贋作の右腕
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「おおっ」
歯車が細々とした音を立てて組み合い、回っている。
自分の意思の通りに動く新たな右腕を目の前に、トーガは感動の声を漏らした。
「ははは、すごいすごい」
「ちょ動ききも」
実際に生えているわけではないからか、くるくると絶対に曲がらない方向にも回ってくれる右腕。
そんな動きを見て距離を置くシグを軽めに小突き、嘘か実か溢れる涙を横目にモロネの方へと振り返る。
この義手を包んでいた布を丁寧に畳みながら、モロネはトーガの意思通りに問題なく動いている義手を見るなり、安心したように肩を下ろしていた。
「ピュリフィ・フェスティバルが終わってからすぐに国のはずれに居る贋作家に頼んで作ってもらった物です。動くようで安心しました」
「贋作……」
「はい、実物は数千年前の義手で、それのレプリカだそうです。」
ふうん、と声を漏らすトーガ。
贋作、と聞いたときには少々不安であったが、問題なく動くし体にも特に違和感なし。
強いて言うならもう少し地味目なデザインが良かった、と頭の隅で考えて、改めて自分の新たな右腕を見つめた。
剥き出しの複数ある歯車に、それに繋がる無数のパイプ。
肩と肘の部分には関節用か、一際大きな歯車がでかでかと存在を主張している。
それらはトーガが指や手を動かそうとすると、歯車同士が擦れ合う「カチャカチャ」という音と共に時にゆったりと、時に素早く動いていた。
……なんだか、こういう大雑把なデザイン、どこかで見たことがある気がする。
思い出せそうで思い出せない、ううんと唸りながら右手を顎に当てて悩ましい表情を見せる。
顎に当たる義手のひんやりとした感覚は新鮮であり、少しばかりではあるが脳を刺激した。
が、だからすぐにこの既視感の正体が分かるわけでもなく、ボットの居場所が分かるわけでもなく……
「利き手あるだけでだいぶ違うものね、勉強が捗りそう!ありがと、モロネ。」
「……」
「じ、冗談よ」
実際、冗談など言っている場合ではないのだろう。
目の前のモロネは呆れたように目元をじとーっと細めている。
そんなモロネを見て、頬に汗を伝わせると、トーガは両の手をゆるやかに振り、笑ってみせた。
「安心してちょうだい、そんな簡単に死んでたまるものですか。」
それに……
トーガはそっと目を閉じる。
瞼の裏にチラつくのは、大好きな父の姿。
「大切な人がいなくなる辛さは、誰よりも知ってるつもりだから。そんな思い、絶対あなた達にさせないわよ!」
贋作の手を突き出し、二本の指を立てる。
ちょきちょき、と指を合わせて見せるとモロネは呆れたようにため息をついて、そして笑うのだった。
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「なら旅支度の用意をさせてください」
モロネはそういうと、何処からか手際良くキャリーバッグを取り出し、トーガの衣服を詰めていく。
ユゥやシグがいる目の前で下着を鷲掴み詰め込む様子を見て、トーガは「流石ね!それでこそうちの使用人よ!」と喜び頬を染めていた。
だが、未だ納得のいっていない者がこの場にいる。
不貞腐れたように俯き、ただ拳を握っているユゥと、そんなユゥを見て困ったように眉を下ろしているシグ。
そんなシグとユゥを見てか、トーガは呆れたようにため息を一つこぼすと、荷物をまとめているモロネに視線を向けたまま、腰に左手を腰に当てながら、贋作の右手の人差し指をぴっと一本たてて、言葉を発した。
「あらああー?うちの使用人ってモロネだけだったかしら?ちょっと私記憶が危ういかもしれないわー!」
あえて彼らに聞こえるように言っているそれは、本当に腹の底から出している声なのだろう。
シグとユゥの耳には当然はっきりと入ってきたし、モロネも一瞬だが手を止めた。
「ちょっと思い出してみるわね?えっと確か、うちにはすごく物分かりのいい使用人があと二人いたはずなの!誰だったかしら〜」
ちらり
まるで何かを期待するように兄弟を見つめ、また視線をモロネに戻して「あれー?」とわざとらしく声を上げる。
それを何度か繰り返していくうちに、痺れを切らしたように大きなため息をついたのはユゥだった。
呆れたようにガシガシと頭を雑に掻くと、素早くその場を飛び出す。
「えっちょ、ユゥ兄!?」
シグが慌てた様子でその場に立ち尽くしていると、意外とすんなり戻ってきたユゥの手元を見て、ギョッと目を見開いた。
ユゥの手元にあるのは、これでもかと言わんばかりにたくさんある長期保存の効く食事と、容器に入った水。
それらを一旦地面に置くと、トーガがいつも利用している鞄を掴み「失礼します」と言いながら中身を引っ張り出していた。
「食糧関連はこちらに入れるんで勉強道具は全部出しますからね」
「……ありがとう!助かるわ!」
……え、なにこの以心伝心みたいな感じのやつ。僕だけ置いてけぼり?
困惑しているシグの目の前では、テキパキとトーガの長旅になるであろう荷物の準備がされていく。
モロネに関してはもう詰め終わっており、トーガにキャリーバッグの中に詰めたものの説明をしていた。
シグは一人俯いて考えた。
ここに来る前の自身の身寄りのない生活の日々と、ここにきてからの暖かな毎日。
トーガも、ボットも、シグも、ユゥも皆が笑顔を見せる日々。
トーガが深い眠りについた時は、その暖かい毎日が欠けるんじゃないかと心が騒ついた。
トーガが目を覚ました時には本当に安心した。
けれど、その時にはボットが何処かへ行ってしまった。
楽しい毎日が欠けるのは、どうしても辛くて、でもこれ以上欠けるのは怖いからどうしても踏み出せなくて。
気がついた時には、涙をぽろぽろと流しながらシグはしゃくりをあげていた。
「うっうう〜〜〜〜!」
「え!?待ってよシグ泣かないでちょうだい……!」
唸るように泣き出すシグ。
そんなシグに気がついたトーガは、ギョッと目を見開くなりわたわたと手を動かす。
が、慌てふためくトーガのことは知らんこっちゃない。
一度ぬるま湯に浸かってしまった、心地よさを知ってしまったから、もう辛い思いはしたくないと心の底から思ってしまったのだ。
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