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 その夜、わたしは笹部くんと一緒に待ち合わせていた。これから実行する計画を、彼は何度もわたしに説明してくれた。そこから、笹部くんの実家へ向かった。

 笹部くんの実家は驚くほど大きくて、わたしは計画が成功するのか心配でたまらなかった。それを見抜いた彼は、わたしを落ち着かせるために手を握ってくれた。

「大丈夫。母さんはいつも、あの部屋で片桐の父さんと会ってるんだ」

 笹部くんの家は二棟に分かれていて、彼が指差したのは小さな方の棟だった。いまさらだが、ものすごい豪邸である。自分の平凡な父が、社長夫人と不倫をしているなど、今となってもまったく想像できない。ひょっとすると、2人はものすごい純愛なのかもしれないと思う。もともとがわたしと似て平凡な笹部くんの母親は、やはり平凡なわたしの父を愛したのかもしれない。

「母さんは冷え症だから、もうストーブを出してる。2人がいるのは2階の寝室。ストーブがあるのは1階のリビング。片桐の父親と密会してる時は、お手伝いさんも雇ってないんだ。父さんも出張中だし、1階には誰もいない。火災警報器も、昨日のうちに取っておいた。完璧な事故だよ」

 そう、わたしたちの計画は、火災事故に見せかけた放火。不倫中の不幸な事故で死亡。わたしの母親は、その事実を知ったとき、どのような顔をするのだろうか。ショックのあまり、もう立ち直れないかもしれない。元女優というプライドをズタズタにし、世間の晒し者として週刊誌に告発でもしてやる。

『元三流女優の花園レオナ、夫が不倫中に火災事故で死亡!!』

 そんな見出しの週刊誌を見せつけて、わたしは母を笑ってやるのだ。もう二度と、母は外出すらもできないだろう。ひょっとすると、首つりでもしてしまうかもしれない。そうすれば、ようやくわたしの復讐は完了する。わたしをコンプレックスの塊にし、無作為な期待と自分のプライドを満足させる道具として利用したこと、すべてが復讐の対象だ。そうすることで、わたしは自我を取り戻せる。

「分かった。わたしは、笹部くんを信じる」

 自分のしようとしていることは、十分に理解しているつもりだ。わたしは父親を、笹部くんは母親を殺そうとしているのだから。

 父には少し悪いと思っているが、やはり自業自得であろう。平凡な男とは違った、劇的な最期ではないか。そう思うと、少しは親孝行になるだろう。

「それじゃ、行こうか」

 笹部くんはわたしの手を引いて、豪邸の中へ入って行った。

 小さいほうの棟と言っても、やはり豪邸であることには変わらない。玄関先には高価そうな傘立てが置いてあって、有名ブランドの靴が顔を並べている。笹部くんはとてつもないお金持ちの子どもなのだ。

 笹部くんに連れられるまま、リビングに到着した。なんの皮かは分からないが、とにかく高級そうな絨毯が敷き詰められたリビングには、大型の液晶テレビがあって、それが燃えてしまうのはとてももったいと思った。リビングの中央には、笹部くんの言うとおり、石油ストーブがあった。

「片桐……本当にいいのか?」

 笹部くんは最後に、わたしにそうやって念を押した。

「うん。もう決めたから」

 わたしの力強い返事を確認した彼は、石油ストーブの火をつけ始めた。笹部くんは丸めていた新聞紙を取り出し、その火に近付ける。

「この新聞紙は、すぐそこにあったやつ。風で飛んできて、消し忘れてたストーブに燃え移って炎上。これで大丈夫かな?」

 笹部くんは冗談っぽくそう言うと、小さく笑った。じりじりと、焦げ臭いにおいが充満する。彼は火がついた新聞紙を、高級絨毯の上に投げ捨て、またわたしの手を握った。

「さあ、逃げるぞ」

 わたしは小さな火が移った絨毯を見つめ、ぼんやりと考え事をしていた。母親がもし自殺したら、わたしは施設かどこかへ送られるのだろうか。親戚もいないし、天涯孤独。この世に、自分と血の繋がった人間がいないとは、どういう感覚なのだろうか。それは孤独なのだろうか。それとも……。

「おい、片桐」

 笹部くんの声で、わたしは我に返った。

「ごめん……ぼんやりしてた」

 絨毯に燃え移った火は、さっきの倍以上の大きさになっていた。火の回りが早いようだ。

「早く逃げるぞ」

 笹部くんはわたしを励ましてくれているのか、小さく笑って、わたしの手を引っ張ってくれた。

 孤独、いや違う。わたしはこうして、笹部くんと繋がっている。

 わたしと彼は、手を繋いだ共犯者なのだから。


 こうやって、事件の経緯を書き記してきたのだが、わたしはひとつだけ、書いていないことがある。ちなみに、今回の放火事件は、笹部くんの考え通りに事故として処理されたらしい。笹部くんの母親は、奇跡的に生還したようだが。

 書いていないというのは、例の春本佳織の事件である。

 わたしはやはり、笹部くんが犯人であるということはあり得ないと考えている。あれは水川さんのホラで、わたしは彼女こそが疑うべき人間だと考えているのだ。それには彼女の流した噂とは違い、完璧な証拠がある。


 今まで黙っていてごめんなさい。

 わたしはたぶん、春本佳織の遺体を発見した第一発見者だ。


 あの日は文化祭に向けた委員会の仕事が長引いて、夕方の6時頃まで学校にいた。同じく委員会の仕事をしていた水川さんも同様である。

 その日は運動部が休みの日であり、発見現場となった体育倉庫はもちろん使われていなかった。わたしは校内施錠の仕事を任され、体育倉庫の施錠をしに行ったのだ。すると、そこには青白くなり動かなくなった佳織と、同じように青白くなっている水川さんがいた。

 わたしは怖くなり、その場を一目散に離れたが、次の日の警察の事情聴取には嘘をついた。

 これらから分かるように、水川さんは自分の罪を隠ぺいするために、笹部くんを犯人として吊るしあげ、制裁したのだ。わたしには最初から、笹部くんが犯人ではないことくらい分かっていた。


 明日にでもわたしは、この話を学年主任の園田先生に打ち明けようと思う。

 水川さんはどうなるだろうか、楽しみだ。

 それだけでは足りないような気がするから、笹部くんが犯人だという噂を広めた、便利な学校裏サイトにでも書き込もうと思う。そうすると、彼女も終わりだろう。

 こうして文章を書くことで、心の平穏を保ってきたわけだが、明日からはその必要もなさそうだ。明日から、わたしはわたしになれるのだから。



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