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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
牙獣

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19/67

18:信頼を殺す策

 魔王城・軍務会議室。

 壁に掛けられた王家の紋章旗の下、磨き上げられた黒曜の円卓を囲むのは、ヴァルゼルグ王国における軍務中枢――歴戦の大魔将たちである。


 会議を主導するのは、グリムボーン家当主、バルトロメイ=グリムボーン。

 その隣には、忠実な副官ルグナーが控えていた。


「……グリムボーン領およびルキフェル領では、件の罠を正式に禁制品とした」


 バルトロメイの重々しい声が、静まり返った室内に響く。


「すでに王国法としても布告され、各地方の禁制令として順次通達が進んでいる。民間の流通経路もほぼ潰した」


 ゼヴァドが補足する。


「それを受け、我らの交易国は追随。懸念のあった辺境部でも、流通停止は確認済みだ」


 しかし、別の席から、小さく舌打ちに近い吐息が漏れた。


 それは艶やかなワインレッドの髪を肩に流す、サキュバス族の大魔将――リリシア=ヴェルファーン。

 美貌の中に冷徹な知性を宿す、魔王軍でも屈指の戦術家だ。


「……それでも、“あの国”だけは例外というわけね」


 彼女は腕を組み、卓上の報告書を睨むように見下ろした。


「民間であれ軍用であれ、流通が止まらない限りは、またどこかで牙獣(スクローファ)のような暴走が起こる。放っておけば、今度は都市部が襲われかねないわよ」

「商人の報告では、向こうの軍部がすでに大量購入しており、組織的な回収が困難だとのことだ」


 ゼヴァドが冷静に続けた。


「おそらくは、“撤回したら責任問題になる”といったところだろうな。よくあることさ」


 幹部たちは、報告書の端を指先で叩きながら唸る。


「こちらに押し付けてるつもりかも知れんぞ……厄介な話だ」


 会議室に一拍の静寂が流れたのち、リリシアが再び口を開く。


「問題は、“意図があるかどうか”ではないわ。“結果としての被害”よ。

 これ以上、魔獣が流れてきたら、現場はどうなると思ってるの?」

「すでに領地の警備網は見直しは進めているが……」


 別の幹部が控えめに応じる。


「しかし、継続的に流入が起きれば、対応コストも跳ね上がる。最終的には戦力の分散につながるな」

「魔王陛下は、この件を外交問題とはせぬと仰せだ」


 バルトロメイは短く、そして重く告げる。


「だからこそ、我らで答えを出さねばならん」


 会議室に再び静けさが戻った。

 ただ一つ、円卓の中心に置かれた地図の上で、魔獣の襲来地点が赤く示されている。


 会議が一巡し、結論の出ぬまま膠着した空気が室内を支配していたとき――


「……実は、ひとつ草案がございます」


 静かに口を開いたのは、グリムボーン家の副官、ルグナーだった。


「坊――リオス様より預かりました」


 数名の幹部が思わず顔を見合わせた。


「坊――から?」


 サキュバス族の大魔将リリシアが眉を上げる。


「こんな軍議に口を挟むとは、勇ましいことね。子供の浅知恵ではなくて?」


 その言葉に、ルグナーは否定も肯定もしなかった。ただ、淡々と一枚の提案書を卓の中央へと差し出した。


「坊ご自身が書かれた案です。精緻な戦略とは言えませんが――しかし、着眼点は良いかと」


 バルトロメイが手を伸ばし、文面に目を通す。

 数行読むうちに、その眉がわずかに動いた。


「……“罠と同型の偽物を流通させる”……か」


 幹部たちがざわめき始める。


「罠に似せた偽装品を市場にばら撒き、それが逆に魔獣を引き寄せる設計――つまり、“偽者が出回れば本物も信用を失い、全面使用不能になる”と……?」

