目を覚ませば
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すうっ……暖かなシーツの香りを、鼻の側で感じる。
一体何時間、何日間閉じていたか分からない瞼を開けるとチカチカと明るい光が瞳をやんわりと刺激した。
「あかり……?」
朧気な意識の中、目元を左手で拭う。
暖かい布団から体を起き上がらせると、そっと目を開いた。
「……えっ」
___……カーテンが、開いている。
真っ黒なカーテンが、窓の両端までぴっちりと開き切り、内側にあるレースのカーテンが風に煽られて靡く。
窓も開いている様で、ふんわり と草木の風も香った。
「なんで……」
外の光が窓から入ってくる。
久しぶりに肌で直接感じた太陽の暖かさに、思わず目を見開き呆気に取られていた。
がちゃん!
窓の外を見つめていると、突然ガラスが割れた音が聞こえる。
慌てて我に返り、音のする方へと振り返ると、そこには目を見開いてその場に立ち尽くしているキャスケットを被った少年がいた。
ぼうんぼうん……と、シルバートレーが床で波打ち、それの上に乗っていたであろう透明なガラスのポットと、グラスが地面で割れている。
ポットに入っていたであろう水が水溜りを作っていく中、キャスケットを被った少年……シグは大きく口を開いた。
「っ」
口をぱくぱくと開いたり閉じたり、人差し指でトーガを指差し、その指先をワナワナと震わせる。
「っわ、わ」
足をガクガクと震わせ、小刻みにヒールの音を立てたかと思うと、きゅっ と間抜けに体を回して部屋から走り去ろうとした。
が、水溜りで足を滑らせて更に間抜けに転んだ。
「あでっ」
膝を水で濡らしながら、ツルツルと足元を滑らせその場で少しずつ動き、廊下へと飛び出すと、ドタドタとその場を走り去った。
「と、とととっと、とが、とがああああたぁーーーーーーっ!!」
トーガは唖然とシグが走り去る姿を見つめる。
そんなトーガと同じ様に、走り去るシグの後ろ姿を見つめている少年がいた。
その少年は、相変わらずの弟の奇行に呆れながら、ふと破片と水溜りが広がっている部屋が、何処の部屋だったか思い浮かべる。
……そうだ、あの部屋は
「っトーガ。」
おんぼろなマフラーを揺らし、どたばたと廊下を駆け出す。
開きっぱなしの扉へと乱暴に手をかけ、部屋の中へ身を乗り出すと、紫色の瞳にはベッドに座っているトーガが写っていた。
「っだ」
踏み出したかと思えば、弟同様、水溜りに躓いてその場に転んだ。
ばちゃん!と大きな水音が聞こえ、驚愕した様子のトーガが目を見開く。
トーガの視線の先には、地面に肘と膝をついたユゥがいた。
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「トーガ様が!?」
「そうなんだよ!トーガの亡霊がトーガの体からぬぅ〜って!で僕びっくりしてずっこけてそんで……!」
「なにを言っているのです!」
ジュラルド家の邸内、だだっ広い廊下を走る影が二つ。
その走り方はどこか忙しなく、向かう場所はただ一つであった。
シグはあの後、膝を濡らしたまま腰を抜かしそうになりながら、何処かを掃除しているはずのモロネを探して走り回っていたのだ。
トイレや書斎、使われていない空き部屋、青々とした庭に庭の倉庫内、様々な場所を身漁り、ようやく見つけた場所は食堂。
食堂の大きな机に置かれた花瓶に生けてある花を取り替えていたモロネは、ぶっきらぼうに開いた扉を見て驚いていた。
目を見開いて扉の方を見つめると、そこには衣服をボロボロにした挙句、顔を真っ青にしたシグがいたのだ。
上に語るは意味不明な言葉の数々。お化けだ亡霊だなんだ等。
しかし、シグの言葉の中から一つ、「トーガ」という言葉を聞いた。
結果、その一つの言葉だけを当てにモロネはトーガの寝ている自室へと向かったのだ。
普段なら廊下を走るな!と叱る立場であるモロネだが、支える主の娘の為、となると話は別。
丁寧に拭って綺麗にしたばかり廊下を走り、汚しながらトーガの部屋に向かう。
すると……
「ユ、ユゥ兄が死んでる!」
「死んでねえに決まってんだろダァホ!」
入口の水溜りに足を取られ、見事に転んでいるユゥの姿があった。
唖然と部屋の中を見つめていたユゥだったが、弟の声を聞いて意識を取り戻した様子。
「生き返った!」「あんたちょっと黙れ!」
といった茶番を余所に、モロネはトーガの部屋へと顔を覗かせる。
するとそこには、死んだ訳でもなく、亡霊になった訳でもない至って普通なトーガが体を起き上がらせていた。
ずっと眠っていたこともあり、だいぶ体が鈍っているのか、肩をコキコキと鳴らしている。
「あ!モロネ良かった!丁度いいところに!」
ぐぐ〜 っと心地よく伸びをし、そっと息を溢したトーガは、入り口に立っているモロネを見ると、ほっと安堵のため息をした後モロネを呼ぶ。
トーガの身を心配して駆け出してきたモロネの瞳に写っているのは、他でもない元気そうなトーガであった。
「何も口にしてないからかお腹すいてしょうがないのよ、何かない?」
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