空振りの行方は
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カチャカチャ と食器とスプーンが擦れる音がトーガの自室に響き渡る。
余程お腹が空いていたのか、いつものトーガとはかけ離れた食べ方をしていた。
荒々しくスープを掬い、口に流し込む。
追い討ちをかけるが如く、カットされているフランスパンにかぶりつくと、リスのように頬を膨らませた。
「ン〝ッ!!」
「ちょ、大丈夫!?」
「そんなに焦らないで下さい、ほらお水」
喉に詰まらせたのか、途端に青い顔をしたトーガは苦しそうに胸元を叩く。
隣にいたユゥから水の入ったグラスを受け取ると、ごくごくと飲み干した。
グラスにたっぷりと注がれていた水はわずか数秒で空になり、そのグラスを勢いよく机に叩き置く。
ダァン! と大きな音が鳴り響くと、トーガは安心したように声を漏らしながら、胸を撫で下ろした。
「久しぶりのご飯なんだもの、ちょっとくらい多めに見てほしいわ!」
ナプキンで口元を拭うと、トーガはむすっとした表情で眉を上げる。
「そりゃそうでしょうね、眠ってから二週間以上……と言ったところでしょうし。」
「えっそんなに」
「学校の方もこちらから連絡を入れてお休み扱いになってます。」
二週間寝たきり。
ユゥの口から出た一言を聞くと、自然とこの異常な空腹にも頷ける。
むしろ二週間飲まず食わずでよく生きていられたものだ、だなんて脳天気に考えていた。
ぱくり スープの具材であるブロッコリーをスプーンで掬い、口の中へと入れる。
もごもごと頬張ると、トーガはふと思ったことを口にした。
「可笑しな事言ってるみたいだけれど、寝てる時は空腹なんて一切感じなかったのよね。むしろ昼夜しっかり食べてたから満腹感があったぐらいよ。」
「……あー」
「ちょっと、人を可笑しな奴みたいな目で見ないでちょうだい。」
じとっ とトーガはユゥを見つめる。
顎に手を当て、声を漏らしたユゥの視線が馬鹿にされているように感じたのか、トーガはユゥに叱言をぶつけた。
だが、どうやらユゥはトーガを馬鹿にしたわけではない様子。
「いや」と、トーガの発言を軽めに流すと、そっと何かを持った右手差し出してきた。
その手には、一枚の見覚えのある写真がつままれている。
「これ……」
「ああ。トーガお嬢様が眠りについた日に書斎に落ちていたものです。今は至って普通の写真ですが、トーガお嬢様が起きる前まで、写真に貼り付いていたものがありました。」
「なんだっけ?時間がどうだとかなんだとか〜……」
「_____時の付箋、な。」
思わず、「え」だなんて間抜けな声を漏らす。
そんなトーガの様子を見てか、ユゥは口を開いた。
「ボットが見つけたんです、この写真と……あとこれ。」
そう言いながら、ユゥの手元に持たれているのはとある一冊の本。
その本はトーガにとって記憶に新しいものであるが、記憶に見たものよりも随分と古びていた。
ユゥの手元にあるのは、英雄の欠片についてが書かれている、あの時の付箋の世界にも出てきた本だったのだ。
あの世界で見た姿よりもずっと古びている本を見て、トーガはあれは本当に過去の記憶を頼りに作られた世界だったのだな、と改めて思う。
が、その後すぐに浮かんだ言葉をユゥに向けた。
ずばり、なんでボットがこの本を?というまあ普通な疑問である。
「あのせっかち馬鹿が書斎から見つけてきたんです。」
「そうそう!トーガは俺がタスケルンダー!って言ってさあ!」
「書斎全部ひっくり返すんだもん、後片付けするこっちの身にもなってほしいよねえ」と、言いながら体を大振りに揺らしてジェスチャーをしているシグ。
目元にはお得意の嘘泣きの涙が浮かんでおり、少し潤んでいるようだ。
「あら、じゃあボットはどこに?」
話を聞くに、心配してくれていたのだろう。しかも自身を助ける術を探してくれていたのだからお礼の一つ言いたいものだ。
……まあ、探し回ったあと始末はこの2人がやったのだろうが。
目に見えてげっそりとし、肩を下ろす2人に視線を向けると、思いもしない返答が返ってきた。
「……いや、今どこにいるかは」
ユゥは言葉を詰まらせ、気まずそうに視線を揺らしている。
もしやボットになにかあったのでは?
