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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
牙獣

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21/67

20:訓練場に、冬の区切り

 年が明けて間もない、張りつめた冬の朝。

 訓練場の地を踏むたびに、霜がかすかに砕けて音を立てる。


 その白い大地を、三つの影が交差した。

 激しく、そして美しく。


 ――すでに、何十合目か。


 鉄剣が打ち合う音が、乾いた空に鋭く響く。

 使われているのは訓練用の剣だが、その重さも硬さも子供には充分すぎる。

 けれど彼らは、その一振り一振りに躊躇いがない。


 リオス=グリムボーン、6歳。

 黒髪を短く切り揃えた少年の剣は、すでに洗練の域に近づいていた。

 黒い瞳が動きを見切り、地を這うような低い姿勢で隙を狙う。


 その動きに追いつくのは、同じく6歳の少女――シエラ=ルキフェル。

 青白い肌に銀紫のロングヘアを揺らし、深い紫の瞳でリオスの突きを読み、迎撃の斬を浴びせる。

 細く平坦な身体に秘められた集中と正確さ。彼女の剣には、一寸の揺らぎもない。


 だが、そこへ割り込むように斜めから打ち込まれる強烈な一撃。


「ふたりとも、甘いわね」


 闇色の肌を持つ少女が、一段重い音を響かせて鉄剣を打ち下ろした。

 リュシア=グリムボーン、8歳。銀のストレートロングが風に舞い、金の双眸がふたりを射抜くように輝く。

 彼女の剣は、力だけではなく圧があった。


 リオスの剣が空を切る。

 その一瞬の空白を逃すことなく、リュシアが踏み込む。


「――リオス、背中が甘い」


 鋭く突き出された剣が、訓練着越しにリオスの脇腹を打ち据える。

 訓練用とはいえ、質量のある鉄剣の直撃に、リオスの身体が大きく揺れ、地面へと倒れ込んだ。


「く……っ」


 彼はその場に膝をついたまま、悔しげに拳を握りしめる。

 けれど敗北を受け入れるしかなかった。


 すぐにリュシアは構えを取り直し、目線を切らさずシエラを見据える。


「残るは、あなただけね」

「……望むところですわ」


 紫の瞳が細まり、シエラの鉄剣がすっと構え直される。


 鉄剣が宙で交差し――そのまま、勝敗が決した。


 リュシアの踏み込みは、重さも角度も完璧だった。

 シエラの剣を浮かせるように打ち上げ、瞬時に胸元へ切っ先を――寸止めで突きつける。


「……っ」


 シエラはそのまま、肩を落としながら一歩下がった。

 紫の瞳が認めるように、静かに視線を落とす。


「……完敗ですわ。やっぱり姉様には、まだ敵いませんのね」

「ううん、ほんとギリギリだったわ。次は危ないかもね」


 リュシアは鉄剣を下ろすと、少しだけ息を吐いて微笑んだ。

 乱れた銀の髪が肩に落ち、金の双眸がふたりを見渡す。


 やや遅れて、リオスが立ち上がる。

 敗北の痛みを隠すように、小さく拳を握ったまま。


「……負けちゃったけど、次は……」


 その言葉に、リュシアが頷いた。


「そう。次は、もう定期訓練じゃないわ」


 その一言に、場が静かになる。


 誰もが、すでに知っていた。

 リュシアが、明日には王都へ旅立ち――幼年学校に通い始めること。


 そして、こうしてそろって剣を交える時間は、今日が一区切りになることも。


「また、年末とかに帰ったときはやりましょう。……でも、頻繁にはもう無理」


 その声に、寂しさは滲ませず、けれど温かさがあった。


「じゃあ……それまでに、もっと強くなっておく。ね、シエラ」

「ええ。負けたままでは終われませんわ」


 シエラの青白い頬に、わずかに紅が差したように見えた。


 金色の瞳が、ふたりをまっすぐに見つめて言う。


「次に剣を交える時は……私も、学校で鍛えた技で挑むわよ。覚悟してなさい」


 三人の視線が交差した。

 その空気に、かすかな寂しさと、それ以上の決意が溶け込んでいた。


 冬の朝。霜の残る訓練場。

 吐息が白く流れる中で、三人の影はしばし無言で立ち尽くしていた――


 これまでの日常に、ひとつ区切りを打つように。



 訓練の熱気はようやく引き、吐く息が白く漂っている。


 その静けさを破るように、砂利を踏む足音が響いた。


「……良い剣だったな」


 低く響いた声に、リオスが振り向く。


 現れたのは、漆黒の単髪に逞しい体格を持つ男――バルトロメイ=グリムボーン。

 その隣には、整った顔立ちと青白い肌、銀の髪を結ったゼヴァド=ルキフェルの姿があった。


 二人とも、戦士としての気配をまといながらも、柔らかな表情で子供たちを見守っていた。


「父上、ゼヴァドさん……」


 リオスが近づきながら、問いかける。


「さっき、屋敷で……母上たちと、何の話をしてたの?」


 ふと視線を交わす二人の父。

 先に口を開いたのは、バルトロメイだった。


「……ああ。牙獣(スクローファ)の件だ。あの罠が、ようやく正式に禁止された」

「ほんとに……?」


 リュシアとシエラの目にも、驚きと安堵が浮かぶ。


 ゼヴァドが頷いた。


