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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
出会い

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13/70

責任の意味

本日最後の更新です

 その夜、ルキフェル家の客人たちは、グリムボーン邸をすでに後にしていた。


 名残惜しさを滲ませながらも、シエラはきちんと礼を尽くし、涼やかな仕草で馬車へと乗り込んだ。

 だが、最後の瞬間――彼女の瞳がちらりとこちらを振り返ったのを、リオスは見逃さなかった。


 淡く染まったその頬。

 言葉にはされなかったけれど、そこには確かな余韻があった。


 風呂場でのやりとり。

 湯気に包まれながら交わした視線と、偶然の接触。

 そして、あの言葉――「責任、取ってくださいましね……」。


 幼いながらも、それは確かに女としての羞恥であり、

 男としての自分に向けられた、はじめての告白のような響きを持っていた。


 リオスは、その記憶を胸に刻みながら、自室へと戻ってきた。


 けれど、身体の熱はまだ引かない。

 それはきっと――女の肌に触れた、という実感が、どこかくすぶっているせいだ。


 静けさが戻った部屋の中。

 寝台の上に腰を下ろした少年は、頬杖をつきながら、ぼんやりと燃える暖炉の火を見つめていた。


(……責任って、どういう意味だったんだろう)


 その問いが胸の奥でくすぶっていた、まさにその時。

 扉の向こうから、控えめに指先で叩く音が響いた。


「……リオス様、フィノアでございます。入室してもよろしいでしょうか?」


 柔らかな声。


 リオスは、反射的に姿勢を正し、扉の方を向いた。

 そして、ほんの少し声を張って答える。


「……うん。いいよ」


 カチリ、と音がして、扉が静かに開いた。


「……リオス様、失礼いたします」


 翡翠の髪を肩に流す侍女――フィノアが、音もなく部屋に入ってくる。

 手には何も持たず、ただ淡く香る清潔な空気だけを伴って。


 リオスは、顔だけをそちらへ向けた。

 どこか気まずそうに眉を寄せたまま、何も言わない。


「……本日も、学びの刻でございます」


 フィノアは静かに扉を閉め、鍵をかけた。

 その所作すら音を立てず、彼女という存在の一貫した気配りが窺える。


 しばし沈黙が流れたあと、リオスの口からぽつりと呟きが漏れる。


「……ねえ、フィノ」

「はい」

「今日さ……僕、シエラさんを……抱きとめたんだ」


 思い出すたび、胸の奥が熱くなる。

 浴室でのあの瞬間。

 湯から上がるとき、足を滑らせかけたシエラを支えた腕。

 その柔らかさ。熱さ。息を呑むような密着。


「……そのとき、言われたんだ。『責任を取ってくださいまし』って……」


 フィノアは、すぐには返さなかった。

 だがその目元は、どこか深く、見透かすように静かだった。


「リオス様は、その“責任”という言葉の意味を、まだご存じないのですね?」


 リオスは、苦笑混じりに頷く。


「わかるようで、わからない。……ただ助けただけで、なのに……」

「――だからこそ、今宵は、女に触れる意味を学んでいただきます」


 その言葉に、リオスの目が少しだけ揺れる。

 女に触れる意味――それは単なる行為ではなく、心に刻まれるものだと、彼女は言ったのだ。


「女の肌に触れるということは、ただの接触ではございません。

 それは、関係を作るということであり、時に繋がりを生む儀礼でもあります」


「……そんなに、大げさなことなの?」

「大げさではなく、深遠なのです」


 フィノアは、ベッドの傍に膝をつく。

 そして、そっとリオスの手を取り、その指先を両手で包んだ。


「男が女に触れる時。

 そこには、力の差があり、立場の違いがあり、感情の機微があります。

 どんなに優しくしても、女は奪われる側になることがあります。

 それを喜びに変えるために必要なのが――誠意と、覚悟です」


 リオスの指先が、わずかに震えた。

 フィノアは、その震えを逃がさぬよう、指を絡めて言葉を続けた。


「シエラ様の言葉の裏には、羞恥と不安、そして“あなたの心を知りたい”という想いがございます。

 ――わたくしにも、それはあります」


 そう言って、フィノアは自らの胸元に手を伸ばす。

 ゆっくりとリボンを解き、メイド服の外衣を緩める。


 ごく自然な所作でありながら、どこか神聖な儀式のようだった。

 布が滑り落ち、薄布の下から覗いた白い肌。

 蝋燭の火が、鎖骨の輪郭を柔らかく照らす。


「リオス様が、見て、触れて、感じたこと――それは、恥ではありません。

 けれど、それを遊びにしてしまえば、女は傷つきます。

 だからこそ、学ぶのです。どう触れるかと、なぜ触れるかを」

「……フィノアは、僕に……それを、教えてくれるの?」

「はい。リオス様が、他の誰よりも思いやれる男になれるように――

 そのために、わたくしの肌を、どうか使ってくださいませ」


 フィノアの目は、真っすぐにリオスを見つめていた。

 決して拒まず、媚びることもせず、ただ己の在り方で語っている。


「わたくしは、リオス様に触れられることを誇りに思います。

 だから、どうか――感じてください。女という存在を……」


 ――この夜の出来事のお話は、また別の場所で。


この後はここでは書けない。

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