真っ先に不安が頭に浮かぶ反応をするものだから、トーガの体からサアッと血の気がひいた感覚がした。
「あいつ、書斎でこの本見つけてから様子が可笑しかったんです。」
___……まるで、別の目的ができたみたいな。
「っおい!部屋こんなにしやがって!誰が掃除すると思ってんだ!?」
「ああ、悪い……悪い。」
ユゥはその日、廊下を走るボットを追って書斎に顔を覗かせたそう。
本が散らかり、台風でも通ったのではと思えるほどの大惨事っぷりにユゥはそれはもう怒った。
だが、それに対するボットの返事はあまりにもあっさりしている……というか何か思い詰めているかのように物静かだったそうだ。
「……これ……マジなら」
ボソボソと口元を動かしながら、見つめていたのが、どうやらこの本であり、なおかつ時の付箋に浮いて書かれたページだったそうだ。
「……なんか見つけたのかよ?」
ボットのいつに見ない反応に驚いたユゥは、散らばっている本を避けながらボットに近寄る。
が、ボットが次にした言葉は、思いもしない言葉だった。
「悪い、俺出るわ」
「は!?」
なんと、一切の説明なく飛び出してしまったのだ。
ユゥの避けて歩いた努力も虚しく、踏み潰されていく本が、ぐしゃ と音を立てる。
そうして飛び出してしまったボットは戻ってくることなかったそうだ。
もしかしたら、トーガを治す方法に検討がついて出ていったのかもしれないが、どうもそんな雰囲気には感じ取れない。
話を聞くにただ事ではないボットの変動っぷりに、トーガも思考を回した。
……が、時の付箋が関係ある可能性がある、それぐらいしかヒントが無く、トーガはそっと目の前の具沢山のスープが入った皿を見つめた。
瞬間、スプーンを力強く握ったかと思うと、最初がっついていた時と比にならない程に急いで食べ出したではないか。
突然の行動にユゥとシグは驚き、目を見開いているが、そんなことお構いなし。
あっという間に残っていたスープを完食すると、勢いよく椅子を引き、視線を上げた。
「ボットを探しに行く」
「……はあ!?何言ってんだ!?どこにいるか全くわかんねえんだぞ!?」
「しらみ潰しに探せばいいじゃない」
「しっしらみ潰しって時間いくらあっても……!」
「何十年かかっても探す」
「っっぐ」
何を言っても「探しに行く」の一点張りになってしまったトーガに、ユゥも言葉を詰まらせる。
ぐぐ と喉を鳴らし、睨み合いを続ける2人にシグが慌てていると、トーガの自室の扉が開いた。
そこには、割れたティーセットを片づけ終えたモロネが立っており、手には何やら布に包まれた物を抱いている。
律儀に扉を閉めると、モロネは揉めている2人に歩み寄った。
「諦めなさいユゥさん、トーガお嬢様はこうなってしまうと聞かないのです。」
「でも」
目に見えてわかる、トーガが心配なのだ。
今回運が良かっただけ、次は死んでしまうかもしれない。
無茶して死にかけたトーガを見たことがある以上、そう思うのは至極当然である。
だが、トーガはもう止まっている気など無かった。
双方に視線をやり、モロネは呆れたようにため息をつくと、トーガの方を見つめた。
「トーガお嬢様、これは約束です。絶対に無茶しないでくださいませ」
「無理ね、無茶しなきゃ大抵のことはできないもの。」
「……はぁ……。」
困った人に仕えてしまったものだ、モロネはため息を吐く。
手に持っている物に八つ当たりをするかのように軽めに布を脱ぎると、ギュッ とシワが寄った。
「では、変えましょう。絶対に、生きて返ってください。」
「善処するわ、死んだらボットを見つけれないものね。」
「トーガお嬢様、Yesと答えてください。そうでないとこちらも心配で送り出せません」
「あら、そんなことでいいの?じゃあYes。早くそこを退けて頂戴?」
本当に困った、この人は本当に無茶をする。
勉強に時間を費やし、徹夜を繰り返しで体調を崩したのを何度も見てきたのだ。
だが、モロネ自身が言ったように、彼女は一度言うと絶対に人の話を聞かない。
絶対に無茶をする。
モロネは呆れたように頭を抱えると、そっと持っていた布に包まれた物を差し出した。
「では、これを。」
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