「昨夜、フォールム王国が王令を出した。罠の製造・販売・使用――すべて全面禁止だ。違反者には罰則も科される。

 遅きに失した感はあるが……これでようやく、人為的な暴走は防げる」


 バルトロメイの声は低く、しかし確かな重みを持っていた。


「もちろん、自然に凶暴化する個体は今後も出る。

 だが人が仕掛けた災いは、これで一段落だ」

「……良かった」


 リオスの声は、まっすぐに空を見上げていた。

 シエラとリュシアもまた、言葉なく頷いた。


「災いは終わった。だが、備えを怠るな」


 ゼヴァドが静かに言い添えた。


「そうだな。平穏というのは、守り続けてこそだ」


 バルトロメイがうなずき、訓練場に再び静けさが戻る。


 剣を交えたあととは違う、心の奥に灯るような――

 そんな、あたたかな静寂だった。


 訓練場に静けさが戻ったそのとき、バルトロメイがふとリオスの方へ目を向けた。


「……リオス」

「え?」


 リオスがきょとんとした顔で父を見上げると、バルトロメイはゆっくりと頷いた。


「おまえが出した案が……決め手になった」

「ぼくの?」

「そうだ。あの罠の信用を壊すため、市場に“偽の罠”を流すという策――

 子供の思い付きと思っていたが、リリシアが真面目に検討し、実行に移した。

 ……その結果、フォールム国内でもようやく禁令が出た。

 欠陥が多く、凶暴化を引き起こす危険性が高いと判断されたらしい」


 リオスは目を瞬かせた。


「うそ……あれ、本当にやってたんだ……。てっきり無視されて終わるかと……」


 隣でゼヴァドも静かに頷いた。


「戦場に限らず、国の行く末を変えるのは、時に思い付きの発想だ。

 ……それを拾い、活かすのが我々の役目でもある」


 バルトロメイが息を吐いた。


「よって、その功績に報いて……褒美を与える。

 正式に、ここで宣言しよう」


 ゼヴァドが娘へと視線を送った。


「シエラ=ルキフェルとリオス=グリムボーンの婚約を、今この場をもって確定とする」


 その言葉に、シエラの身体がびくりと揺れた。


「ま、まさか……このタイミングで正式に決まるなんて……!」


 両頬が赤く染まり、視線を伏せる。

 それでも、否定の言葉は出てこない。

 ただ、胸の奥からこみ上げてくる感情を、必死に押しとどめていた。


 リオスは未だ首をかしげたまま。


「……うーん。なんか、難しいことになってる?」


 その鈍感な問いに、リュシアが堪えきれず、くすりと笑った。


「おめでとう、リオス。……妾としての婚約者、ね。

 でも――正妻は、この私よ?」


 凛とした声とともに、姉の金の双眸がまっすぐに弟を見据える。


「……っ」


 シエラは赤面したまま、肩をすくめ、ぷいと顔を逸らした。


 けれどその横顔は、静かに、確かに綻んでいた。


 寒空の下、冬の訓練場に差す陽は淡く、けれどどこか柔らかだった。


 ひとしきり話が落ち着いたころ、リオスがふと首を傾げた。


「ねえ、父上。さっきの話に出てきた“リリシア”って、誰のこと?」


 その問いに、バルトロメイとゼヴァドが顔を見合わせたあと、どちらともなく頷いた。


「……そうか。おまえはまだ会ったことがなかったな」


 バルトロメイがゆっくり口を開いた。


「リリシア=ヴェルファーン。魔王軍の大魔将のひとりだ。

 ゼヴァドや私と、同じ地位にある……いや、戦術と諜報においては、我々以上の手腕を持つ」


 ゼヴァドが補足する。


「種族はサキュバス。あの一件――偽罠の流通操作の実働部隊を率いたのも、彼女だ」

「さきゅばす……?」


 リオスは聞き慣れない響きに目をぱちくりさせた。


「それって……強いの?」

「強いぞ。何より、搦め手が一級だ」


 バルトロメイの断言に、リオスは思わず息をのむ。


「へえ……そんなすごい人が、ぼくの考えた策を?」

「おまえの案を採用したのは、彼女自身の判断だ。

 ……だからこそ、対価を求められた」


「対価……?」

「おまえの(たね)だ」

「――えっ?」


 あまりに唐突な単語に、リオスは思わず耳を疑った。


「えっ、えっ!? (たね)って……僕、まだ何も出ないよ!?」


 真っ赤になって慌てふためくリオスの横で、シエラもぴたりと硬直し――


「っっ~~~~!!」


 顔を真っ赤に染め、肩を震わせながら俯いた。

 耳の先まで真紅に染まっているのが見てとれる。


「……時期が来れば、きちんと出る。

 そしてそのときには、約束を果たすことになるだろう」


 バルトロメイはあくまで淡々と、静かに告げた。


 そんな空気のなか、ただひとり――リュシアだけが得意げに腕を組み、ふふんと鼻を鳴らしていた。


「ふふ……さすが、リオスね。

 まだ子供でも、大魔将を動かすほどの種の価値があるってこと」

「姉上、なんで嬉しそうなの……?」

「ふふ……だって私、リオスの(たね)がどれだけ価値あるものか――誰よりも知ってるもの。

 だから、世界中に知らしめたいのよ」

「え、えええええっ!?」


 リオスは混乱したまま目をぐるぐるさせ、

 シエラは言葉にならない悲鳴のような喘ぎを漏らした。


 その場にいた大人たちは、ただ静かに、未来を見守っていた。


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