これが落ち着いていられるか
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森の草原を踏み、サクサクと軽い音が鳴る。
トーガとボットは実戦を求めてウロウロと目的なく彷徨っていた。
たまに木の根元に生えている花に目を付けてみたり、枝を軽く折って蜜を拝借したり。
勉強する際に読んだ本に書かれていたものに似ている、という単純なことではあるが、トーガは心を躍らせていた。
驚いたことと言えば、本では食用であるはずの植物が毒入りであると指摘されたことだろうか。
少し前の話で、ボットは「俺は野宿だからなあ」と言っていたこともあり、ボットに真実を知らされたときは自然と納得してしまった。
「その本古いんじゃねーの」
「まさか、この前図書室に入ったばかりだったのよ……?」
もしや酷似しているだけの別物なのではないか?
手元にある植物をマジマジと見てみるが、本に記載されていた写真と全く同じ模様があったため別物には見えなかった。
本の記載ミスかしら。
酷似しているか、記載ミスかどちらかしかないだろう。
今はどっちでもいいか。
もしかするとこの植物は世紀の大発見なのかもしれないわ!毒入りとは言われたが、せっかくなのでこちらも拝借しておきましょう。
「疲れたのか?休憩するか。」
「いいえ!大丈夫よ!」
呼ばれたことで焦り、鞄の一番近いポケットに植物を詰め込む。
そこには父の形見である万年筆が入っているのだが、しょうがない。
青臭くなってしまうかしら そう思いながらボットの後を追った。
ピュリフィ・フェスティバルまであと……
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リスやウサギの野生動物に驚いて躓いたり、たまに噛みつかれたり。
時には野生の熊に襲われたこともあり、大きいなり小さいなり怪我はせれども壊助能力が使える様子はなかった。
まだ初日だったのなら「まだ時間はある」と落ち着きを取り戻せるのだろうが、そうもいかない。
なぜなら、
「あの日から四日!なにもないってどういうこと!?」
「どうどう、落ち着けって」
「落ち着いてられるわけないでしょ……なにも出来るようになってないのに時間ばっかり無駄にしてる……!」
得られた経験といえば、ボットに教えてもらった植物類の正しい知識と、野宿の心得、昼間から歩き回っているおかげもあり体力がついたことだろうか。
体力がついたことは素直にありがたいし、正しい知識が付いたのもいいことである。
だが今欲しているものは体力でもなく知識でもなく、壊助能力なのだ。
生い茂っている草木に引っかけすぎたせいで所々がボロボロになっているシャツの裾を握って苦虫をすり潰したような顔をすると、ボットも困ったように眉を下げた。
「……ボット」
「うん、分かってる」
突然肌がビリビリと痺れるほどの殺気。
咄嗟に姿勢を低くして植物の後ろに隠れると、そっと顔を覗かせた。
「ド……テ。ドウシテ」
地面を這うほどの長い髪と、まるで細枝のような細長い四肢。
森の木々よりも背の大きなソレは手に長い刃物を持っている。
刃物は刃の部分がボロボロになっており、血のような赤色をしていた。
……。
「ボット、あれ」
「ああ、多分ウイルスだ」
刃物を引きずりながら歩くウイルスは、歩む地面に紫色のシミを広げながらブツブツと何かを呟いている。
それはよく聞くと、人の言葉のように聞こえた。
眉間に皺を寄せて、ウイルスの鳴き声に聞き耳を立てる。
「ウラギ……モノ。ウ……ノ。」
……裏切り者?
他は聞き取りにくかったが、「裏切り者」という言葉だけは聞き取れた。
一体何を裏切ったっていうんだ?まさかウイルスたちは皆組んで何かを企んでいるというのか?
その際になんらかの裏切りが発生した……とか?
なにはともあれ、待っていたチャンスがようやく現れた。
次いつウイルスと対面できるかなんて分からないし、そもそも時間がない。
このチャンス、絶対に無駄にするな。
「ボット、ごめんね無理言って」
「気にすんな!……ッ行くぞ!」
ガサッ 植物の陰から素早く顔を出し、ボットはその場を走り出す。
森の中を走り回るボットにぎょろりと睨みを効かせたウイルスは、歯軋りを鳴らすと咆哮を上げ、ボットを追いかけ出した。
太い木の根や、蔦を器用に使いながら避けるボット。
そのボットに攻撃を当てるべく、ウイルスは様々な動きをしていた。
ボロボロな刃物を振り上げ、木の根を叩き斬り、その木の根は腐る。
細い指先から伸びる爪が引っ掻き、地面を抉る、抉れた地面は紫色のシミを作っていた。
そして口から藤色の唾液のようなものを吹き飛ばし、木の幹を火傷のようにドロドロに溶かしている。
様々な攻撃の中、ボットが避け回る。
その頃、トーガは最初の植物の後ろで黙々と観察をしていた。
この中で「痛い思い」をするならダントツで刃物の攻撃を喰らうことだろうが、死んでしまっては元も子もないだろう。よって無し。
次に爪だが、抉り具合がここからではよく見えない。なんとか近くで確認できないだろうか。
足元を手探ると、一つの小石を見つけた。
小石を指でなぞってやると、その小石は第一関節程の大きさであることがわかる。
そうだ。
シュッ 小石を抉られた地面に向かって投げる。
かなり明後日の方向に飛んでいってしまったが、抉られた場所の近くには落ちたため、大体の大きさを確認できた。
……親指の太さぐらいの深さ……かしら。
傷として残りそうではあるが、これなら刃物でぶった斬られるよりはいくらかマシだろう。今のところこの攻撃を喰らうのがベストだ。
そして最後に唾液、くらった木の幹は火傷を負ったように爛れているが、実際に人間が皮膚に食らった際に同じようになるかはわからない。
だが、これなら抉れることも無ければ叩き斬られて体の一部が「さようなら」することもないだろう。
もうすぐピュリフィ・フェスティバルが控えているのだから、怪我は少ない方がいい。
……てか普通に考えて体が抉れるのもぶった斬られるのも嫌に決まってるでしょ!!!!
……なら、一つしかない!
「ボット!!!!そいつの唾液浴びたいから協力して頂戴!!!!」
「了解!!」
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