第28話 ウスユキソウ
エルクの解体をしている間、私は街の人に頼んでグレートヒェンが話した花を探しに山に登っていた。エイリンド様は当然の様に付いてきていて、フランカさんも一緒だ。
「えーっと、この辺だったと思います。夏になると咲く細い花びらの白い花で、湖から見ると夏に雪が降ったみたいに見える花だそうなんですが」
グレートヒェンから聞いた花の特徴を挙げると、街長さんと案内してくれた男性、そしてそのこどもが顔を見合わせている。
「夏に咲く白い花でこの辺りに群生しているというと、ウスユキソウか」
「知ってる! あのお花、確かに街から見ると雪みたい!」
「薄く雪が積もった様に見えるからウスユキソウと言うんだ。湖の精霊はそれを望んでいると?」
街長さんはすがる様な目で私を見た。
そうだよね、今まで「湖の精霊が望んでいるから」だと思って家族を生け贄にしてきたのに、湖の精霊自身が語った本当の望みは花一輪と聞いたら「本当にそれでいいんだな? 信じていいんだな?」という気持ちにもなるだろう。
花一輪の代価で、今まで起きてきた「森の王」という災いを封じ込めることができるんだから。
「はい、むしろ、一輪だけにしてくれって言ってましたよ。摘まれる花は、生け贄にされた人間と同じだから、たくさん摘んだりしないでって。……場所は、ここでいいかな?」
「ここに毎年たくさん咲くよ。この大きい岩が目印なの」
道案内してくれた人がお父さんなんだろう。山仕事の手伝いをしているらしき男の子がちょこちょこと動き回って教えてくれる。
「そっか、ありがとう。今は冬だけど少しだけ精霊の力を貸りて、ここら辺の植物に育ってもらうね。火の精霊、土の精霊、水の精霊、風の精霊、この辺りの花に力を貸して。地面を温めて、春の風を吹かせて、種を芽吹かせ、夏の花を少しだけ咲かせてちょうだい」
これからもっと風が冷たくなる季節だから、咲いた花は放っておいたら枯れてしまう。だけど、あの優しい湖の精霊の助けになるなら、一輪の花を捧げたい。
「さあ、目を覚まそうよ~♪ 冬は終わって温かい風が待ってるよ~」
私は歌いながら辺りをくるくると踊る。それは厳しい季節が明けて春がやってきたよという陽気な歌に軽いステップ。私が楽しそうに踊っているからか、男の子も笑い声を上げながらでたらめに踊った。
こうして、子供の笑い声を聞いて平穏に過ごしたかったんだろうね。グレートヒェンは人を愛した優しい精霊だから。
時々ふたりで手を繋いでくるくる回ったり、即興のダンスをしながらぐるりと円を描くように私たちは踊った。その円の中だけ、凄い早さで植物が生長し始めている。
最初は作ってた「楽しそうな」歌と踊りだけど、そのうち本当に楽しくなってきて、エイリンド様を引っ張り込み、フランカさんを引っ張り込み、街長さんと案内のおじさんまでも一緒に手を繋がせて踊った。
おじさんたちは最初は戸惑ってたけど、足をもつれさせながら円舞を踊る。さすがに昨日の惨事を見た後では笑えなかったみたいだけど、この街の大人ふたりは目を見開いて驚きながらもこれがまるで神聖な儀式のひとつであるかのように踊った。
「今日は良いけど、本番のお祭りでは笑ってくださいねー! 湖の精霊は街の人たちの明るい笑顔を見たいはずですよー」
疲れたのか、街長さんがとうとう自分の足につまずいて盛大にすっ転ぶ。その時にはちょうど白い花が小さな円の中で満開になっていた。
「あのねえ! いいこと考えたの。湖の精霊さんはこのお花が好きなんでしょ? だったら、湖の岸辺に持って行って植えようよ! 何年かしたらきっと増えて、雪みたいには見えないかもしれないけど、綺麗なお花がたくさん咲くよ」
「それはいい考え! そうしよう!」
湖からこの場所までは高低差も極端にあるわけじゃないし、植生が変わるわけじゃない。
一輪だけもらっていくつもりだったけど、街の側でも増やすならいいよね。
私たちは白い花を付けたウスユキソウを掘り返すと、持ってきた布袋に詰めて山を降りた。
街に戻る途中で、湖の岸辺でグレートヒェンを呼んで花を見てもらう。
《そう、この花よ、綺麗ね。でもこれから冬なのにお花に無理をさせてしまったわ》
ウスユキソウを見て顔をほころばせたグレートヒェンだけど、すぐにその眉を曇らせる。
「大丈夫。これは街の人の温かい家の中で春まで過ごしてもらって、本当の春になったらこの湖の岸辺に植え替えるから。種も取れるかな? それで、夏になって花が満開になったら、岸辺で豊かな実りを祈るお祭りをするの。賑やかできっと素敵よ」
《岸辺に植えてくれるのね、それは楽しみだわ。エルフの子、いろいろ力を貸してくれてありがとう》
「グレートヒェン、私にもルルエティーラっていう名前があるの。ルルって呼んでくれる?」
私が自分の名前を告げると、グレートヒェンは驚いた様に目を見開き、それからふわりと微笑んだ。
《ルル、ありがとう。名前を呼ばれてないのは私だけじゃなかったわね。……私の名前を街の人に伝えてくれるかしら。それでお祭りをしてお花を一輪貰えたら、きっと私に溜まった穢れも少しずつ清められていくと思うわ。もう、冷たい湖の底で眠る悲しい子はいないのだから》
「湖の精霊グレートヒェン、ひとつ訊きたいことがある」
エイリンド様が綺麗だけど怖い顔でグレートヒェンに声を掛けた。昼の光の下で見るとより一層儚げに見える湖の精霊は、エイリンド様に向かって小首を傾げる。
《何かしら? 私に答えられることならいいけど》
「生け贄は、誰が望んだものだったんだ? 君は――グレートヒェンは生け贄など望まないだろう。多くの精霊が同じように生け贄など望まないことを我らは知っている」
「ああっ! このバカ師匠! わざと訊かない様にしてたのに!」
多分生け贄を捧げたのは、最初は街の人の独断だったんだと思う。その次からは、犠牲になったこどもたちが仲間を呼んだ。――それは街長さんには辛すぎることだから、私は敢えてはっきりさせないつもりでいたのに!
「私はバカなのか!? ルル以外にそんなことを言われたことはないぞ!?」
「エイリンド様みたいのを『世間知らず』って言うんですよー!」
「ルルが言えることなのか!? ついこの間まで里から出たこともなかったのに!」
「私にはエルフの秘術があるんです! 叡知が籠もってるんです!」
私がエイリンド様をポカポカと叩いていると、グレートヒェンが悲しい色を目に浮かべておそるおそる答えた。
《ルル、争うのは良くないわ、許してあげて。そうよ、これはとても悲しいことだけど二度と過ちを繰り返さないために必要なことなのかもしれないわ。
――私は捧げ物を望んだことはないの。人間が祈りの代償として、精霊の声を聞くことのできるこどもを捧げたのが呪いの始まり。その子は私の血を引いていたから、恨みの声はあまりにもこの湖と馴染んでしまった……》
グレートヒェンの告白に私は唇を噛んだ。
やっぱり……だって街長さんはグレートヒェンの声も闇に堕ちた精霊の声も聞こえてなかったんだもん。
だから彼に聞こえていたのは精霊の声なんかじゃなかったんだ。




