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Error Load 〜隙間だらけの奮闘記〜  作者: 田代 豪
第四章 ピュリフィ・フェスティバル編
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その少女はうずまき



 人間なんて丸呑みしてしまう程の大きな体を持つウイルスは、暴食の本に勢いよく吸い込まれていく。

やがてウイルスを全て食い尽くした暴食の本は、べしゃり と潰れるように床へと突っ伏した。

 当然、暴食の本を包んでいた鎖を握っていたシグも引かれるように、地面に顔から激突。

鼻から血を垂れ流しながら、涙目で鎖を握っていない空いた左手で鼻の頭を摩っていると、またしても突然鎖によって引っ張られた。


「どぅええ!?」


 余りのことで間抜けな声を上げるシグをよそに、ピンと突っ張っている鎖の先へと皆の視線が向く。

あたりの唖然とした視線に嫌な予感を感じて、ギシギシ……と軋む様な音を立てながら首を鎖の先へと向けた……


 目の前は、荒い息遣いが頬に当たり、大粒の唾液が銀色の糸を引いている。

スゥ と大きな呼吸音と共にシグの髪の毛が少し吸い込まれると……


「グオオオオオォォォォッッッ!!」


 ぶるぶると舌を揺らしながら、シグの目の前で腹を空かせている暴食の本は咆哮を上げた。

耳鳴りが酷い、シグは視界を歪ませながら目の前の危機から逃げ出そうと足りない頭を回す。

……だが、何も思い浮かばなかった。


「シグ!!!!」


 視界の端では、失血により気絶したトーガと、トーガを心配してか走り寄るボットが見える。

だが、なによりもシグの視界にはっきり写ったのは……大好きな兄の表情であった。

 疲れ果てているのだろう、汗を飛ばしながら、バグにかかった右手を一生懸命に伸ばしている。

 だがしかし、もう間に合わない。


ここ最近、ずっと楽しいことばかりだったなあ。生きていれば、もっと楽しいことがあったんだろうなあ。

ユゥ兄とだって、ずっと一緒に居たかったのに……



「何この世の終わりみたいな顔してるのっ?」



 一言で言うなら、絶望。

顔を真っ青にして、鼻から血を垂れ流しながら瞳に涙を蓄えているシグは、「え……」と空気の抜けた様な声を出して、目の前に浮かぶ「うずまき」を見つめた。

 何を考えているか全くわからない、まるで命を宿してない瞳がぐるぐると渦巻く目の前の少女は、暴食の本の背表紙を支えると、そのまま勢いよく叩きつける。

べチンッ! と響く音と共に、暴食の本は地面に叩き落とされ、それを逃さない様にと少女は暴食の本にのしかかり、鎖を巻きつけた。


「うふふ、やっと手に入った!」


 鎖を揺らしながら、暴食の本を持ち上げて微笑む。

ゆるい微笑みを浮かべる頬には恋心を思い浮かばせる様な赤色が浮かんでいた。

 その直後、ユゥはシグのもとへとおぼつかない足取りで駆け寄り、そっと肩を抱き寄せる。

暴食の本を嬉しそうに揺らす少女に鋭い眼光を向けると、それに気が付いたようで、白い歯を見せながら笑ってみせた。


「大丈夫よお!今はなにもしないものっ!」


今は


 その言葉を聞いて、決して警戒心を解く様子を見せないユゥに、少女は困ったようで眉を顰める。

「信用ないなあ」と少女は言葉を溢しながら、余裕気に辺りを見渡すと、とある黒光りする輝きに目を止めた。

 するとどうだろう、少女はみるみるうちに頬を紅潮させたのだ。

突然のことに戸惑いながらも、シグとユゥは少女の視線の先を目で追う。


……その先には、



「私ってば運いい!」

「……は?」



 顔を真っ青にして気絶したトーガと、そのトーガを止血しているボットがいた。

トーガが来ている黒いローブは色こそ見えないものの、チタチタと血液を滴らせており、かなりの血液を吸い込んでいることが想像できる。

 ぽっかりと無くなってしまった右腕から未だ止まることを知らない血をなんとか止めようと、ボットは背負っていた鞄の持ち手をちぎり、傷口を塞いでいたのだが……

 それをまるで見えていないかの様に楽しそうな笑みを浮かべて近づいてきた少女に、ボットは多少なりとも苛立ちを覚えた。


「サイッコー!欲しいものが一度に2個も手に入るなんて!」

「……なんだ、おまえ」


 欲しいもの、というものがなんなのかはわからないが、確実に少女の視線はトーガに向いている。

ボットはトーガをがっしりと抱き寄せると、少女は瞳の中に渦巻く「うずまき」をぐるぐると回転させた。


