頭痛のする日記帳
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……日記帳を拾った。
ワインレッドの背表紙に金色のラインが入った、見た目が物凄く豪華な日記帳は、それを手に取っているトーガに「小説かしら」と勘違いさせるには充分であった。
ろくに中身も確認せず、内容を想像しながら頬を綻ばせ、ウキウキと鼻歌を歌い自室の扉を開ける。
いつも勉強ばかりでは疲れてしまうでしょう、たまには息抜きでもどうですか?
だなんてモロネに言われていたのを思い出すと、自然に笑いが漏れ、静かな部屋の中に響く。
カーテンが閉じたままで真っ暗な部屋ではとても読めないだろうと思ったトーガは、そっと近くの蝋燭に火を灯すと、そっと椅子を引き、机に向き合う様に腰を下ろした。
「……おう……」
期待に胸を膨らませて、瞳の中の星を大きく輝かせたトーガは、その本を開くなり、間抜けに声を漏らした。
何故なら、この本が小説ではなく日記帳だったから……
というわけではなく。
「なにこの……ねえ、なにこの……」
あまりにも、そう、あまりにも字が汚かったのだ。
まるで子供が描いたような、大きく不揃いな文字列にトーガは頭を抱える。
誰かの幼少期時の日記だろうか?と淡い期待を抱いてみたが、書かれている日付が最近であることを確認すると、トーガはまたしても頭を抱えた。
おまけに日記の内容が酷い。
少しだけ、トーガはその汚い文字列を目で追う。
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今日もまた、いつものように思い瞼を開き、気怠い体を起き上がらせる。
カーテンに耳を傾けると、ちゅんちゅんと心地の良い小鳥たちのさえずりが耳を撫でて、ゆったりと意識を覚醒させた。
正装に袖を通し、鏡に向き合うといつも通り……と思っていたが少し表情が間抜けだ。
気を引き締めるために頬を叩き、改めて鏡と向き合う。
……うん、上出来だ。
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無理だ
トーガはものすごい勢いで開いていた日記帳を閉じる。
その表情はどこか気恥ずかしそうに、頬を染めていた。
直ぐに日記帳の表紙に目を向けると、トーガは自然と突っ込みが湧いてくる。
その突っ込みをなんとか声に出さないように心の中で唱えながら、トーガは顔を百面相させていた。
なにこの、見てるだけで体が痒くなる日記帳は!?
日記!?日記なのよね!?ならもうちょっと書き方ってのがないかしら!?
なぁにが「小鳥のさえずりが……」よ、こちとらこの日記のせいで耳鳴りがしてきたわ!
しかも「うん、上出来だ。」ってなんなの!?
一行間を開けて決め台詞かなにかのつもり!?頭痛がするわ!
そもそも文字を書き間違えてるのよ、なに「思い瞼」って!
カッコつけるならせめて書き間違えるのやめなさいよ!?その間違いが余計に恥ずかしさを際立ててるのよ!
特級呪物、落としてんじゃない!
てかそもそもこの勘違いするような豪華な表紙を今直ぐやめろ!
いつのまにか立ち上がっていたトーガは、ハッと我に帰ると、そのまま頭を抱えて椅子に腰を下ろし直す。
そして、この日記帳を持ち主に返すべく、誰のものなのかを冷静に、あくまで冷静に考え始めた。
まず邸にいる私以外の人物、また邸に足を運んだ人物を思い出しましょう。
パッと浮かんだのは、お母様、モロネ、ユゥ、シグ、ボット。この五人だった。
お母様とモロネは文字を書けるし、なんなら綺麗な文字だったはずなので自然と除外。
ボットの言うことが本当なら、彼は野宿のはずだから、カーテンなんて小洒落たものはないはずだから彼も除外。
……案外直ぐに、二つの選択肢に絞れた。
「……」
選択肢の中に残った二人は、最近うちで働くようになったユゥとシグだった。
そして、その二人のうちどちらの日記帳か、というのは日頃の行いで無理矢理決定付けられる。
普段から仕事ができて真面目なユゥ。
目を離すとすぐにサボるし嘘泣きするし、食い意地を張っているシグ。
「まあ、シグのって考えるのが妥当よね」
トーガはそのまま目を閉じると、すんっとため息を吐いた。
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「いいお湯だったねー!」
「シグ、髪拭いてから布団に寝ろよ」
「うーん!」
今日も邸での仕事を無事に終えた兄弟は、薄暗い廊下でランタンを持ちながら自室に入った。
元気な返事と共に、シグは髪を濡らしたまま勢いよくベッドに飛び込む。
呆れた様子のユゥは、そっとそのランタンを壁にかけると、ふと机の上にある一冊の本を見つけた。
ワインレッドの背表紙に金色のラインが入った豪華な見た目の本を見るなり、ユゥは壁にかけたランタンをまた持ち、机に向かう。
そしてその本を捲った。
「内容に首を突っ込む気はないけれど、もう少し文字は綺麗に書いたほうがいいわよ。」
「誤字には注意なさい。 トーガ」
日記の内容を書いている字とはまるで違う、整った綺麗な文字で、ご丁寧に自身の名前まで書いてある注意書きを見るなり、ユゥはそっと本を閉じる。
ふと、ランタンの灯りがカタカタと揺れていることに気がついたシグは顔を上げると、心配そうにユゥの方を見た。
「ユゥ兄どったの?湯冷めー?」
何気ないシグの質問に、ユゥはビクッと肩を跳ねさせる。
そんな様子のユゥにシグは首を傾げる中、ユゥはふるふると震えながらシグの寝ているベッドへと首を向けた。
「っ、お、おぉ。湯冷め、ゆざめ。」
「……顔赤いよ?」
「あつく、てな。はは」
……さて、この日記帳は一体誰のだったのか。
番外編・頭痛のする日記帳【完】
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