トゥルーエンドへ
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バグに染まっている指先を、ハンスは驚いた様子で目を見開いて見つめている。
その後、すぐに我に返ったのだろう、ハッと声を溢すと、両手を広げてトーガに語りかけ出した。
「トーガ!トーガなんだろう!?無事で本当に良かった!」
「ねえ」
「怪我はないか!?その格好はどうしたんだ!」
「ねえ」
「こっちにおいで、お父さんが抱きしめてあげよう」
「おい」
まるで感動しているかのように目尻に涙を溜めて、頬に伝わせる。
そんなハンスを見るなり、トーガは言葉を遮り、ギョロリと睨みを効かせた。
「私は君に聞いてるの、一体いつまで、こんなしょうもない小芝居見せるつもりなの」
じわり
指先にバグが滲んでいく。
何度経験しても慣れない痺れに、トーガは少しだけ声を震わせながらただ一点だけを見つめていた。
「な、何を言っているんだトーガ?一旦落ち着……」
「落ち着くのは君じゃない?顔、崩れてるわよ。」
壊助
トーガがこぼす様に呟くと、伸びる左手の指先から、紫色の閃光が一直線に飛び出していく。
この生気が一度に抜けていく感覚を体験したのはかれこれ四度目……だったろう。
だが、未だ慣れない。
一先ず、指先の痺れが抜けきったことを確認すると、そっとトーガは閃光の向かった方向へと視線を向けた。
そこには、粘土細工のように顔を歪ませているハンス……否、男の姿があった。
閃光が貫いたであろう男の右側の目元は、丸く穴が開いており、それを塞ごうと周りの皮膚がぐにゃぐにゃと蠢いている。
「……これじゃあ死なないのね、流石「軸」だわ。」
「……何故分かった?」
「出来損ないの無駄な努力、舐めないでちょうだい。」
___時の付箋。
記憶の持ち主の最も都合の良い、最も望んでいる記憶の中へと閉じ込めることのできる、今現在も貴重品として重宝されている、二つと同じものは存在しない「英雄の欠片」の一つ。
ピュリフィ・フェスティバルで厳重に保管されていた「暴食の本」も、「英雄の欠片」のひとつである。
書記に記されている二人の英雄が残したとされている貴重品であり、その一つ一つが事細かに本に書かれていた。
本、幼き頃から勉強に勤しんでいたトーガのために、と書斎に用意されていた沢山の本は、記憶を元に作られている物。
だからこそ「軸」が不利になるであろう情報が載っている本が並んでいたのだろう。
……そして、「軸」を倒す術は書かれていた物ではただ一つ。
トーガの目の前では、ボコボコと波打ちながら、開いた穴を塞いでいる軸が立っている。
そのままトーガは地面を蹴ると、軸に向かって飛び込む……
「流石、出来損ないは理解しているな」
「うるさいわね……!」
なんてことはなく、書斎の最奥へと駆け出していった。
向かう場所は、
___もう一つの「軸」の場所。
時の付箋には、二つの軸がある。
一つはこの世界を壊されまいと妨害をするラスボス。
そしてもう一つは、この世界を作り出す記憶の元となった人物。
この世界から脱出する術は、このもう一つの軸を壊すことだった。
トーガは、先程殺した自分の死体を踏みつけ、書斎奥にある白い布へと手を伸ばした。
足元の肉片や血の池のせいで転びそうになりながら、軸からの攻撃をなんとか振り払い、トーガは力強く白い布を握る。
そして勢いよくその手を引くと、布に包まれていた額縁が顔を出し、眩く輝いた。
軸の攻撃である飛び交う本がバサバサと音を立てる中、トーガはあまりの眩しさに目を閉じる。
そのまま光に飲み込まれると、トーガはそこから姿を消していた。
___さあ、トゥルーエンドへ行こう。
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