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学祭後、僕の周りに女子が集まって大変だった。彼女たちの目的は言わずもがな、一緒にいた男の子は誰だというわけだ。バイト先の友人だというと、彼女たちはいいな羨ましいを連呼し、終いには自分のバイト先にいる男の愚痴で大いに盛り上がる始末なので、僕はいたたまれなくなりその場を抜け出そうとした。
「ねえ、崎田。次のバイトいつ?」
だが、僕らにカップを運んでくれた女の子が、目ざとく気が付いて声を掛ける。結子という彼女の目当てが渚であるのは言うまでもない。
嘘を教えるのも却って癪なので、僕は明後日の夜十時と返事をした。僕と渚が大体ニコイチでシフトを組まれていることはさっき伝えた通りだ。本当に顔が綺麗なやつは羨ましい。
そして二日後の夜、結子がコンビニにやってきた。
教えたものの、本当に来るかは半信半疑だった。彼女はあまり押しの強くない娘で、いつも友人の話に相槌を打って笑っているタイプだから、実行に移すのは想像し難かったのだ。しかし彼女はたった一人で自動ドアをくぐった。
レジにいた僕は、彼女が店の奥に向かった隙に、バックヤードの渚を呼び出した。訝しむ彼に疑問を投げられる前に、陳列棚の前に行く。意味もなくポテトチップスの袋を整頓しながら視線をやると、水入りのペットボトルを手にする結子と目が合った。彼女はぎゅっと唇を噛み締め、今まで見たことのない固い表情で、通路を通ってカウンターの前に立った。
渚が接客する声と、スキャナーがピッとバーコードを読み取る音が聞こえる。何故か僕の心臓も高鳴り、袋を握る手に力がこもる。渚が値段を告げる声、小銭が触れ合う音、レジスターがレシートを吐き出すのを横目で見る。
「……これ、読んでください」
かき消えそうな声と共に、結子がスカートのポケットから出した紙をカウンターに置いた。渚が返事をするのも待たず、彼女はくるりと踵を返し、開く自動ドアの隙間から夜の中に飛び出して行った。真っ赤な横顔が、僕の脳裏にいやに鮮明に残った。
手紙の中身は流石に見せてくれと言えなかった。渚によれば、それは案の定ラブレターというやつで、結子の連絡先が記載されているという。
僕らは一緒に仕事を上がり、どちらからともなく近くのファミレスに流れた。ボックス席にかけ、コーヒーとサンドイッチを頼む。渚は小さく畳んだ手紙をポケットに入れっぱなしで、僕はうずうずしながら彼を眺めていた。サンドイッチが運ばれても彼が切り出そうとしないから、我慢できず口を開いた。
「返事、どうするんだよ」
「返事?」
それまで次回の作品について語っていた渚が、きょとんと目を丸くする。
「ほら、バイトの時もらってたやつ」
「あー……これね」
渚はポケットから出した手紙を開き、気怠い顔で眺めている。玉子サンドを食みながら鼻息を吐き、手紙を片手でくしゃくしゃと握り潰した。
皿の横に転がる紙くずを見て、僕は呆然とする。
「なにしてんだよ」
「無理。俺、付き合うとか考えてないし」
「連絡ぐらいしてやったらいいだろ」
「あの子、弘也と同じサークルの子だろ。学祭の時にいた。弘也からも言っといてくれよ」
僕の口の中でプチトマトが弾けた。噛み締められ、汁を飛ばして潰れた。怒りのせいだった。
「おまえさ、結子がどんだけ勇気出したかわかんないわけ?」
「ほら、知り合いじゃん」渚は口の端を歪めた。「やっぱ弘也が口出ししたら、関係悪くなる?」
「あのな、彼女は普段そういうことする子じゃないんだよ。おまえだから勇気出したの、分かってやれよ」
結子の強張った硬い表情を思い出す。彼女はありったけの勇気を振り絞ったのだ。その結晶である手紙を潰して平気な顔をしている男の気持ちが、僕には理解できなかった。
「いや、知らねえし。何も知らない子に時間割くつもりないし」
「一度ぐらい連絡してやればいいだろ」
「あいつ、俺の顔しか見てねえだろ」
そこで僕は気が付いた。渚の手にある玉子サンドは潰れ、パンの隙間から具がはみだしていた。
「そういうやつ、マジ無理」
具のはみ出たサンドイッチを口に放り込む渚に、僕は言えなかった。
結子は、僕の好きな女の子なんだって。