「そうね、自己紹介は大切だわっ!私は……そうね、うーん……」

「困ったわ、私、自分には一切興味がないから名前なんて大層なもの、持ち合わせてないの。」

「でも欲しいものの為だわ!なんとか捻り出さなきゃっ!」


 一人で体をくねくねと揺らしながら、少女は暴食の本に付いた鎖の音を立てる。

しばらく唸っていると、何かを思い付いたようで、勢いよくボットの方へと体を向けた。


「いいもの思いついた!ウズマキ!ウズマキなんてどう!?丁度個性的な目だって持ってるんだしっ!」

「いいわあ!私、ウズマキっていうの!初めまして!仲良くしましょうっ?」


 そう言って、笑みを浮かべながらウズマキは手を差し伸べてくる。

何事かとボットが顔を顰めていると、次の瞬間ウズマキはトーガの左手へと手を伸ばし出したのだ。

その左手には、しっかりと父の形見である万年筆が握られている。

 ボットはその万年筆のことを詳しく聞いていた訳ではないが、初めて出会ったあの日からトーガが大切そうにしていたものであることだけは覚えていた。

弾む様な鼻歌と共に、ウズマキが万年筆に触れると、その手をがっしりとボットが握る。


 そして、放せ と低い声を響かせた。


「やだ怖い、いいじゃないの、この子どうせ死ぬわよ。そしたらいらないじゃないの」

「うるせえ。絶対死なせねえ、死なせるつもりもねえ。その手を放せ」


ボットの言葉を無視する様に、ウズマキは手を動かして万年筆を取ろうとする。

 だが、トーガの手は意地でも万年筆を手放そうとしなかった。

……すると、どうだろう。

先程までウキウキと肩を揺らしていたウズマキの様子が、変貌したのだ。

 瞳の渦巻きがぐるぐると回転し、大きく見開いている。

「殺すわよ」と低い声を捻り出したウズマキは、トーガの手を握っている手に力を込め始めた。


 赤黒い霧のようなものがトーガの手に出されたが、それを万年筆が吸い込んでいく。

それを見たウズマキは、目を見開いて、すっかり機嫌をなおしたように微笑みその場で足踏みをしだした。


「そうだったわいけない!この力は「竜の万年筆」には効かないんだったわ!」

「てことはやっぱり本物なのねやったあっ!」


 ぴょんぴょんと軽い足取りで弾み、ふわりと浮かんだスカートの中に暴食の本をしまう。

その後、ぺたぺたと素足を数歩進むと、軽めに飛び上がって宙に浮き上がった。


「しょうがないし次の機会を狙うわ!今回はこれだけで我慢してあげます!」


「ばいばいっ」軽く手を振ると、ウズマキはフードを深く被り、そのまま布取り戻したトーガはに体を包ませ、丸ませる。

 するとみるみるうちに丸ませた体が縮んでいき、やがてその場から姿を消した……





 すん と鼻のそばを甘い香りが漂う。

それにより意識を取り戻したトーガは、重い瞼をゆっくりと開いた。


 暖かく、柔らかな布団に包まれているトーガの視線には、見覚えのある天井が見えている。

寝起きということもあり、しばらく呆然と天井を見つめていると、ゆっくりと記憶が戻ってきた


……特訓して、できる様になって……それで、今日が本番……


「ピッ!ピュリフィ・フェスティバル!!」


 そうだ、ピュリフィ・フェスティバル本番当日、突如現れたウイルスを倒した瞬間、意識を失ってしまったのだ。

慌てて勢い良く体を起き上がらせると、ズキリ と痛みが身体中に響き渡り、布団に突っ伏す。

 当然ながら生え戻っているはずもない右腕のなくなった右肩を抱き寄せ、身体を震わせた。


「!トーガ!」

「うぉわっぶね!」


がちゃん!


 なにか食器がぶつかり合う音が聞こえる中、バタバタと駆け寄ってくる慌ただしい足音も聞こえる。

突っ伏していることもあり、姿は視認できなかったが、聞こえた声ではボットであることが想像できた。


 駆け寄ってきたボットに支えられながら、そっと身体を起き上がらせると、心配そうに眉を下ろしているボットと、部屋の入り口で立っているシグとユゥがいた。

 ユゥの手元には、銀色のトレーに乗ったティーセットと何やらお菓子が乗っており、恐らくこれらを落としそうになり聞こえた音だったのだろう。


「トーガ大丈夫か?」

「大丈夫じゃない……」


 近くの机に置かれていたコップに水を汲み、一粒の薬と共にボットは差し出してくる。

「はい、痛み止め」そう言われると、トーガはそっと受け取り口に含んだ。



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