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Error Load 〜隙間だらけの奮闘記〜  作者: 田代 豪
第一章 空振りの少年
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「隙間だらけの奮闘記」



 空はすっかり薄暗く、熱った体に流れる汗が風にあたり心地よい。


 だがずっと寝ているわけにもいかず、ボットはカッターナイフを両手で地面に突き立て、ゆっくりと体を起き上がらせた。

深呼吸をしながら目線を下に向けていると、何やら嗚咽しているような声と、鼻水を啜っている音が聞こえ、思わず視線を前に向ける。


 ボットの視線の先には、手を血だらけにしながら涙を流すトーガが座り込んでいた。

それを見るなり、ボットは疲れている事を忘れトーガのもとに走り、心配そうに声をかける。


「大丈夫か!?手が痛いのか?薬草使うか!」


 慌てたように腰のポケットに手を入れ、野草のようなものをボットは差し出すが、トーガは泣きながら首を横に振っている。

「じゃあなんだ!?」なんて言いながらボットは両手を大きく振りながら余計に慌てふためき、なんとか泣き止ませようと自慢の変顔を披露し出した。

 様々な変顔を見せながら揺らす前髪の向こうには、本来黒ずんでいたはずのボットの左目が見える。


 そこは何回見てもボットの頬と同じ肌の色をしており、それを見るなりトーガは口元を緩ませた。

 弱々しく笑いながら涙を流し続けるトーガにボットは唖然とするが、そんなボットを置いていくようにトーガは立ち上がってボットの左目を指差す。


そして、頬を染めながら自信満々に話し出した。



「凄い!凄いじゃん私!私が治したの!私凄い!」

「おー……おう!そうだ!おまえが治したんだぜ!光がぴゅーんって飛んできてどどーんってな!」



 笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねるトーガを見て安心したのか、ボットも勢いよく立ち上がって一緒に騒ぎ立てる。

 すると我にかえったのか、トーガは手のひらに、ボットは足首に激痛が走り、その場に這いつくばった。

 先程とは打って変わり、肩を震わせて各々痛い箇所を撫でていると、今度は痛みのせいで出ている涙をチラつかせ、ゆっくりと顔を上げて向き合う。

「にへら」なんて効果音がつきそうな笑顔を見せながら、二人で同時に言い合うのだった。


「さっきの薬草……貰っていいかしら」 「……俺も使うわ」





 真っ暗な路地裏、空を見ると幾千もの星が散りばめられている。


 そんな綺麗な星空の真下、ボットが持っていたランタンの灯りが揺れていた。

使ったマッチをポケットにしまうボットに「なんでも入ってるのね」と笑いかけながら、トーガはその辺で拾った石で薬草をすり潰している。


……が、すぐにボットが石を取り上げて自分ですり潰し出した。

手を痛めているのに無理をするな、と言うボットにトーガは礼を言い、揺れるランタンの灯りに視線を向ける。

 ランタンの灯りと一緒に揺れる風が腫れた目元に当たり、なんだか痒く感じてきたトーガは軽く手の甲で撫でた。



「なあ、なんで俺のこと知ってたんだ?お前」

「え?」

「名乗ってないだろ俺、会った覚えもねえしな……」



 すり潰している薬草に視線を向けたまま、ボットはトーガに問う。

その質問にトーガは「本に載っていたから」だと嘘偽りなく伝えると、まるで興味のなさそうな空返事を返してくる。

 自分から聞いてきておいてなんだこの男は、とトーガが顔を顰めると薬草をすり潰し終えたのか「手ぇ出せ」と何処からか取り出した布に薬草を塗りたくりながら差し出してきた。


また例のポケットから出したのか?とトーガは首を傾げながらボットの方に手を伸ばすと、ふと目に入るのはボットの肌色。

それは本来空いていないであろう場所から見えており、破れたシャツの裾を見るとすぐにトーガは察しがついた。


 そう、ボットはわざわざシャツの裾を破ってトーガに使ってくれたのだ。

申し訳なさを感じながら、されるがままに両手にシャツの切れ端を巻かれた。



「……ん?ちょっと待てよ?その本にはなんで載ってたんだ?」

「え、それは現在どの壊助師デバッガーにも治せないからって……」



 雑な玉結びでトーガの手のひらにシャツの切れ端を巻き終えると、ボットは突然大きな声を上げて立ち上がった。

足を痛めていたはずのボットが大口を開けて笑い立ち上がっているものだから、当然トーガは慌てふためく。

 だが、そんなトーガを知らん顔でボットはトーガの両の手の手首を掴む。

一際大きな風が吹いて、ランタンの灯火が揺れている。


それと同時に、ボットは目元を吊り上げ、真っ直ぐな視線を向けながらトーガに言うのだった。



「な!おまえ俺と一緒に来いよ!」

「……は?」

「俺たち二人でウイルスもれなく全員やっつける旅に出て、世界を平和にするんだ!」



 ボットの口からは、本に載るぐらい凄いバグを治せたトーガが凄い、おまけにウイルスを倒す際に見せたコンビネーションがやばかった、などと乏しい語彙力で熱烈に想いを告げられる。

