃん、彼女さんに一本、どうだい?

 こいつぁ祝祭仕立てでね、特製だよ。おふたりにぴったりさ」

「えっ、えっと……」


 リオスは戸惑った。

 そもそも、こんな通りの店で買い物などしたことがない。

 財布すら持っていないことに、このとき初めて気づいた。


 そのときだった。


 背後からそっと、やわらかな手が差し出される。

 差し出されたのは、小ぶりな革袋――その中には、わずかに重みのある音が響く。


「……こちらをどうぞ、リオス様」


 耳元で静かに囁いたのは、フィノアだった。

 その声には、主人の不安を察したかのような柔らかさがあった。


 そしてもう片方の手を、胸元のあたりでさりげなく掲げる。

 指を数本、ぴたりと立てる仕草。


 言葉にはせずとも――そのわずかな動きだけで、相場が伝わる。


 リオスはこくりと頷き、勇気を出して屋台の店主に声をかけた。


「じゃあ、それ……4本。もらえますか?」

「へい、まいどっ! 若いのに気前がいいね!」


 串焼きが手際よく紙に包まれ、香ばしい湯気とともに差し出された。

 受け取ったそれを一度深く見つめてから、リオスは隣のシエラへと手渡す。


「……どれがいい? この赤いの、ちょっと辛そうだけど」

「そ、そうですわね……では、わたくしはこちらを……」


 恥ずかしそうに受け取るシエラの頬は、すでにうっすらと上気していた。


 リオスは残りの串を一度見直し、紙ごと向きを変えるように持ち直すと――

 自然な動作で、後ろを振り返った。


「フィノ、リリュア。ふたりもどうぞ。歩きながらでいいし」


 声をかけながら、包みの中から2本をすっと抜き出して差し出す。


「主から直々に手渡されるとは、光栄です」


 フィノアは軽く微笑み、右手で受け取ると、そのまま手首を返すようにして串を持つ。


「……感謝いたします」


 リリュアもまた、静かに一礼しながら、目を伏せたまま串を受け取った。

 その口元にはごくわずかに微笑が浮かんでいたが、それが誰に向けたものかは、誰にも分からなかった。


 3本が自然に配られ、残ったのはリオスの手の中にある最後の一本。

 彼はそれを軽く持ち直すと、歩き出しながら一口かじった。


「うん、うまい……ちょっと甘辛い感じ?」

「ふふっ、どれどれ……あ、ほんとですわ。これは……なんだか癖になりそう」


 シエラも一口かじり、小さく笑みを浮かべた。

 紙を丁寧にたたみながら、ふたりは通りの端をゆっくりと歩いていく。


 やがて、リオスが空を仰ぎ見るようにしてつぶやいた。


「そういえばさ……幼年学校って、どのへんにあるんだろう?」

「――まあ。興味がおありで?」

「うん。姉上の通ってるところだし、僕もそのうち行くわけだし……ちょっと見てみたいなって」


 その言葉に、シエラはふふっと笑い、身体をくるりと半回転させる。


「でしたら――こちらでございますわ、リオス様。

 幼年学校は、この通りを抜けて、もうひとつ門を越えた先にありますの」


 まるで舞うような足取りで、シエラが先を歩き出す。

 リオスもまた、彼女を追うように歩を進める。


 そして、ふたりとその侍従たちの姿は、祭りの準備で賑わう通りの人波に、ゆっくりと紛れていった――


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