拍手喝采、大歓声!
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ようやく日が顔を見せ始めた早朝、今年もピュリフィ・フェスティバルの開催を祝う花火が鳴り響く。
バンッバンッ ピュリフィケーションの門が開かれ、様々な屋台が並び鮮やかになっている様子を覗く、ひとりの少女がいた。
空に浮かんでいる少女は、瞳の中に宿る渦巻をぐるぐると回して口角をあげている。
まるで、この時を待っていたかのように頬を染めて笑う少女は、透明な付箋が沢山付いている本をパラパラと捲り始めたのだった。
「さって!どれにしようかな!」
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ピュリフィ・フェスティバル、無事開始できるらしいわね、おめでとうありがとう。
……で、私はどうすればいいのかしら。
ウキウキと肩を揺らし、明日を楽しみに帰宅。その後、頬を桃色に染めながらお風呂に入って野宿で泥だらけになった体を綺麗にした。
さて本番当日遅刻なんてしたらいけないわ!早く寝ましょう!
確かに寝たわね、「寝転がった」という意味なら、ね。
布団に入った後、恥ずかしいことに楽しみすぎて眠れないという子供じみたことをやらかしてしまったトーガは、目の下に隈をくっきり付けている。
睡眠を取れていない疲れきった脳にガンガンと響く花火の音がトーガに苛立ちを感じさせていた。
おまけに並ぶ色鮮やかな屋台が目に優しくない、トーガは眉間にシワを寄せたまま、紺色のローブを揺らしている。
「……とりあえず教室行きましょう」
あらかじめ配られていた予定表には「何時になにをやる」「何時に解散」といったいった雑な内容しか書かれておらず、なにをすべきか全くわからない。
「8時に現地集合」現地って何処だよドアホ。
もう少しまともな予定表書けなかったのかしら、そういうと軽めのため息をついてトーガは教室への足を進める。
そんな時、ピュリフィケーション内に校内放送が鳴り響いた。
「出場生徒は校舎前に速やかに集合、十五分前行動を心がけましょう」
「繰り返します、出場生徒は速やかに……」
校舎前ね、なるほど。
両の頬を力任せに叩き、トーガは足速に校舎前を目指す。
校舎にある大きな時計の針は、七時四十分を指していた。
……
「トーガ・ジュラルド。放送を聴いていなかったのですか?十五分前行動を心がけなさいと繰り返して言っていたはずです。」
「……」
激しい息切れの中、トーガはただひたすらにイライラとしていた。
じゃあもっと早く放送しなさいよ、なによあの雑な予定表は。
目の前で口先を尖らせて叱っている教師の顔面に予定表を叩きつけてやりたいが、なんとか堪えて顔を俯かせる。
今顔をあげたら確実に不機嫌な顔をしているからだ、今は耐え時である。
今日までの一週間、努力を惜しまずにしてきたのにも関わらず、当日になにかをやらかして退場なんて御免だ。
やがて教師のお小言は終わり、皆が綺麗に整列をして真正面を見つめる。
なんだ、なんの話も聞いてないわよ?どういうこと?
トーガの思考に疑問しか浮かばない中、様々な楽器のファンファーレが鳴り響いた。
「出場生徒入場です」
待ちなさいよ聞いてないわよ、嫌がらせもいいとこじゃない。
聞こえたアナウンスに慌てて耳を傾けると、整列している生徒の間に不自然に一人分空いている隙間があり、トーガは入り込む。
恐らくあっているのだろう、そう信じるしかない。
見様見真似で足踏みをし、ファンファーレが流れる道を進んで、無駄に金のかかっているであろう豪華なアーチを潜った。
うおおおおおおお!