 トーガの両の手首をがっちりと握りつつ「名案だ!」と瞳に星を散らしているボットを見て、トーガは一際大きなため息をつく。

そのため息を聞くなり、首を傾げるボットに、トーガは返答をした。



「無理に決まってるじゃない、私学校もあるし家にだって帰らなきゃだもの」



 トーガの返答を聞くと、突然目を点にしてから、足首の痛みを思い出したのか地面に突っ伏しだすボット。

痛さからか、断られたショックからか涙を流すボットを見て、「私がやるから」とシャツの切れ端で包まれた手を伸ばした。


 その手には、薬草が塗りたくられた別のシャツの切れ端が握られている。

何故かと疑問に思い、ボットはトーガの方に視線を向けると、自身が破いた位置と同じシャツの端の方が破かれているのがわかった。



「ちょ、おまっ何服破ってんだ!」

「こっちのセリフ、いいから黙って手当されてなさい。」



 慌てて遠慮をするボットの手を軽い力で払い除け、赤く腫れている足首に手際良く切れ端を巻いていく。

「手際いいな」なんて褒められるとトーガは口を細々と窄めながら小声で何かを発した。

 足首の方を向いて俯き、しかも小声で話すものだから当然ボットには聞こえない。

なんとか聞き取ろうと顔を近づけると、灰色の髪の隙間から見えるトーガの耳が赤く染まっていることに気がついた。


それと同時に、小声で発している言葉の正体がボットに理解できる。



「旅、は無理だけど放課後だけなら良いわよ……」



 恥ずかしさからか震える手でシャツの切れ端を結ぶ。

ボットの結び目に比べ、丁寧にリボン結びにされた切れ端は、ボットの足首の腫れを綺麗に包んでいた。


……が、足の腫れなどボットにとってはどうでも良く、トーガの口から発されたこの小さな言葉に頬を思い切り緩ませる。

「はい!終わり!」なんて気恥ずかしそうに両手を軽く叩きながら、トーガが顔を上げるとボットの顔を見るなり少し引いたような反応を見せるが、そんなこと気にしない様にボットはトーガに飛びついた。


「は!?ちょ、危な!」


突然のことに対処しきれず、トーガはボットに抱きつかれながら後ろに倒れていく。


二人ともそのまま地面にぶつかり、各々できたコブを撫でながら向き合い、笑っていた。





 ランタンを持ちながら、ボットは慣れた様子で道を進んでいく。


 どうやら日頃色々な場所を走り回っているボットにとっては庭同然らしく、真っ暗な路地裏の中、迷いなくスタスタと足を進めていた。

足を心配するトーガに対し「だいぶマシになったから大丈夫だ」と笑いかけながら歩いていると、路地裏の出口であろう道が見えてき、その向こうには商店街の煌びやかな灯りが見えてくる。

 わざわざ見送りのためだけに痛む足を動かして来てくれたボットに礼を言うと、ふとボットは目を丸くして聞いて来た。



「あれ、そういえばおまえ名前なんていうんだ?俺聞いたっけ?」

「いえ?聞かれてもないし言ってもない」

「マぁジかよ」



 しれっと答えるトーガに対してボットは、白い歯を見せて眉をハの字に歪ませながら笑う。

「あんだけでかいことあったのになあ」と言葉を溢すボットに視線を向けて、トーガは瞳を細めると、徐に被っている学生帽に手を伸ばした。

 右足を半歩後ろに下げて、学生帽を片手で外して胸元に当てる。

そのまま瞼をゆっくりと閉じると頭を下げて、見た目だけは几帳面な挨拶をしてみせた。



「それじゃあ改めて、私はトーガ・ジュラルド。トーガでいいわよ」



 頭を上げてから胸元に当てていた学生帽を被り直すトーガ。

指先で帽子の鍔を撫でながら微笑むと、ボットもそれに応えるようににっこりと大きく白い歯を見せながら笑う。

そのまま両の拳を腰に当てて、俗に言う仁王立ちをすると、ボットも大声で名乗った。



「俺はボット!ボット・グランヴィ!よろしくな!トーガ!」

「ん、よろしく。」





 こうして、「出来損ないのトーガ」と「空振りバグ持ちのボット」の二人は出会った。


 これから先トーガとボットがどうなるかなど、他人にはもちろんのこと、本人たちにだって分かりはしない。

だが、「二人でウイルスもれなく全員やっつける旅に出て、世界を平和にする」だなんて大きすぎる目標を掲げた二人の身に起きる出来事が、他である様なありふれたごく普通の日々ではないことは想像できてしまった。


 これも勉強の一環だ、そう思ったトーガはこれからの日々をノートに記すことにする。

タイトルに少しばかり悩んだが、二人とも何かが欠けている、という共通点を思い出し「隙間だらけの奮闘記」にすることにした。

 少し気恥ずかしいのか、無かったことにしようと手の甲で拭うが、万年筆で書いてしまったタイトルは消すことは叶わず、乾いていなかったインクが少しばかり伸びてしまう。

少々残念な見た目になってしまった表紙が飾る一冊の奮闘記は、トーガの勉強しまくった真っ黒なノートとは違い、まだまだ真っ白だ。


これからどんな話を書くことになるのか、密かに楽しみにしながらトーガはそっと自分の部屋のランタンを消した。



                第一章 空振りの少年【完】



                 ◇ ・ ◆ ・ ◇



「ここにおったか阿呆(あほう)め」

「は?」


「やっと見つけた!おじいちゃん!」



 まるで物語の一ページのような1日を過ごしたトーガとボット。

だが、それは文字通り「一ページ目」でしかなく、二人の慌ただしくも賑やかな物語はまだまだ続くのだった。



「自己紹介が遅れて申し訳ごめんなさい!私……_



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