買い物日和、護衛は大物
夏の日差しが、王都の石畳を白く焼き尽くそうとしていた。
陽炎が揺らめく。
通りにはむっとする熱気と、人々の汗の匂いが満ちていた。
湿気が肌に絡みつく。
誰もが日陰を探して足早になる中、幼年学校の一団が商業地区の大通りを進んでいた。
先頭を行くのは、少女たちだ。
濃い橙色のウェーブの先で、小さな花弁のような飾りがきらめく、アルラウネのフリージア。
金色の瞳と、硬質な緑の鱗に覆われた長身――リザードマンのカイサ。
そして頭上では、翼を広げたハーピーのユルルが低空を滑空していた。
華やかな彼女たちの後ろを、男子たちが続く。
リオス、ヴィーゼル、カゲトラ。
魔国幼年学校の男子生徒3人だ。
両手いっぱいの紙袋や包みを抱えさせられている。
額に汗が滲む。
シャツが背中に張り付いて、布が熱を逃がさない。
「あー、暑いですー。地上の熱気が上がってきますー」
間延びした声が、頭上から落ちてきた。
ユルルが翼をぱたぱたとあおぎ、生温い風を男子たちへ送る。
風圧で、ヴィーゼルの茶髪が乱れた。
「文句言うなら降りて歩けや、鳥女。こっちは干物になりそうなんやぞ」
ヴィーゼルが胡散臭い細目をさらに細め、恨めしげに見上げる。
その手には、少女たちが買い食いした串焼きのゴミ袋まで握らされていた。
「だってぇ、降りると羽根が蒸れるんですよぉ。それに下界は人口密度が高すぎます」
「なら、もっと高く飛んだらいいんじゃない?」
リオスが純粋な疑問を投げる。
大量の荷物を抱えながらも、その足取りは崩れない。
「上空だと、みんなとの会話に入れないじゃないですか。……それに、ちゃんと監視してないと、荷物を落とされそうですしね」
ユルルは空中で器用に身をひねり、監視員みたいに目を光らせた。
「落とさん。……で、なんで俺らがこんな目に遭っとるんや」
ヴィーゼルが嘆息混じりに零す。
その隣で、岩のような巨体を揺らして歩くカゲトラが、短く返した。
「鍛錬にはなる」
強面の顔より、両手に提げたファンシーな柄の紙袋の方が、威圧感を妙に際立たせている。
実際、荷物の重さと量は、鍛錬になると言えばなる。
「カゲトラくんは真面目ですねぇ。ヴィーゼルくんも見習ってくださいよ」
フリージアが振り返り、くすくすと笑った。
動くたび、甘い花の香りが漂う。
通りの汗臭さを、一瞬だけ塗り替えた。
「真面目とかの問題やないで。わいは『なんで今日、このメンツが選ばれたんか』って話をしとるんや」
ヴィーゼルが口を尖らせる。
クラスには他にも男子生徒はいる。
なのに、なぜこの3人なのか。
カイサが申し訳なさそうに尻尾を揺らし、振り返った。
爬虫類特有の無機質な瞳なのに、声色には気遣いが滲む。
「すまないな。本来なら私たちだけで済ませるつもりだったのだが……最近、この辺りは、どうにもきな臭くてな」
カイサの言葉に、リオスは視線を巡らせた。
店先には妙な警戒が漂う。
路地裏には、それらを獲物として狙うような鋭い視線がいくつも潜んでいる。
「女の子だけで歩くのは危険そうだね。……事情は理解するよ」
リオスは頷いた。
グリムボーン領だけじゃない。
王都にまで治安の悪化が広がっているなら、護衛が必要なのは道理だった。
それでも、リオス自身は侍従のフィノアを先に帰らせている。
友人同士の買い物に、侍従を連れ回すわけにもいかない。
「でも、人選の基準がわからないな。他にも適任はいただろう?」
「ふふふ、それはですねぇ!」
ユルルが空中でくるりと宙返りし、リオスの目の前へ舞い降りた。
トン、と軽やかに石畳を踏む。
「厳正なる審査の結果、あなたたちが『最適』だと判断されたからです!」
ユルルはビシッとヴィーゼルを指差した。
「まずはヴィーゼルくん! 採用理由は『顔が胡散臭いから』!」
「……は?」
ヴィーゼルの飄々とした笑顔が固まった。
首から下げた商売繁盛のお守りが、カチャリと鳴る。
「胡散臭いって、クラスメイトに酷ない!? これでも、好青年のつもりやねんけど?」
「そこです! その『何を考えてるかわからない笑顔』!
