いたいおもい
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痛い思いをして初めて理解する、同じ目に遭い初めて出来るようになる。
そういいながらカッターナイフを叩いていたドロヤマは、いつのまにか武器を直していた。
目をキラキラと輝かせて、ピカピカに見違えたカッターナイフを受け取るボット。
ご機嫌にカッターナイフを振り回していると、突然トーガとボットの足元が浮いた。
「なに?」トーガは驚愕と目を見開いて引っ張られている襟へと視線を向ける。
「……くっっっっっさァ!?」
「しつ、しつれいなおまえダ」
襟を掴んでいたのは、ドロヤマの体の一部である泥だった。
どの部分だ、手か、足か、それとも口か。
とりあえず臭くてたまらないから離して欲しい。
そう思っていると、そのまま泥で引っ張られ、外に放り出されてしまった。
尻餅を付いたトーガと、直ったカッターナイフを大切そうに抱きしめたまま、うつ伏せに尻を突き出しているボット。
ニヤリ と文字通り口が裂ける程にドロヤマは笑っている。
「ソレはなおった。まえがみにどとくるな。」
「おくそこ、おま、おまえは「いたいおもい」をしろ。ビビるな!」
ききキききき……
笑いながら、放り出された場所にあったはずの穴が泥で塞がる。
唖然と見つめるトーガたちの視線の先には、ただの泥の山だけがその場に立っていた。
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「結局今日は逃げ回っただけだったな〜!」
「そうね……言っちゃ悪いんでしょうけど残念だったわ」
「オイオイ」
いたいおもいをしろ、というドロヤマの言葉。
迫るピュリフィ・フェスティバル。
最早どんな手を使ってでも壊助能力を使えるようになりたいトーガは、帰る道中ウイルスと戦えば使えるようになるのでは?と、素っ頓狂な考えをしていた。
……が、ウイルスは帰り道で襲ってくることはなく穏やかな風と空に輝く星々が綺麗に輝いている。
畜生、どうしろっていうのよ
街を出る際に潜った門が見えてきた、特に荒れ果てている様子はなく、平々凡々。
門の前にいる、白いピカピカの鎧を身に纏った警備員に頭を下げて、街の中へと戻る。
ピュリフィケーションの制服はほぼパスポートに近く、特に足止めを喰らうことはなく警備員の男性は優しそうに微笑んでいた。
あの優しそうな顔はあれだ、「外に勉強しに行ったのかな、勉強熱心で良いことだ」的なことを思っている顔だ。
帽子の影に隠れているトーガの表情は真逆で、眉間に皺を寄せていかにも不機嫌である。
そんなトーガを見て気まずく思ったのか、頬に冷や汗を垂らしながらボットはトーガの肩を叩く。
ギョロリ 睨みを効かせるトーガに驚いてボットは肩を震わせるが、すぐに顔を左右に振ってトーガに語りかけた。
「ま、まあ今日からめっちゃ頑張ればいいじゃん!そのピリなんちゃらってやつ、いつだよ?」
「……ピリなんちゃらじゃなくてピュリフィ・フェスティバル。あと一週間よ」
「じゃあ一週間、みっちり特訓だな!」
にっこりと白い歯を見せて笑うボットを見て、自然と安心したようでトーガの眉間の皺は緩んでいく。
落ち着いたのか、大腕を振って深呼吸をすると、トーガは笑った。
「うん、頑張りましょ……」
「あんた!浮気ってどういうこと!?」
「ちょ、こんな深夜に近所迷惑だろ……」
「はあ!?」
………。
視線をやると、そこには一件の住宅の前で掴み合って喧嘩をしている男女が。
話の内容からして、おそらく夫婦なのだろう。
せっかくの雰囲気がぶち壊しである、気まずさで汗腺がはち切れそうだ。
トーガとボットは、そそくさとその場を後にした。
すぐ後ろでは、奥さんの方が旦那さんに拳を食らわせている。
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自室のランタンの灯りを眺めていると、扉を叩くノック音が響き渡る。
ノックの仕方が少し乱暴であったため、シグかユゥのどちらかなのは想像できた。
案の定、開いた扉からはユゥが顔を覗かせており、手元には銀色のトレーと、その上にティーセットが並んでいる。
「あらユゥ、どうしたの?」
「……勉強頑張ってるらしいからお茶をと思って」
「ふふ、ありがと。」
シグは? 爆睡してる。
カップにお茶を注ぎながら、他愛もない会話をする。
いい香りだ、自然と頬が緩む。
ふと、ランタンの灯りが当たっている万年筆に目がいった。
「ねえユゥ」
「なんすか?」
「このままブスッと行けば特殊能力に目覚めたりするかしら」
「絶対ないやめとけアホ」
「口調崩れてるわよ」
ユゥの言う通り、アホな考えだ。
カチャリ お茶が揺れているカップを差し出される。
角砂糖を一つ入れて混ぜると、カップに口をつけて流し込んだ。
……ヴッ!?
カップを元の場所に置き、トーガはむせ返る。
突然苦しそうにむせるトーガを見て、ユゥは心配そうに焦ると背中を撫でだした。
酷い、なんだこの味は。
匂いは不安ばかりで染まっている心が落ち着くような優しい香りだったのに、口に入れると広がるのはデンジャラス。
ビリビリとした痺れと苦味が同時に殴りに来た感覚であった。
「ユ、ユゥ……お茶入れたのは今回がはじめて?」
「……気を使うな、俺が飲む」
「い、いいのよ!美味しい美味しいわぁ!」
慌ててカップの中を飲み干し、ユゥの握っているティーポットを掴むと、そのまま口に流し込む。
体をビリビリと震わせてから、トーガはユゥに語りかけた。
「つ、次は別の味がいいわ」
「無理すんな」
まだまだ分からないことばかり。
ピュリフィ・フェスティバルまであと七日。
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