「“敵の信頼を市場で殺す”……そんな発想、どこで覚えたのかしらね?」


 リリシアが口元に手を当て、くすりと笑った。


「……馬鹿げている。だが――」


 バルトロメイが、提案書の上を指でなぞる。


「“見分けがつかぬ設計”、か。確かに、本物に紛れ込ませれば、信頼性そのものが崩れる。技術と流通経路を確保できれば……」

「……実行できない話ではないね」


 ゼヴァドが続ける。


「肝心なのは、魔国側が関与していないように見せること。闇市場経由で中立地帯に流し、そこから未規制国へ。

 ……出元さえ隠せば、やるだけの価値はある」


 幹部たちは無言のまま指を組み、そのまま数拍、考え込むように沈黙した。


 そして――


 重い沈黙を破ったのは――リリシアだった。


 サキュバス特有の艶やかさを湛えた瞳が、卓上の提案書に滑るように向けられる。


「……ふふ。子供にしては、ずいぶんと大胆な発想じゃない」


 彼女はゆっくりと立ち上がり、くるりと腰をひねって自らの椅子を離れると、円卓を歩いてバルトロメイの隣へと近づいた。


「でもね――似たような魔物誘引機、もうあるのよ。軍用には向かないけれど、狩猟用に流通もしているわ」


 リリシアは指先で空を撫でるようにしながら、甘く、艶やかに笑った。


「その“ガワ”を魔獣避け罠と同じに改造すれば、こっちが苦労して作らなくても済む。ね、賢いやり方でしょ?」


 バルトロメイがちらと彼女を見た。

 彼女はその視線を受け、意気揚々と続ける。


「流通も、闇市場なんてまどろっこしいことしなくていいわ。私の部下を通じて、魅了で正規ルートに潜り込ませる。顔も信用も手の内よ。人間の商人なんて、簡単に騙されるわ」


 幹部たちの何人かが、わずかに目を見開いた。


 だが、リリシアは意にも介さず、しなやかに片手をバルトロメイの肩に置いた。


「――ただし。私が実働リスクを負うなら、対価はもらわないと。成功した暁には、その“坊”の(たね)をよこしなさい」


 会議室に、一瞬の沈黙が走る。

 その場にいた全員が、思わず視線を交わした。


 ――あのリリシアが、(たね)を欲するとは。


 彼女はこれまで幾度となく求愛を受けながらも、或いは数多の優秀な幹部候補とも子を成すことを選ばず、己の自由と立場を貫いてきた。

 そのリリシアが、あえて“後継者”を望む発言をしたこと。

 それは、単なる色気や冗談ではなく、彼女なりにリオスという存在を――あるいはその可能性を、評価した証だった。


 リリシアは、皆の反応を楽しむように微笑んだが――

 その表情の裏に、見過ごせない一瞬の本気が覗いた。


 それを見逃さなかったのは、バルトロメイだった。


 彼は彼女と目を合わせ、静かに問う。


「……本気か?」


 その問いに、リリシアはほんの僅かにまぶたを伏せた。

 その仕草は、軽口の裏に真意を隠すサキュバスらしいもの。


「ええ、もちろん。これだけの発想ができるなら、年齢なんて関係ないわ。才覚と血筋――その両方に惹かれるのよ。

 ……それに、ヤりたい盛りでしょう?」


 挑発とも無邪気とも取れる声音に、周囲の幹部たちは言葉を失う。

 だが、バルトロメイだけは静かに告げた。


「精通もまだだ」


 バルトロメイは無表情のまま、淡々と告げた。


「時が来れば、考慮してもよい」


 その瞬間、幹部たちの視線が一斉に彼に向けられた。

 驚愕、動揺――さまざまな反応が混じり合う。


 ただ、円卓の一角で腕を組んでいたゼヴァドだけは、目を伏せたまま、内心で静かに頷いていた。


(……そうなるよな)


 思わず洩れそうになったその言葉を、彼は口にせず飲み込んだ。


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