あと『裏社会に通じてそうな雰囲気』! これなら、変な男も声をかけるのをためらいます!」
フリージアが補足する。
「毒を持って毒を制す、というやつですね。ヴィーゼルさんの隣にいれば、並の詐欺師やゴロツキは逃げ出しますから」
「誰が毒やねん。……ま、舐められんというのは商売の基本やけどな」
ヴィーゼルは不服そうに鼻を鳴らした。
けれど、完全には否定しなかった。
「次はカゲトラくん!」
ユルルが猫獣人の顔を見上げる。
「理由は『顔が怖いから』! あと『無口だから』!」
カゲトラの眉間に、深いしわが刻まれた。
ただでさえ厳つい顔面が、さらに凶悪な相貌へと変わる。
「……顔は、生まれつきだ」
「それがいいんです! 隣に立ってるだけで『あ、関わったら殺される』って思わせるオーラ!
最高です! 魔除けの効果は抜群ですよ!」
「魔除けか……」
カゲトラは小さく息を吐き、それ以上は言わなかった。
どうやら、その評価は気に入ったらしい。
「そして最後、リオスくん!」
ユルルの視線がリオスに向く。
リオスは表情を変えず、首をかしげた。
胡散臭い、顔が怖い。
なら、自分は何と言われるのか。
「理由は『純粋に強いから』!」
「……ふむ」
リオスは短く相槌を打った。
ようやくまともな理由だ。
最後は実力が物を言う。
「……と、『ハーピー、アルラウネ、リザードマンの私たちなら、手を出してこないだろう』という安心感からです!」
「……なんだって?」
リオスの足が止まった。
整った眉が、少し寄る。
「なんだい、それは」
「え? だってリオスくん、最近『女癖が悪い』って噂、すごいじゃないですか」
ユルルが悪びれもせず言った。
「あっちこっちで女性に声をかけてるとか、夜な夜な街へ繰り出してるとか」
「……心外だな」
リオスは小さく息を吐いた。
根も葉もない噂――と言い切る前に、思い当たることがいくつか浮かぶ。
まず、ティナを囲う名目で村を作ったこと。
これは否定しようがない。
次に、ネリア達サキュバスとのあれこれ。
それから、街中で人助けをすることもあるが、助けた相手が女性であることが多かった。
「僕はただ、困っている人に手を貸しただけだよ。それがたまたま女の人だったというだけの話だよ」
「でも、火のない所に煙は立たないって言いますし~」
フリージアがリオスの腕に蔓を絡ませ、ポンポンと叩いた。
慰めなのか、からかいなのか判別がつかない。
「女には目がないリオス君でも、さすがに植物系や爬虫類には欲情しないでしょ?
そういう意味で、一番『安全な実力者』なんですよ」
カイサも納得したように頷く。
「種族の壁は厚いからな。リオスといえど、私の硬い鱗を撫で回したいとは思わないだろう」
「……随分と買被られたものだね」
リオスは不服そうに目を細めた。
女癖が悪いという評価を前提に、さらに「異種族なら対象外」という偏見まで上乗せされている。
「僕は、種族で区別なんてしないよ。……君たちは、十分に魅力的だと思うけど」
リオスは真顔で事実を述べた。
仲間としても、異性としても。
彼女たちの美しさを認めることに、何の躊躇いもない。
そこに下心はない。
ただの評価だ。
――なのに、それが裏目に出た。
「うわ、出た」
ユルルが空中で引いた顔をする。
「そうやって口説いてもなびきませんよ~。私たちはガードが固いんですから」
「口説いてないよ。事実を言ったまでだよ」
「はいはい、わかってますよ。そういう『無自覚な手口』なんですよね、知ってます」
フリージアがくすくすと笑う。
カイサも喉を鳴らし、楽しげに尻尾を揺らした。
「まあまあ、ええやないかリオス」
ヴィーゼルがニヤニヤしながら、リオスの肩を小突いた。
「『安全パイ』として信頼されとるんや。光栄に思っとき」
「君は『胡散臭い』と言われて光栄なの?」
「商売人にとって『一筋縄ではいかない』ってのは褒め言葉や。……ま、限度はあるけどな」
ヴィーゼルは苦笑し、視線を前方へ戻した。
軽口を叩き合いながらも、一行は商業区画を進んでいくのだった。