拍手喝采、大歓声。
ファンファーレがかき消されるのではと思える程の観客たちの歓声の中、出場生徒であるトーガたちは綺麗に揃った足音を立てている。
先頭に立つ者が足を止めると、皆が揃って足を止め、自分たちが立っているグラウンドをぐるりと囲む観客席を見つめた。
なんだかんだ皆緊張しているのだ、中等部になりはじめての人前に立つビックイベント。
少し前まで自分たちも毎年楽しみにしていたものに、出場生徒としているのだから。フルフルと体を震わせ、観客の目を気にしている。
そんな中、灰色の髪を揺らす一人の少女のみ、とある一点を見つめていた。
「……お母様?」
一際豪華に飾られている席、そこに座っていたのは確かにトーガの母親である「シエル・ジュラルド」だったのだ。
どこか虚な目をし、ただただ黒いドレスに身を包んでいるうえ、あの豪華な席である。嫌でも目に入るだろう。
邸から出てくるだなんて、珍しい。
「続きまして、校長のお言葉」
松葉杖を突きながら、一人の老人が壇上の上に立つ。
地面につくのではと思うほど長い髭を揺らしながら、壇上の上に置かれているマイクに手を添えると、スゥと息を吸い込んだ。
「静粛に」
瞬間、その場がシンと静まる。
緊張からソワソワとしていた生徒は勿論、歓声を上げていた観客すらも静まると、皆が校長へと視線を向けだした。
軽く会釈し、未だ緊張により体を強張らせている生徒たちに視線を向ける校長。
ぎょろり 鋭い視線は生徒たちの緊張を増幅させる。
そんな生徒たち一人一人を舐めるように見ると、マイクが小さなため息の音を拾った。
「皆様。今年も我が校、ピュリフィケーションにお集まりいただき、誠に有難うございます。本日は我が校を代表する催し、ピュリフィ・フェスティバルを無事に開催出来ましたことを心より嬉しく思います。
校門を潜りました先にあります校庭には、様々な国から取り寄せました料理を販売しておりますので、是非お楽しみくださいませ。」
「……さて、我が校の生徒たち。期待を裏切るなよ」
なんということだろう。
生徒たちを囲う観客たちにはとびきりの笑みを見せて話していたのにも関わらず、生徒たちには針のように尖った視線を見せていたのだ。
おまけにとにかく淡白な文面に、トーガを含む生徒たちは唖然と目を見開く。
ざわざわと不安からか話し声が聞こえる中、校長は一言付け加えた。
「君たちは人の命を救う壊助師になるためにここにいるのだろう?観客を、人々を不安にさせるようなことはけしてするなよ」
……そうよ、不安だなんだなんて言ってる場合じゃない。
その瞬間、辺りの空気がガラリと変わる。
ようやく、自分たちが守られる側でない事、救う側であることを理解したのだ。
トーガは、不安からか持ってきてしまった万年筆に込めていた力を緩める。
ローブの胸元に付いているポケットに丁寧にしまうと、先ほどとは打って変わった様に表情を変えた。
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__おおお!なんと!あの大きなバグを一瞬で治してしまいました!
__その後の手当も迅速で大変素晴らしいですね、彼らがプロになるのが今から楽しみです。
……
「金持ちって馬鹿ばっかなんだねぇ、こんな面白くないのやるんだもん」
「シグ」
校庭に並ぶ様々な屋台の真上、中に浮かぶスクリーンにはピュリフィ・フェスティバルの映像が大きく映されている。
これがまたつまんないのなんの、生徒たち本人は一生懸命頑張っているのだろうが、シグには全く理解ができなかった。
元々、シエルの付き添いとして来ていたシグとユゥだったが、ピュリフィケーションを目の前にしてモロネから「付き添いは私がしますので、せっかくですし楽しんできてください」と言われたのだ。
少しばかりのお金とピュリフィ・フェスティバルのパンフレットを手渡されその場で解散。そして今に至る。
ピュリフィ・フェスティバルのパンフレットを「二種類」手に持つシグは、口を塞がれる方にお金で買った串に刺さった肉をねじ込まれる。
なにこれ超うまい
数刻前まで本当につまらなそうにしていたシグは、肉を一口齧るなり頬を染めて幸せそうに微笑んだ。
その様子を見て安心したユゥは、そっとパンフレットを受け取り見つめた。
「……トーガ、間に合ってるといいな。」
「んー!そうだねえ」
二種類のパンフレット、といっても片方は予定表であるのだが、その予定表の書かれた内容が雑なこと雑なこと。
しかもこの予定表はトーガが学校から持って帰ってきた者だったのだから、それはもう驚いた。
シグの手で口元に持ってこられた串肉を齧るユゥは、不服そうにパンフレット捲る。
もう一枚はしっかりと事細かに予定や催しが書かれており、トーガが持っていた予定表との差に困惑した。
こんな予定表じゃあ何一つわかんねえじゃねーかよ。
眉間にシワが寄っていく。
そんな中、シグがスクリーンに映る見覚えある容姿に指を刺した。
「ユゥ兄、トーガ大丈夫そうだよ」
「え?」
そのスクリーンには、ガッチガチに緊張しているトーガが映っていた。
いやどこが大丈夫そうなんだよ
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