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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
魔王降臨祭

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23/67

22:王都

 リュシアの幼年学校入学から、およそ三月が過ぎた。


 王都では、毎年恒例となっている――初代魔王の降臨を祝う祭典、いわゆる「魔王降臨祭」の準備が進められていた。


 すべての魔族の母にして、混沌の神――魔神ヴァルゼルグ。


 そのヴァルゼルグ神がこの地に受肉し、初代魔王として現れたとされる“神話の日”を讃える祝祭である。


 その賑わいに合わせるように、グリムボーン家とルキフェル家の一行も、王都へと向かうこととなった。

 名目は祭典への参列。

 ――だがその実、彼らの目的はひとつ。

 しばし離れていた、リュシアに会うためである。

 

 ――王都マグナシヴィアまで、あと1時間ほど。


 旅路はすでに三日目を迎えていた。


 緩やかに揺れる馬車の中、リオスは少しだけ窓の外を見やりながら、細く息をついた。

 灰色の舗装石が続く街道の向こうに、ようやく城壁の影が見え始めている。

 長かった旅の終わりが近い。


「見て、リオス様。あれが、王都の門ですわ」


 隣で声を上げたのは、シエラだった。

 いつものように姿勢正しく座っているが、その瞳は明らかに弾んでいる。

 旅装のままでも上品さを崩さない彼女が、今だけは少し子供らしく見えた。


「……ほんとだ。でかいな、あれ」


 リオスも思わず、窓の外に身を乗り出す。

 遠く霞む王都の外壁は、想像していた以上に高く、広い。

 まるで黒曜石を積み上げたような鈍い光を放ち、空に向かって威圧的にそびえていた。


「ふふ、おふたりとも、お疲れでしょう。あと少しでございますよ」


 そう微笑んだのは、フィノアだった。

 リオスの侍従として常に寄り添う彼女は、今回の旅路でも寝食を共にしながら、常に静かに彼を見守ってきた。


 一方、向かいに座るシエラの侍従――幻妖族(ファントム)のリリュア=フェイは、変わらぬ微笑を浮かべたまま黙している。

 透けるような肌と淡紫の髪が、馬車の揺れにあわせてゆらりと揺れ、その姿はまるで幻のようだった。


(それにしても……長かった)


 リオスは思わず、馬車の座面に沈み込むように身を倒した。

 馬車とはいえ、硬い石の道を三日も移動すれば、腰も尻も悲鳴を上げる。


「おふたりとも、お疲れでしょう。明日の昼に生誕祭ですもの。準備のためにも、今夜はごゆっくりなさってくださいませ」


 リリュアの声は柔らかく、どこか催眠じみた響きを帯びていた。

 だがその裏で、視線だけはふと、外の街道の片隅に立つ子供たちへと向けられていた。

 ほんの一瞬、微かにその眼差しが濡れたように揺れ――すぐに、何事もなかったように瞼を伏せる。


「……ふふ。王都は、やはり刺激が多そうですね」


 リリュアの声に、誰も違和感を覚えなかった。



 王都マグナシヴィア――魔族の中心にして、全ての権威と魔力が集う都。


 馬車が城門をくぐった瞬間、リオスは思わず目を見張った。

 視界に飛び込んできたのは、色とりどりの建物と、人波。

 まっすぐな石畳の通りを、様々な種族の魔族たちが行き交っている。


 巨躯のオーガ、全身を鱗で覆った蜥蜴族(リザードマン)、小柄なゴブリン……。

 人間に近い姿をした者もいれば、明らかに異形の姿のまま歩く者もいる。

 だが、誰も驚かない。ここでは、それが日常なのだ。


「……すごい。これが……王都……」


 窓から身を乗り出すようにして、リオスは街並みに見入った。

 建物は高く、曲線を活かした装飾が多い。

 どこか魔力の流れを意識した構造なのだろう。

 各所には魔導燈が据えられ、昼間でも淡い光を放っている。


 シエラもまた、窓の外を見ながら小さく感嘆の息を漏らした。


「しばらくぶりではございますけれど……やはり王都は、どこか格別ですわね」


 その横顔は、どこか懐かしげだった。


 やがて馬車は幾つかの通りを抜け、やや静かな一角へと差し掛かる。

 そこに建っていたのは、荘厳さと重厚さを兼ね備えた邸宅。

 黒を基調とした石造りの外壁に、銀色の紋章が掲げられている。


 ――グリムボーン家の王都別邸だ。


 馬車が緩やかに停止すると、まず扉が開けられ、フィノアが静かに降り立った。

 続いて、リリュアが姿勢を崩さぬまま降車し、丁寧に一礼する。


 そして、リオス。


「……ふぅっ」


 息を整えてから馬車を降りた彼は、扉の横に立ち、軽く顎を上げると――


「シエラ、手、貸すよ」


 小さく差し出された手。

 その仕草はまだ幼さを残しているが、どこか毅然としていて、思わずフィノアが口元を緩める。


「……ありがと」


 小さくつぶやきながら、シエラはそっとリオスの手を取った。

 指先が触れた瞬間、その頬がふわりと朱に染まる。


 馬車の床を慎重に一歩ずつ降りながら、スカートの裾を乱さぬように気を配る。

 その間も、リオスの手はしっかりと添えられたまま。

 わずかに揺れる車輪の余韻を踏み越え、ついに地面に両足が着く。


 エスコートを終えたリオスが、ふと視線を周囲に向けた。


 だが、そこにはもう一台あるはずの馬車――ルキフェル家のそれが見当たらない。


「……あれ? シエラの家の馬車は?」


 小さく首を傾げながら問うリオスに、後方から穏やかな声がかかった。


 声の主はセラだった。

 すでに親世代の馬車は先に到着しており、門の奥からやわらかに歩み寄ってくる。


「リオス。こちらにいる間は、シエラちゃんはこの別邸でご一緒するのよ」


 そう言ってから、彼女はひと呼吸おいて、少しだけ声を和らげた。


「婚約が決まったこともあるから――ね」


 さらりとした口ぶりではあったが、その言葉に込められた意味は明白だった。

 単なる宿泊の便宜ではない。

 これは、対外的にも“ふたりの関係”を正式に示す処遇。

 式典に集まる有力貴族たちへの、静かな――しかし明確な“宣言”でもあった。


「っ……!」


 案の定、隣のシエラがぴくんと肩を震わせ、みるみるうちに顔を赤く染めていく。


「べ、べつに、私は……っ。……ご一緒でも、異存はありませんけど……っ」


 早口に言い訳めいたことを口にしながら、スカートの裾をぎゅっと握る。

 その姿は、誇り高き名門の令嬢というより、年頃の少女そのものだった。


 その背を見送りながら、リオスは小さく首をかしげた。


「……なんか、怒った?」

「いえ、リオス様。あれは照れているのですわ」


 隣で囁いたのはフィノアだった。淡く微笑むその声には、どこか含みのある温かさがあった。


「へえ……?」


 腑に落ちないまま、リオスも彼女たちのあとを追って、別邸の中へと歩き出す。

 その足取りには、まだ年相応の幼さと――ほんの少しだけ、誇らしげな気配が混じっていた。

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