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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
出会い

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9:挑発は勝利の布石

 リオスは一歩前へ出た。


 その表情には笑みも怒気もない。ただ、どこか落ち着いた光が宿っている。


(姉上の言葉……あれは挑発だ)


 あまり得意ではない。けれど、今回は分かる。

 相手の誇りを突いて、怒りに火をつけ、冷静さを崩す。


(……勉強した通り、やってみる)


 ほんの一瞬だけ目を閉じ、息を整える。


 そして、故意に、聞こえるように言葉を投げた。


「父上。華を持たせる必要……ありませんよね?」

「っ……な、なにを言ってますのあなたはッ!」


 シエラの顔がみるみる赤く染まる。紫の瞳が怒気で滾り、地を踏み鳴らした。


 それを見ていたゼヴァドは、額を押さえた。


「……わざとやっているな。完全に」


 その隣で、バルトロメイは薄く笑った。


「ああ。指導通りだな」

「お前の家の教育、どれだけ実戦主義なんだ……」

「子どもといえど、全てを以て勝機を得る。……それが魔族というものだ」

「はあ……頭が痛くなるな」


 そう言いながらも、ゼヴァドの表情は、呆れの中に感心を滲ませていた。

 同時に、シエラの精神鍛錬を頭の中の教育メモに追加する。


 一方、シエラの怒りは既に頂点を超え、剣の柄を白くなるほど握り締めていた。


「さあ、構えてくださいな。わたくし、”三番目”なんて扱い、断固として拒否いたしますから!」


 リオスも構える。

 その動きは無駄がなく、目はまっすぐ相手を捉えていた。


 遠くで、ルグナーが低く叫ぶ。


「構え、始めッ!」


 瞬間、砂塵が舞い、二つの影が交差した。


 咆哮のような気迫と共に、シエラが突進する。

 紫電のような加速。足裏から魔力が炸裂し、地面を砕く勢いで距離を詰めた。


 第一撃は、上段からの鋭い振り下ろし――見えた瞬間には、もう頭上にあった。


(速い……!)


 リオスは横に跳ね、剣で受けることすら避けた。

 受ければ負ける。それほどに一撃一撃が重く、そして研ぎ澄まされている。


 だが――。


「どうしましたの!? 逃げてばかりでは、何も始まりませんわよッ!」


 シエラの声には苛立ちが混じる。怒りの熱が、魔力に乗って噴き上がっていた。


 その怒りが、彼女の剣筋にわずかな“狂い”をもたらしていることに、リオスはすでに気付いていた。


(姉上の狙い、こういうことか……)


 力では勝てない。だが、心を乱せば――その刹那の隙こそ、勝機となる。


 シエラの横薙ぎをギリギリで回避。

 すれ違いざまに、間合いを詰めて打ち込もうとするが、シエラは瞬時に身体をひねり、肘で牽制する。


 その反応速度は、訓練で鍛えられたもの――いや、実戦経験すらあるのではと思わせるほどだった。


(読みも、反応も速い。剣筋に経験の裏付けがある)


 そして、何より魔力の制御が卓越していた。

 魔力の流れを一時的に骨格へ集中させ、力を上乗せしている。

 剣に巻きつけるだけでなく、身体の動きそのものに魔力を組み込む技術。

 種族的な特性の力圧しではない、確かな鍛錬の結果。


(完全に……格上だ)


 しかし、それでも――明確に見えるようにもなってきた。

 怒りで感情が先行し、細部の“仕上げ”に粗さが出る。


 打ち込みが直線的すぎる。足の運びが少し重くなった。魔力の循環が一拍遅れる。


 リオスは呼吸を整え、距離を取りながら、慎重に回り込む。


「なによ、避けてばっかり……その程度ですの、グリムボーンの男子は!」


 攻撃が当たらず、声に余裕が消えていた。


 その瞬間、リオスは踏み込む――が、あえて、わざとらしく足を滑らせた。


「っ! 甘いッ!」


 シエラが踏み込み、剣を振り下ろす。


 だが、それこそがリオスの狙いだった。


 滑る動きから、地を払うように身体を捻り――剣の間合いをくぐり抜け、腰の低い姿勢から喉元への突きを放つ。


「――!」


 回避不能。


 リオスの訓練剣の切っ先が、シエラの喉元に寸止めで止まっていた。


 静寂が、訓練場を包む。


「……止め!」


 ルグナーの声が響き渡った。



 シエラは、その場に膝をついた。


 唇を震わせ、握りしめた拳が小刻みに揺れている。


「……こんな……はずでは……っ」


 自分の魔力が、技術が、力が――冷静さを失ったせいですべて台無しになった。


 わかっている。だが、認めたくない。


「ありがとうございました」


 リオスが深く頭を下げる。恭しく、そして誠実に。


 シエラは、地面に膝をついたまま、顔を伏せていた。

 拳を固く握り、肩がわずかに震えている。


「……これで、わたくしは……あなたの妾ですわ」


 絞るような声が漏れたあと、ほんの一拍――呼吸が止まった。


「……好きに、しなさい……」


 その言葉が喉を通ったとき、顔の端からふわりと色が広がる。


 頬が、耳が、蒼い肌が淡く紅に染まってゆく。

 視線は下に落ちたまま、まるで地面に消えてしまいたいと願うかのように。


(な、なにを言っているの、わたくし……!?)


 羞恥が遅れて胸を満たす。まるで、喉の奥から炎がこみ上げてくるようだった。


 ただの挑発に乗っただけのはず。

 それなのに、自分の口から出た言葉は、まるで――告白のようで。


 指先が小刻みに揺れる。

 唇を噛み、俯いたままの姿は、気高い少女というよりも、迷い戸惑うひとりの乙女に他ならなかった。


「……あの、でも……」


 リオスが、困ったように頭を掻いた。


「姉上とふたりがかりだったし……僕ひとりじゃ、きっと勝てなかったから」


 その言葉に、地を這うような低い呻きが返ってきた。


「うっさい黙れ馬鹿……ッ!!」


 顔を真っ赤にしたシエラが怒鳴り、拳で地面を叩いた。


「それを言って、わたくしの立場がどうなると思ってますの!? 勝ったなら、堂々と胸を張ってなさいましっ!!」


 リオスがたじろぐ前に、すかさず姉の手刀が飛んできた。


「リオス、それは失礼よ。女の子に対して言うべきことじゃないわ」

「……は、はい……」


 場に微妙な沈黙が走る。


 その空気をどうにか変えようと、リオスは助けを求めるように父たちへ視線を向けた。


「えっと……でも父上たちの許可も、もちろん必要だし……?」


 そう、妾云々以前に、貴族同士の婚姻は家の意向が前提となる。子供の戯れ言で終わらせられる話ではない。


 しかし――。


 その言葉に、バルトロメイが「うむ」と唸るように腕を組んだ。


「子らの戯言ゆえ、聞き流すつもりだったが……口にした以上、責は問われるぞ」


 静かに顎を撫でてから、厳めしい声音で続ける。


「我らグリムボーン家、そしてルキフェル家。どちらも魔国に名を連ねる重鎮、並び立つ大貴族。ゆえに、その婚姻――たとえ妾であろうと、血の交わりは“国家の継承”に関わると見做される」

「……っ」

「つまり、“陛下の御裁可”がなければ、決定とはならん。子らの口約束で片付く話ではない。だが――逆に言えば、陛下がお認めになれば、これはもはや既定路線ということだ」


 とはいえ、両家にとってなんら損のない話。

 政略的にも利のある話で、本人同士の相性も悪くなさそうだ。


 結果、初対面のその日にリオスとシエラの婚姻が内定したのだった。


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